第二十八章:ヒットエンドラン
イヴァンは深く息を吸い、引き金を絞った。
轟音とともにRPGの弾頭が炎を引き、一直線にBMPへと突き進む。
次の瞬間、鋼鉄の車体が火を吹き、黒煙が噴き上がった。
「やった!」ミコラが歓声をあげた。
だがその声をかき消すように、T-72の砲塔がゆっくりと回転し、二人の方角に銃口が向けられる。
「走れ! 走れッ!」イヴァンが怒鳴る。
二人は塹壕へと飛び込んだ。直後、轟きが大地を震わせ、衝撃で耳がきしむ。土砂が雨のように降り注ぎ、顔に当たる。
「……ここも長くは持たん」
イヴァンは泥まみれの顔を上げ、決然と呟いた。
「脱出するぞ」
「でも、まだ弾はあります!」ミコラは声を震わせた。
だがその唇は青白く、初めての実戦の恐怖を隠しきれなかった。
イヴァンはその様子を見て、静かに首を振る。
「やるだけのことはやった。あとは、生き延びるだけだ」
その言葉に、ミコラはほんの少し肩の力を抜いた。戦果の誇らしさよりも、生きて帰れるかもしれない安堵が胸を満たしたのだった。
二人はイルピンに向けて歩き出した。舗道は砲撃で抉られ、家々は黒い煤に包まれていた。
同じように後退する仲間の列が続く。誰もがすすで顔を汚し、肩を貸し合いながら歩いている。中には、包帯から血をにじませ、声もなくよろめく兵もいた。
「……奴ら、相当強いな」イヴァンが低くつぶやく。
この戦いが始まって以来、彼は前進ではなく、ただ後退しながら戦い続けていた。
それでも心のどこかで「まだ望みはある」と自分に言い聞かせていた。
さっきまで元気に「弾はあるぞ」と笑っていたミコラも、次第に口数を失っていた。
背負った弾頭の重みよりも、目の前に積み重なる現実の方が、若い肩を沈ませていく。
周囲の兵士たちの顔にも、疲労が濃く滲んでいた。
それでも誰も立ち止まらない。立ち止まれば、追いついた敵に背中を撃たれるだけだった。




