ユフラテス戦役・転機
正面から衝突した銀河帝国軍とクテシフォン同盟軍の戦いは、一進一退の余談を許さない激しいものとなったが、両軍の優劣は時間が経つ毎に鮮明になっていく。
「敵の足並みは徐々に乱れている。我等は艦列を整えて、このまま正面から押し出せば良い」
旗艦デュランダルにて帝国艦隊最高司令官のローランド元帥はそう指示を出す。
彼は正攻法でただ攻めているだけでなく、小規模な部隊を巧みに運用してクテシフォン同盟軍の前線部隊を攪乱する仕掛けを幾つも繰り出していた。
寄せ集めでしかないクテシフォン同盟軍は、ただでさえ各艦隊の連携が通常よりも困難になっており、ローランドはそこを突く事で敵艦隊を外部からの攻撃だけえはなく、内部からも突き崩そうとしたのだ。
「後方にて皇帝陛下が駆逐艦隊に、突撃陣形を取るようご命令を発したようです」
ローランドの腹心である帝国艦隊総参謀長オリヴィエ大将がそう告げると、ローランドは小さく笑みを浮かべる。
「どうやら陛下は、私の策を正確に理解して下さっているようだな」
「我等が敵陣を崩したところに駆逐艦隊を突撃させられれば、敵艦隊は一気に戦線が瓦解するでしょう」
「クテシフォン同盟軍は数だけは何とか揃えたようだが、しょせんは寄せ集めの混成部隊。さらに艦艇も新型から旧型まで何でも有りという状態だ。その分、隙も多いというもの」
「とはいえ、敵の抵抗は思っていたよりも激しく、粘り強く反撃してきています」
「追い詰められて窮鼠と化した、と言ったところか」
「我が軍の優勢は揺るぎないでしょうが、このままではこちらの損害も無視できないものになるかと。ここは皇帝陛下に御助勢を願いますか?」
ルクスの率いる帝国軍本隊は、ローランドの前衛艦隊の後ろで待機している状態にあり、前線にはまだ参戦していない。
そこでオリヴィエは、その本隊を参戦させて一気に勝負を着ける事を進言したのだ。
「いや。それでは陣形が崩れてしまう。それにこちらが全軍で総攻撃に出ては、敵も後方の部隊を投入して総力戦になるだけだ」
下手に両軍が全艦艇を最前線に動員する総力戦となってしまっては、互いに陣形が乱れて混戦状態に陥るだろう。
これだけの大兵力同士で混戦になると戦線を立て直す事がほぼ不可能になり、両軍は文字通り息絶えるまで戦い続ける消耗戦に突入してしまうのは明白だ。
「総力戦となっては、それこそ損害が増すばかり、という事ですか」
「そうだ」
「承知致しました。しばらくはこのまま現状維持という事で」
ローランドとオリヴィエがこのまま現状を維持するというところで合意した時、索敵オペレーターが声を上げる。
「敵軍の後方部隊が前進を開始! 総力戦の構えです!」
「どうやら貴官より先に敵がしびれを切らせたようだな」
「は、はい」
「こうなってしまった以上は仕方がない。皇帝陛下にご助勢を願うとしよう」
しかしローランドの要請を受けるより早く、パリア・マルキアナ中将の指揮する駆逐艦隊が動き始めた。
皇帝ルクスによる攻撃命令が発令されたのだ。
駆逐艦隊はルクスの切り札とも言える戦力であり、これが動いたという事は最終局面が近付いている事を意味していた。
「全艦、最大戦速! 敵艦隊の側面を突く!」
駆逐艦隊を指揮するパリアは久しぶりの大会戦に戦意が高まっていた。
彼女の勇猛果敢な指揮ぶりは、これまで多くの戦いでルクスを勝利に導いてきている。
そんな彼女が指揮する駆逐艦隊は、その機動力と快速を以て最前線を大きく迂回してクテシフォン同盟軍の艦隊の側面へと回り込む。
しかしクゼルークもそれをただ黙ってみているわけではない。
駆逐艦隊の攻撃に対応するために待機させていたフリゲート艦、さらに艦隊周囲に展開させていたフリゲート艦を集結させて駆逐艦隊に対抗するための防衛線を即座に構築した。
「敵のフリゲート艦が多数接近してきます!」
「正面から突破するまでだ! このまま前進!」
パリアは正面から敵フリゲート艦隊の突破を試みる。
駆逐艦やフリゲート艦は、戦艦や巡洋艦に比べると装甲は脆く、火力が乏しい。代わりに、小回りが効いて素早い移動が可能になる。
そのため正面からぶつかった場合は、あっという間に陣形も連携も崩れ去って混戦状態に陥ってしまう。
こうなると、勝敗を分けるのは個々の艦艇の性能と将兵の練度となってくるわけだが、クテシフォン同盟軍は正規軍から海賊紛いのならず者までが寄り集まった集団で、対する帝国軍は第十三艦隊時代からの歴戦の勇士揃い。
どちらに軍配が上がるかは誰の目にも明らかだ。
「各艦、デルタ戦術に繰り替えて各個に応戦! 敵陣を突破するぞ!」
艦隊同士が衝突して混戦状態になると、パリアはそう指示を飛ばす。
パリアの口にしたデルタ戦術とは、彼女が考案した艦隊戦術である。
駆逐艦は、三艦一隊のデルタ編隊と呼ばれる小規模艦隊で行動して、一隻の敵艦を集中攻撃して叩く、というものだ。
戦艦や巡洋艦には無い機動力と速力を活かしつつ、より効率的に敵戦力を駆逐するための艦隊運用方法として確立されたデルタ戦術は、単艦同士がぶつかり合う駆逐艦やフリゲート艦の戦闘には革命的な効果をもたらした。
三隻でフォーメーションを組んだ駆逐艦は、一隻の敵艦に集中攻撃を仕掛けて、反撃の隙も与えないままに撃沈。
これを繰り返す事で戦場を縦横無尽に暴れ回った。
対してクテシフォン同盟軍側のフリゲート艦は、そもそもが寄せ集めの部隊であり、艦の性能も将兵の練度もバラバラな上に艦同士の連携にも難点を抱えている。
いきなり敵の動きに合わせてフォーメーションを組んで応戦する事はできず、為す術なく撃沈されてしまう艦が続出。
辛うじてフォーメーションを組む事ができた艦達もその隊形は防御に特化したものばかりで、結局小型艦の長所である機動力と速力が損なわれて劣勢を強いられた。




