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二 冥王と神


(われ)は神だ!」


突然現れた金色の男はそう高らかに宣言(せんげん)した。


「……」


ミヨは状況を飲み込めず、ぽかん、と自称(じしょう)神を見てしまった。

冥王(めいおう)も何も言わない。

静寂(せいじゃく)(くず)したのは、先ほどの初老(しょろう)の男。

扉を叩く音に冥王が返事し、入ってきた彼はお茶を配ってくれた。


「お体の調子は大丈夫ですか?」


ミヨに対して微笑(ほほえ)みながらそう聞いてくる。

受け取った湯飲(ゆの)みは温かく、まだ指先が冷えていたことを気付かせてくれた。


「急なこともあって驚かれたでしょう。私はヒラサカ、ここの支配人(しはいにん)をしています」

「おい、ヒラサカ」


冥王の鋭い声。

ヒラサカは笑顔のまま「はい」と振り向き、冥王に頭を下げる。

どうやら、冥王の従者のようだ。

ミヨは受け取った緑茶を飲みながら、冥王に目を向けると、冥王はヒラサカを(にら)んでいた。

にもかかわらず、ヒラサカは笑顔を崩さない。


「なんでしょう」

「………いや、なんでもない」


ただの従者、ではないようだ、とミヨは冷静に分析する。

よく知るお茶の味が優しく()みる。


「そんなことより冥王様。この状況はよくありません。現状の説明をして差し上げてください。相手は一般(いっぱん)の方なのですから」

「そーだぞー!めーおー!」


ケラケラと笑う自称『神』が、ミヨには最もよくわからない存在だった。

ヒラサカは『神』を気にする風もなく、扉の近くに静かに立つ。

冥王がゆっくり息を吐いた。


「ミヨ。状況を説明しよう。まず、こいつは本当にいわゆる『神』だ。人間界で『神様』と呼ばれているものだ」

「おい、我をものと言うな!ものと!」

概念(がいねん)の問題だ」


冥王の解説に神が突っ込むが、冥王は冷静に返した。


「それと、そのお茶を飲みながら聞いてほしい。このままだと(たましい)崩壊(ほうかい)が始まってしまう」

「それはよくない!飲んだほうがいい!」

「は、はい……」


のめのめ!と神にせかされ、ミヨはまた一口飲む。

甘みがあり、苦味が少ない。

喉が(かわ)いていたのか、すぅと体に染みこむような不思議な感覚もある。


「お茶にはここの温泉水(おんせんすい)を使っている。魂の治癒(ちゆ)効果がある」


冥王の解説が入る。

魂の治癒。

魂が傷ついているということなのだろう。


「それと、神。お前は黙っていろ」

「はぁ?」


冥王の言葉に、自称『神』が不満そうな声をあげるが、それだけだった。

本当に邪魔をするつもりはないらしい。

冥王はそれを気にする風もなく、ミヨに向き直る。


「ミヨ、先ほども言ったように、私は冥王で、ここは冥界、つまり死んだあとの世界だ。お前は死んだが、お前のように死ねない魂を回収するのが私の仕事の一つだ」

「はい」


なんとなく察していたミヨは(うなず)く。

説明を繰り返されると、状況の受け入れはしやすい。


「お前の死ねない魂を作った原因は、この神様だ」

「本当に、神……」

「ああ。人間界を作ったのが神であり、お前が不死になった原因を作ったのも、この神だ」

「そう、我こそが神だ!」


ふふん、と神が再度高らかに宣言する。

冥王は表情を変えず、お茶を飲んでいた。

否定せず、止めない、ということは、本当に神なのだろう。


「はぁ……」


だとしてもよくわからない。

ミヨが首をかしげたのをみて、冥王が補足(ほそく)する。


「神は死んだ魂を元に、新しい魂として、人間界に転生(てんせい)させる。その過程(かてい)か、そのあとかはわかっていない。が、人間界のミヨの魂は『不死の魂』そして人間界に転生したらしい」

「では、わたしが『蘇りの巫女』になったのは、その魂が原因、ということですか?」

「その通り。不死のままだと、人間界の今後に関わるし、均衡(きんこう)(くず)れる。そのため、私が魂を回収することになった」


人は死ぬもの。

だからこそ、自分だけは死なない人として違和感(いわかん)はあった。

ただ、そういうものだと、受け止めていた。

それが、自分の力ではなく、神の力だった。

―――それを正すのが私の仕事だ

死ぬ直前に聞いた、冥王の言葉を思い出す。


「まぁ簡単にいえばあれだ!我のミスってことだな!」


神の一言が部屋に響き、ミヨの頭の中で反響(はんきょう)する。

ミス。間違い。

その言葉を飲み込むために、ミヨは自ら反芻(はんすう)する。


「お前は(だま)っておけといっただろうが‼」


冥王の怒号(どごう)(ひび)く。

ミヨの心がざわつき始める。

魂が間違った、ということは、自分の人生は間違いだったのだろうか。

先ほどの冥王の『正す』というのは、間違っていた自分を正すという意味だったのだろうか。


「ミヨ、落ち着け」


湯飲みで温めていたはずの手が、さらに温かくなる。

驚いて下をみると、自分の手よりも大きく、白い手がミヨの手を(おお)っていた。

手元を(さかのぼ)ると、眉を寄せた冥王がミヨを見ていた。


「冥王……さま……?」


ぎゅっと握る力が強くなる。

ミヨは無意識に自分の手を握りしめていることに気付いた。


「危ないぞ」


冥王は静かにそう言うと、ミヨの手をほどき、湯飲みをゆっくり取り出した。

静かに傍の机に置いたあとも、また手を包み込んでくれる。

ふと、死ぬときにもたれた腕の温かさを思い出した。


「ここは魂を癒やす場所だ」


手の温かさとは打って変わって、冥王の声は冷たく、神を睨みつけていた。


「本来は、ここでミヨの魂を癒やし、その後は天界(てんかい)のお前の元に送る予定だった。だが、事情が変わったようだ。今の状態では、すぐにお前のもとにやるのはできん」

「はあ⁈」

「ミヨの魂が完全に癒えるまでにも、相当な時間がかかりそうだ。それに、状況の把握にも時間はかかる。ミヨの魂が癒えたら、改めて話をしよう」


神は立ち上がって、座ったままの冥王を見下ろした。

その金色の眼光は、冥王の紅の瞳と同じぐらい鋭く、迫力がある。

だが、冥王も(ゆず)る気はないらしく、無言で睨み返していた。

数秒の沈黙の後、やれやれ、と神が溜息をついた。


「……ま?人間界にその魂がなければ、我の心配はないし?冥王の庇護(ひご)の元にあるなら、ま、いいだろ。ただし、報酬(ほうしゅう)は半分にさせてもらうぞ!」

「ふん、好きにしろ」


報酬、が何のことかわからなかったが、ミヨの手を握る冥王の力が(ゆる)んだ。

交渉成立のようだ。


「もうここに用はない。我は帰る」

「ああ、帰れ」


神は不機嫌なまま表情のまま、部屋を出て行った。


「ヒラサカ、見送りを」

(かしこ)まりました」


扉の傍に立っていたヒラサカに冥王がそう告げると、ヒラサカは頭を下げてから、神を追いかけて部屋を出て行った。


「ミヨ」


冥王はミヨの手を離すと立ち上がった。

見下ろしてくる赤い瞳は、神をみた瞳と一緒のはずなのに、先ほどのような冷たさはもうなかった。


「先ほどの神の言葉は気にしないことだ。落ち着いた頃に、また話をしにくる」

「はい……」

「ここでの過ごし方については、担当がつくだろう。それまでここで休んでいろ」


そう言って冥王も出て行った。


部屋で一人になったミヨはまとまらない思考回路に不快感を抱いていた。

一方で、すぐに解決できる方法もなく、寂しくなった手は、机に置かれた湯飲みに伸びた。

また一口お茶を飲む。


「………おいしい」


妙に安心した気持ちになる。

これが『魂が癒やされる』ということなのだろうか。

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