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再会

 皇帝ルクスとバスク・アマルフィ大総裁による会談が行われた翌日。

 ルクスは、インペリウムを訪れたもう一つの目的を果たすために、クリーヴランド公爵家の邸へと向かっていた。

 地上車に乗って皇帝の宮殿(インペリアル・パレス)を出立してからの道中、ルクスは憂鬱そうな顔を浮かべながら窓の外の景色を眺めている。

 そこには内戦を制して銀河系を統一した覇者の威光は微塵も感じられなかった。


「ルクス様! これからファウスティナ様にお会いするのですから、そんな覇気の無いお姿は止めて下さい!」


 車内にてルクスとは向かいの席に座るフルウィが声を荒げる。

 いつものルクスなら笑って受け流しそうなものだが、今日はそうはならずに珍しくムスッとした顔を浮かべる。

 その様は、銀河系の支配者のものではなく、久しぶりに会う知人にどう接しようか悩む若者のようであった。


「銀河帝国の皇帝に向かって覇気が無いとは、フルウィも言うようになったな」


「はい。これもルクス様のご指導の賜物です!」


「本当に強くなったものだ」


 そう呟きながら、ルクスはフルウィが自身の下へと来た時の事を思い出す。

 まだルクスがセウェルスターク家の家督を継いでいなかった頃、彼の父親がフルウィを奴隷養成所から購入した事が二人の出会いのきっかけとなる。

 セウェルスターク家は爵位も持たない下級貴族ではあったが、先祖代々が帝国軍の将校として軍功を重ねてきた事で軍部の重鎮にのし上がり、帝国軍において高い地位を得るに至った。

 銀河帝国の上流階級は、奴隷を持つ事が一種のステータスとなっており、ルクスの父親もその上流階級の仲間入りを果たす際に購入した奴隷の一人がフルウィだったというわけだ。


「そんな事よりも用意したお土産は、ちゃんとご自分の手で渡して下さいよ」


「わ、分かっている。このためにわざわざ高級な紅茶を用意したのだろう?」


「はい! マリアージュ産の最高級品です!」


「紅茶に興味が無い私でも知っている銘柄だな。よくぞここまで高価なものを……」


 「このくらい当然です!」


 銀河系の各地に数ある紅茶の産地の中で、五本の指に入るであろう紅茶の名産地マリアージュで育てられた最高級品。

 そんな代物をお土産として用意している事にルクスは、フルウィの本気さを窺い知る。



 ◆◇◆◇◆



 銀河帝国の貴族社会は、軍部の台頭に伴って衰退の一途を辿っていたが、元老院の権威が失墜した事によって、没落は決定的なものとなっていた。

 多くの貴族は、皇帝ルクスの築く新体制によって特権を奪われて、残された資産を守るために奔走していた。

 それは、名家中の名家とされるクリーヴランド公爵家も例外ではない。

 しかし、それでもクリーヴランド公爵家の令嬢であるファウスティナは、優れた商才を発揮してこの時代の荒波を乗り切り、かつてほどの栄華は無いものの、クリーヴランド公爵家はそれなりの財力を維持する事に成功した。


 そんなクリーヴランド公爵家の邸に到着すると、この家に仕えている執事のロバート・エインズワースの出迎えを受けた。


「当家への行幸を、我が主に成り代わりまして感謝申し上げます、皇帝陛下」


「うむ。久しいな、エインズワース。ところでファウスティナは?」


「庭園にて陛下をお待ちです」


「そ、そうか。では早速行こう」


 ファウスティナがもうすぐ近くにいると実感した途端、ルクスは急に緊張してきたのか、表情が強張った。

 既に何度も訪れている邸なだけに、ロバートの案内も無しに“庭園”と聞いただけで彼女の下へと向かって歩き出してしまう。


 その姿を見て、ロバートとフルウィは互いに目を合わせて、何かを共有したかのように共に微笑むのだった。


 両脇を赤いチューリップの花壇で彩られた石畳の通路を進むと、ルクスの視線の先には開けた広場が見えてきた。広場を見渡せる場所には大理石のテーブルが置かれて、ファウスティナがお茶の用意をして待っていた。


「お久しぶりでございます、皇帝陛下。当家へお越し頂けた事を心より感謝致します」


「あ、あぁ、久しぶりだな、ファウスティナ」


 ぎこちない挨拶をするルクスに、後ろからフルウィが透かさずにお土産として持参した高級紅茶の詰め合わせセットを手渡す。


「ファウスティナ、手ぶらというのも何だから、今日はマリアージュ産の紅茶を持ってきた」


「あら。マリアージュ産と言えば最高級品じゃないですか。ちょうど久しぶりに飲みたいと思っていたところでしたの。お茶の用意をしておりますので、早速淹れましょう」


 惑星マリアージュは、インペリウムから遠く離れている宙域に位置している。

 戦時の混乱した情勢下では貴族に人気のある高級茶葉は、宇宙海賊の標的となり、交易船が海賊の襲撃を受けてしまう事件が多発した。

 そのため、インペリウムの貴族達はここ最近になって、ようやくマリアージュ産の紅茶を飲めるようになったのだ。


 ルクスとファウスティナがそれぞれ大理石のテーブルにつき、フルウィとロバートが紅茶の用意する。

 二人の前に紅茶の入ったティーカップが置かれると、フルウィとロバートは一礼をしてその場を後にする。


 二人はほぼ同時にティーカップを手に取り、一口だけ紅茶を飲む。


「二年ぶりになるが、息災だったか?」


「ええ。おかげ様で。あなた様もご壮健なようで安堵致しました。中々会いに来てくれないから、ずっと心配してたのよ」


 そう言いながら、口元を隠して小さく笑うファウスティナ。

 そんな彼女にルクスは背筋が凍る思いがした。


「政務が忙しくて中々会いに来られなかった事は謝る。だから、そう怖い顔をするな」


「あら。何の事かしら? 私は普通にしているつもりですが?」


「そ、そうか」


「ところで、新都アウグスタは良い星なの?」


「え? あ、ああ。交通の便は良いし、帝国の首都に必要な施設も日に日に整いつつある。新都として申し分ない」


「そうじゃなくて!! 住むのに良い星かって聞いてるのよ!」


「も、勿論だ。水は綺麗だし、緑は豊かな星だ。都市の建設も順調に進んでいる。……そ、それでだ。せっかくだし、ファウスティナもアウグスタに来ないか?」


 ルクスの申し出を聞いた瞬間、ファウスティナの瞼がピクッと動いて、瞳に眩い輝きが宿る。

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