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四 桃と白髪



「我が宿自慢の温泉!金湯(きんゆ)です‼」

「……わあッ」


案内された露天風呂。

ガラス張りの扉を開けると、草木の匂いに混じって鉄さびの匂いが鼻をつく。

湯気が立っていた場所には、岩造りの風呂が用意されていた。

その名の通り、金色の湯が波打っている。

金色は昨日の神が(まと)う金色とは少し色合いが違い、透き通っている。

鉄さびの匂いは温泉の匂いらしい。


湯帷子(ゆかたびら)になっていますので、そのまま入っていただいて良いですよ」


ミヨは今、赤の浴衣を身につけていた。

コミツに聞くと、寝ている間に着替えさせてくれたらしい。

浴衣に(あしら)われている印は、この宿 ソタナの紋章(もんしょう)で、三羽の(からす)が三方向を向いていた。


「……」


外はそんなに寒くはない。

ただ、その場で脱ぐのもなんとなく(はばか)れて、そのまま入ることにした。

足を湯につけてみると、温度は丁度いいようだ。

そのままゆっくり肩まで浸かると、なんともいえない快感が体を包み込む。


「………?」


湯を見てみると、先ほどまで輝くような金色だったお湯が、赤茶色に変色している。

底が見えないぐらいに(にご)っていた。


「あの………コミツさん」


困惑したミヨは思わず振り返った。

隣で風呂に入らないコミツは、岩に座りこみ、ほー、と湯船(ゆぶね)(のぞ)き込んでいた。

その表情はからから笑っているコミツの表情とは少し違って、大人っぽく感じる。


「コミツさん?」

「ああ。ごめんなさい。色が急に変わってびっくりしましたよね」


風呂の(ふち)にしゃがんだまま、コミツはそう言って笑った。

また少女の表情に戻り、ミヨはどこかほっとする。


「この温泉は金湯の名の通り、普段は綺麗な金色なんです。ですが、傷のある魂があるとこうやって濁ります。逆に、傷が癒えると濁らなくなります」

「へぇ」

「なので、ミヨさまはこの金湯が濁らなくなるまで、ここで過ごすことになります」

「あ、はい……」


改めてお湯を見る。

濁ったお湯は透き通る気配(けはい)はない。

魂の傷がどんなものなのか、どんな風に癒えていくのか、自分はどれぐらいの傷があるのか、よくわからなかった。

ただ一つ確実なのは、この温泉が透き通る頃には、ミヨはあの神の元にいくことになるのだろう。

そういえば、神の元に行ったら、どうなるのだろうか。

聞きそびれてしまった。


「ところで!」


思考がぐるぐる回りそうになるところ、コミツの明るい声がミヨの思考回路を止めた。


「ミヨさまは、果物はお好きですか?」


突然、コミツがそんなことを聞いてくる。

ミヨはコミツを見上げると、またキラキラした笑顔がこちらを向いていた。


「え、まぁ、すき、かな」

「よかった!(もも)を切ってみたんです。よかったらどうぞ!」


コミツの手にはお皿が一枚。

その上には、瑞々(みずみず)しい桃が切り分けられていた。


「えっと……」


お風呂に入ったまま、何かを食べたことはない。

行儀(ぎょうぎ)が悪い気がする。

ミヨはお風呂から上がるべきかと迷っていた。

そんなミヨを気にすることなく、コミツは笑顔で菓子楊枝(ようじ)を差し出した。


「お風呂の中とか気にせず!ここは個人風呂ですよ?自由に過ごしたらいいんです!誰も見てません!私だけ!」

「あ、では………」


根拠のない背徳感(はいとくかん)も、コミツにより吹き飛ばされてしまう。

ミヨはコミツの笑顔に負けたように楊枝を手に取り、桃のひとかけらを口に運んだ。


「……ん!」


(あふ)れる桃の香り。

爽やかな甘さ。

冷たく柔らかい食感。

温かなお湯に入っているせいか、余計に心地良い気がする。


「おいしいですか?」

「はい、もう一つもらっても?」

「どうぞどうぞー!」


コミツに勧められるがまま、ミヨはもう一切れを口にいれる。

この調子だと全部食べてしまいそうだ。


「この桃は冥王さまからミヨさまに、とのことです」

「め、冥王さまが?」


桃を飲み込んだあとの口(さび)しい気持ちが消え去っていく。

冥王に悪い印象はない。

かといって、果物を差し入れてくれる印象もない。

ミヨの手は、驚いてもう一切れには届かなかった。


「沢山あるから……と。ミヨさまに、と言われていました」

「はぁ……」


私に。

ミヨは頭の中で繰り返した。

コミツの分も残したほうがいいのか、とか考えるも、当のコミツは桃を笑顔で差し出してくる。

私に。

ミヨはもう一つ桃をとった。


「でも驚きました。冥王さまが桃を差し入れなんて」


コミツはミヨに桃を差し出し続けた。

どうやら全て食べるように、という雰囲気だ。


「あ、あの、この桃、コミツさんの分は……?」

「ああ気にしなくていいですよ!これはミヨさまのなので!」


裏のない笑顔。

ミヨはコミツのこの笑顔に弱い。

諦めてまた一つ食べる。


「そういえば、神さまからもらったともおっしゃってましたね」

「……冥王さまと神さまは仲がいいんですね」

「ん~どうなんでしょう」


コミツは首をかしげた。

桃は最後の一切れだが、気にする様子もない。


「正直私もよく知らないんです。私たちはほとんど亡くなった方と関わることが多いので。ヒラサカさまだと詳しいと思いますが」


昨日のやりとりを見ているミヨとしては、冥王と神は長い付き合いのような気がした。

気の合う兄弟のような。


「でも、神さまがこの世界全体を作ったとき、冥界も作られた、とのことなので、冥王さまの中では、神さまとの付き合いは長いのかもしれないですね」


必ずしも仲がよくなくても、生きる物と死ぬ物に関わる神々として、切っても切り離せない関係なのかもしれない。

最後の一切れを飲み込んだ。


「おいしかったです」

「よかったです!ヒラサカさまから冥王さまに伝えていただくように言っておきます!」


ミヨが桃を全部食べたことに、コミツは喜んでいるようだ。

「皿を片付けてきます」と立ち上がるコミツに、ミヨは「あ」と声をかけた。


「あの、コミツさん。鏡、ってありますか?」

「手鏡でいいですか?」

「はい」

「持ってきまーす」


鏡を待っている間、ミヨは濁った水面に移る自分の顔を見た。

こちらにきてから気付いた視界の端々(はしばし)に映る違和感。

それを確かめたかった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


お風呂に浸かっている中とか、行儀とか。

そんなことは考えなくなっていた。

ミヨはコミツから手鏡を受け取り、自身の顔を映す。


「やっぱり………」


幼い頃は紺色の髪だった。

しかし、『蘇りの巫女』で生きるうちに気付いたのは、日々白髪(はくはつ)が一本ずつ増えていくこと。

特に、生死を彷徨(さまよ)う人が多くいる病院の帰りに白髪は増えた。

死ぬ時にはかなりの白髪交じりだったはずだった。

その中で、紺色が混じっていない白い髪を一房(ひとふさ)、手に取る。


「ミヨさま?」

「コミツさんは、このソタナで働いているのは長いんですか?」

「新人ではないですよ。中ぐらいです」

「人は死んだら、白髪になったりするんですか?」


ミヨは左頬にかかる後れ毛をまじまじと見た。

これまでこんなにまとまった白髪が一気に増えることはなかった。

鏡で見ると、左側だけで、他の部分は白髪がまばらに入っている。


「そういう方にはお会いしたことはないですね」

「そうですか………」


もしかしたら、遠征(えんせい)でできたものかもしれない。

ミヨ自身だけでなく周りの人も、ミヨの白髪が増えることは何も気にしていなかった。

だから、一房増えたぐらいでは、誰も指摘(してき)することはないだろう。

でも、もし、この白髪の分だけ、命が救えたのなら。


「……鏡、ありがとうございます」


まぁいいか。

『蘇りの巫女』は死んだが、その最後に一房を白髪にするほどの命が救えたのなら、よかったと、ミヨはそう思うことにした。


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