第二十六章:病人たち
最初に倒れたのは、いつも陽気に冗談を飛ばしていた若い兵士だった。
顔色は土気色に変わり、咳と吐き気に苦しみ、夜には高熱でうなされていた。
「ただの風邪さ、こんな寒さだ」
仲間たちはそう言い合い、毛布をかけ、水を飲ませた。
しかし次の日には、同じ症状を訴える者がさらに三人。
また一人、また一人と、異変は広がっていった。
部隊は、原因のわからない病に戸惑いながらも、倒れた兵士を後送するしかなかった。
トラックに乗せられた彼らは、ロシア南部の野戦病院へ送られた。
しかし、医師たちも「肺炎だろう」「不明熱だ」と首をかしげるばかりだった。
やがて、その一部はさらに後方のベラルーシへ移された。
そこではじめて、検査を受けた兵士の身体から高い放射能汚染が検出された。
「なぜこんな数値が出るんだ…?」
医師たちの表情は青ざめ、報告書には「原因不明の汚染」とだけ記された。
だが、その情報が最前線に戻ることはなかった。
ニキータもラシドも、まだ「風邪が流行っている」くらいにしか思っていなかった。
彼らの足元に潜む見えない死神の正体を知る者は、ほんのわずかしかいなかった。
ニキータは、ある夜、急に食欲が失せていることに気づいた。
スープをすすろうとしても喉が受け付けず、吐き気がこみあげる。
隣ではラシドがしきりに咳をしており、唇の色が紫に変わっていた。
「風邪だろう。冬だからな」
互いにそう言い合いながら、心の奥では何かがおかしいと感じていた。
腕に赤い斑点が浮かび、頭痛が日ごとに強くなっていくのを無視するのは難しくなっていた。
それでも撤退命令は容赦なく下った。
キーウ方面から部隊全体が引き揚げを始めると、二人もやせ細った体でトラックに押し込まれた。
荷台には、同じように頬がこけ、髪の毛が抜け落ちた仲間たちがうずくまっている。
トラックの振動に合わせて、ラシドは吐き気に耐え、ニキータは虚ろな目で灰色の空を見上げた。
彼らが向かう先は「休養地」ではなかった。
待ち受けていたのは、さらなる地獄――東部戦線、ドンバスの戦場だった。




