ユフラテス戦役・陰謀
「馬鹿な! 壊滅? 壊滅とはどういう事だ!? クゼルークはどうしたのだ!?」
惑星クテシフォンにて、ユフラテス星系での敗戦の報告を受けたパール・ヴォロガセス公爵は発狂するような勢いで狼狽えた。
そんな彼に、若い下級官吏は恐る恐る報告を続ける。
「クゼルーク伯爵は戦死されたようです。艦隊はそのほとんどが壊滅し、生き残った戦力は三割未満との事です。残存艦隊はメビゾル提督の指揮でアバルティス星系に集結しているようですが、皇帝の艦隊を食い止めるのは難しいかと」
「……もう良い。下がれ」
「は、はい」
下級官吏は一礼すると早足でその場を後にする。
一人その場に残されたヴォロガセスは、ただ力なく近くにあった椅子に腰掛ける。
「もうおしまいだ。何もかも」
ヴォロガセス公爵家が三代に渡ってアルサバース星域に築き上げてきた勢力、そして彼自身が築き上げたクテシフォン同盟。
その全てが皇帝ルクスによって打ち砕かれ、そして今まさに皇帝ルクスは全てを奪い取ろうと迫っている。
「それもこれも全てあのアルビオンのせいだ! 奴が皇帝をちゃんと暗殺して玉座を奪っていれば、こんな事にはならなかったのだ!」
かつて銀河帝国軍参謀本部総長を務めていたクロード・アルビオン提督は、皇帝ルクスの下で帝国軍を束ねる重鎮を担っていた。
しかし、皇帝ルクスを裏切って帝位を簒奪する野心を抱き、ヴォロガセスと結託してこの戦争を引き起こし、アルビオンとヴォロガセスの二人で銀河を分割統治する構想を組み立てていた。
だが結局、アルビオンのクーデターは失敗に終わり、ヴォロガセス率いるクテシフォン同盟は銀河帝国との全面戦争に突入してしまった。
「随分と荒れておいでですね、公爵閣下」
嘲笑うかのような口調で話す男性が扉を開けて中へと入る。
舞台の主演俳優のような端正な顔立ちをした三十代前半くらいの彼は、親子並に年の離れたヴォロガセスを前にして毅然とした態度で相対する。
「ドロイセン卿か。何用だ?」
「勿論、我等が大総裁閣下の遣いとして参りました」
大総裁。銀河系広しと言えども、その称号を持つ者はこの銀河系に一人しかいない。
それは銀河系屈指の大財閥であるアマルフィ財閥の最高責任者バスク・アマルフィだ。
「ふん。借金の取り立てか? だが生憎、知っての通り我が軍は大敗して、クテシフォン同盟ももう間もなく崩壊する。返す金などどこにもありはしない」
「そうでしょうな。ですが本心下さい。私が参上したのは取り立てのためではありません」
「……では何をしに来た?」
「ふふふ。そんな事も分からないとは耄碌しましたね。あなたがそんな事だから、この戦争に負けたのですよ」
ドロイセンがそう言うと、彼の背の扉が開いて数人の武装した兵士が駆け込んだ。
彼等は銃を構えて、その銃口をヴォロガセスに向ける。
「な! ど、ドロイセン、貴様、私の口を封じるつもりか!?」
「当然でしょう。我等アマルフィ財閥とクテシフォン同盟の関係をあなたの口から皇帝の耳に入れられては困りますからね」
「商人風情がこれまで贔屓にしてやった恩を忘れおって!」
「私も心苦しくはありますが、我等のような商人風情は、こうやって上手く立ち回らなくては生きていけんのですよ」
ヴォロガセス公爵家は、先代の頃からアマルフィ財閥とは密貿易や贈賄など公にできない裏取引を続けていた。
クテシフォン同盟が帝国の軍門に下り、ヴォロガセス公爵家が大逆罪で罰せられて、保有資産の全てが帝国に接収された場合、これまでの裏取引の記録まで帝国に露見する危険性がある。
それ等の記録や痕跡の全てを密かに抹消する命令をドロイセンは受けて、まずはヴォロガセスの口を封じにやって来たのだ。
「く! ここで私を殺せば、すぐに衛兵が駆け付けるぞ」
「ご心配なく。このクテシフォンには財閥の息が掛かった者が多くいます。衛兵達は彼等が抑えてくれていますよ」
「な!」
「親子二代に渡って、財閥と秘密裏の関係を続けてきたのです。大総裁の手は、あなた達の隅々にまで行き渡っています」
「……」
◆◇◆◇◆
惑星クテシフォンに向けて進軍する帝国軍を指揮するルクスは、その道中でクテシフォン同盟盟主のヴォロガセス公爵が死去したという報に触れた。
「ほお。ヴォロガセスが死んだか」
ルクスの反応は敵の総大将が死去したにしては、かなり素っ気ないものだった。
「クテシフォン同盟政府は、無条件降伏を申し入れております。盟主を失って、もはや交渉のテーブルにつくことすら奴等には困難なようですな」
そう言ってフォックスは笑う。
無条件降伏をわざわざ相手側から申し出るという事は、同盟政府の内部はかなり混乱状態にあり、終戦交渉を行う余裕も無いのだろうというのは容易に予想できた。
「しかし、同盟政府があてにならず、全てを我等に委ねたという事は、アルサバース星域内の混乱の収拾は、我等に押し付けられたも同然。これは無条件に喜べる話でもありますまい」
通信モニター越しにローランドが渋い顔をしながら言う。
今のクテシフォン同盟は無政府状態に近い状態に陥っている。というより、陥ろうとしている。
その混乱の収拾に掛かる労力を考えると、ローランドは複雑な心境だった。
だが、ルクスの方は反対に嬉しそうに微笑んでいる。
「まあ、そう言うな。自暴自棄になって徹底抗戦に出られるよりは良い」
「そうでしょうか? いくらクテシフォン同盟軍が抵抗を続けたとしても、もう敵に勝ち目は無いと思うのですが?」
ルクスの言葉に、フルウィは首を傾げながら問い掛ける。
「もし敵が徹底抗戦を唱えた場合、我等は同盟に加盟している諸勢力を全てを討伐しなければならない。元々我が軍との数的不利を補うためにあちこちから味方をかき集めていたからな。その全てを相手にするには、あまりにも膨大な労力と時間を要する。無論、それで今更我等が負ける事などありはしないだろうがな」
「とはいえ、クテシフォン同盟の今の状況を考えると、時間が経てば経つほど同盟政府の惨状は深刻化していくものと思われます。事態の迅速な終息のためにも、少し急がれた方が宜しいかと」
少なくとも今は形式上は存続しているクテシフォン同盟政府だが、いつクーデターなどで政府機能が完全に崩壊するかも分からない。
クテシフォン同盟の政府機能にまだ少なからず利用価値があるのであれば、急いで惑星クテシフォンに向かった方が良いと考えてローランドが進言する。
「そうだな。……ローランド元帥、足の速い巡洋艦で先行隊を編成し、惑星クテシフォンに向かわせろ」
「承知しました、陛下」




