第二章:「招集」
【招集の電話】
──プルルルル……プルルルル……!
深夜0時過ぎ。
不自然なタイミングで鳴り響く電話に、家中の空気が凍りついた。
イヴァンは、布団の上で即座に身を起こす。
受話器を取るより早く、答えはもう分かっていた。
「……イヴァン・サフチェンコ中尉か。予備役招集だ。指定部隊へ至急参集せよ」
ガチャ、と電話はそれだけで切れた。
彼は静かに立ち上がると、ベッドの傍らに畳んであった軍用ジャケットを手に取った。
「……来たか」
着替えを済ませ、寝間着のまま立ち尽くすナターリヤの頬に、そっと手を添える。
「母さんを頼む」
台所の奥で、寝ぼけまなこをこする息子が顔を出した。
無邪気なその顔に、彼は何も言えなかった。
ドアを開けると、夜風が頬を打つ。
靴ひもを結びながら、彼は空を見上げた。
曇っていた。
空が、何かを隠しているようだった。
(──あいつら、またやりやがったな)
叫びたい衝動を、唇を噛んで抑える。
数年前。
国境が変わり、街が奪われ、人々が分断された。
何もできず、ただ命令を待つだけの歯がゆさ。
鉄の味がするほどの悔しさが、彼の胸を貫いたあの日々。
だが今回は違う。
今度こそ、自分の手で守る。
地面を踏みしめるたび、彼の中の炎が燃え上がる。
ベルトを締め直し、車のエンジンをかける。
ギアを入れ、闇を切り裂くように走り出した。
彼の向かう先は、基地。
そして運命。