第二十三章:天使のささやき
侵攻初日。
灰色の空の下、セルヒーは壊れかけのRPGを肩に担ぎながら、道路脇の土嚢の影に身を潜めていた。
隣には幼なじみのユーラと、ドンバス出身の年長兵オレクサンドルがいる。
「おいセルヒー、あんた本当にロシアがここまで来ると思うのか?」
ユーラが笑い半分で言った。
「いや…本当に侵攻なんてあるのか、まだ信じられん」
セルヒーは眉をひそめる。
オレクサンドルが低い声で割って入った。
「俺は2014年から見てきた。あいつらは躊躇しない。…今度は本気だ」
その瞬間、遠くから地鳴りのような音が迫ってきた。
アスファルトを震わせ、灰色の巨体が姿を現す――ロシア戦車だ。
「来たぞ!」
セルヒーは照準を合わせ、息を止めて引き金を引いた。
火線が走り、弾頭が戦車に命中する。だが装甲を貫けなかった。
「嘘だろ…」
と呟いた次の瞬間、砲弾が飛んできた。
爆風。
耳鳴りの中、振り向くとユーラが倒れている。胸から血が溢れ、もう動かない。
オレクサンドルも爆風に吹き飛ばされ、息をしていなかった。
セルヒーは茫然と立ち尽くした。
仲間を失った怒りと無力感が、胸を焼くように広がっていった。
…それから数週間、セルヒーは退却に退却を重ねた。
村を捨て、街を捨て、ただ生き延びるだけの日々。
復讐の誓いは心にあっても、手段はなかった。
そして今日、この街で彼はついにそれを手にした。
細身の発射筒。ジャベリン。
丘の上、ロシアの装甲車列が見える。
セルヒーは深く息を吸い、照準を合わせた。
カーソルが赤に変わった瞬間、ユーラの笑い声と、オレクサンドルの低い忠告が脳裏によみがえる。
「…これで終わりだ」
放たれたジャベリンは青空を弧を描き、先頭の戦車の天板を撃ち抜いた。
爆炎と黒煙が空を裂く。
車列は混乱し、退却を始める。
セルヒーはジャベリンを抱くようにして立っていた。
聖ジャベリンは降臨し、彼に仲間の仇とウクライナの希望を授けたのだ。




