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皇帝と大総裁

 アマルフィ財閥の大総裁バスク・アマルフィが皇帝ルクスに対して謁見の申し入れをした。

 この知らせを受けたルクスは二つ返事で了承したが、問題はどこで謁見を行なうかだった。


「どうやらバスク・アマルフィは近頃病気がちらしく、皇帝の宮殿(インペリアル・パレス)まで来るのは難しいかと」


「では、こちらから出向くとしよう」


 フルウィからの報告を聞いたルクスは、すぐにそう決定した。


「しかし、向こうから申し入れた謁見のために、ルクス様自ら赴かれるのでは、ルクス様が舐められてしまいます! バスク・アマルフィ本人が無理なら、向こうに代理人を立てさせるなりして、向こうからこっちに会いに来させるべきです!」


 フルウィの言う事は間違ってはいないと考えたため、ルクスもまずは軽く頷いた。

 いくら銀河系最高峰の財閥の大総裁とはいえ、あくまで銀河帝国の統治者は皇帝ルクスであり、ルクスとバスクの間には明確な上下関係があるのだ。


「そう目くじらを立てる事もあるまい。アマルフィ財閥は帝国の経済を支える重要な役割を担う企業だ。そのトップが病気で寝込んでいるというのであれば、皇帝である私が見舞いに行ってもそうおかしくはあるまい」


「……ルクス様がそうお考えなのであれば異論はありません。ですが、相手が相手です。アマルフィ財閥の居城に赴くとなると、……その、」


「暗殺か?」


「ッ! ……は、はい。その可能性も考えた方が良いかと」


「ふふ。たしかにな」


「笑い事ではありません。バスク・アマルフィが病気がちというのもルクス様を自分達の懐に誘い出すための虚偽という事もあり得ます」


「何か悪巧みをしている可能性は捨て切れんだろうが、暗殺の心配はおそらく無用だろう」


「なぜですか?」


「今の帝国は戦乱の時代から再建の時代へと移った。帝国の経済も産業もそれに合わせて変化しつつある。今、私が死んで帝国が再び混乱期に戻れば、アマルフィ財閥は間違いなく大打撃を被るはずだ」


 かつての軍閥やクテシフォン同盟のように、各地に武器や資金を欲している勢力が存在していれば、アマルフィ財閥が裏から支援して混乱の種を蒔き、死の商人として活動する余地もあるだろう。

 しかし、現在は主立った勢力のほとんどが淘汰されて、帝国政府の全権は皇帝と大本営の下に集約されている。

 アマルフィ財閥はそんな帝国政府と協定を結ぶ事で、帝国の物流網に確固たる地位を築きつつあるのだ。


「帝国と財閥が築いたこの共生関係を壊してまで、奴等に私を暗殺するメリットがあるとは思えない」


「……」


 ルクスの見解を聞き、特に異論が出る事はなかったフルウィだが、それでもどこか納得できない様子でいる。


「フルウィ、良い機会だ。覚えておくと良い。実業家という人種は利益を得る事を第一に考えている。これまで相手にしてきた貴族や元老院のように地位や名誉を守るために命まで懸ける事はしないし、我々軍人のように功名心で戦争を起こす事もしない」


「なるほど。……もしかして、」

 

 ようやく納得できたフルウィは、新たな疑問が脳裏に浮かぶ。


「ルクス様は、こうなるようにこの二年間、ずっと誘導しておられたのですか?」


「ふふ。それは流石に買い被り過ぎというものだな。正直、アマルフィ財閥がここまで粘るとは当初は考えていなかった。しかし、次第にこうした事態も想定すべきと考えて、色々と準備を進めていたというわけだ」


「流石はルクス様です!」


「このまま争えば、遠からずインペリウムの経済にも大きなダメージを与えるだろう。このタイミングで遷都を敢行すれば何かしらの動きを見せると踏んでいたが、バスク・アマルフィにまともな理性があった事を感謝しなくてはな」


 こうしてルクスとバスク・アマルフィの間で会談の場が設けられる事が決定した。



 ◆◇◆◇◆



 数日後、皇帝ルクスはアマルフィ・セントラルビルを訪れた。

 この訪問には百人以上の随員が存在するが、その多くは護衛のための兵士ではなく、INEの幹部やルクスが目を掛けている実業家達だった。

 今回の会談は単なる首脳会談ではなく、今後の銀河経済の枠組みを決めるものになるだろうという事は、その顔ぶれだけ見ても明らかである。

 

 アマルフィ・セントラルビルに入ったルクスは、アマルフィ家に仕える執事に案内されてある部屋へと通される。

 ルクスが伴った随員の多くは、アマルフィ財閥の最高幹部が集結している大会議室に案内されて、そこで意見交換を行ないながら、ルクスとバスクの会談が終わるのを待つ事になる。

 

 ルクスが入った部屋の中央には大きなベッドがあり、そこでは一人の老人が横になっていた。


「旦那様、皇帝陛下がお越しになられました」


 執事の言葉に反応して、ベッドの上の老人バスク・アマルフィが瞼を開いて顔をルクスの方へ向ける。


「あぁ、これは皇帝陛下。本来であれば、私の方からお窺いしなければならぬところを申し訳ありません。ゴホッ! ゴホッ!」


 ルクスの姿を目の当たりにして、鉛のように重くなっている身体を起こそうとしたバスクは激しく咳き込む。


「だ、旦那様、どうかご無理をなさらずに」


 執事はルクスに対して一礼すると、駆け足で主人の下へと駆け寄り、彼の背中を摩る。

 すぐに横になるように執事は促すが、バスクはそれを断って上半身を起こし、ルクスに対して軽く頭を下げた。


「執事殿の言う通りだ。体調が優れない事はこちらも理解している。横になったままで構わない」


「このような姿で陛下に拝謁するとは、」


「全て承知の上でこの場を設けたのだ。気にする事は無い」


 ルクスはベッドの傍に用意された椅子に腰掛けた。

 そして彼のすぐ後ろにはフルウィが控えて、バスクの後ろには執事が控えている。

 首脳会談とも言える謁見の場は、この四人によって始められる。

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