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ユフラテス戦役・会戦

 皇帝ルクスが率いる銀河帝国軍の艦隊は、ユフラテス星系に侵攻した。

 この星系にはクテシフォン同盟軍の主力艦隊が防衛ラインを形成しており、その正確な座標はすぐに帝国軍の知るところとなった。


「敵軍も正面決戦の構えですな」


 皇帝御座艦ヴァリアントの艦橋にて、フォックスが呟く。


「どこぞに伏兵が潜んでいる可能性もあるが、ここは敵の挨拶に応えるとしよう」


 ルクスは正面から堂々と敵と交戦に及ぶ事を宣言した。

 これを受けて帝国軍艦隊は、速度を上げてクテシフォン同盟軍へと接近していく。


「敵艦隊、間もなく有効射程に入ります!」


 オペレーターの一人がそう報告をした次の瞬間、レーダーを確認している索敵オペレーターが声を上げる。


「敵艦隊の一部が速度を上げて突出し始めました!」


 艦橋のモニターにその艦隊の様子が映し出される。

 そこには十隻前後の巡洋艦が他の艦隊よりも明らかに速度を上げて、戦列から大きく飛び抜けた様が映っている。


「このタイミングで一部を突出させるとはな。フォックス大将はこれをどう見る?」


「我が軍の注意を引くための陽動とも取れますが、それにしては流石に数が少なすぎます。おそらくはあの部隊の独断専行ではないかと思われます」


「私も同意見だ」


「であれば、こちらは陣形を整えたまま集中砲火を浴びせて薙ぎ払い、空いた穴を一気に圧迫するのが宜しいかと」


 フォックスは皇帝親衛艦隊司令官という役職にはあるものの、ルクスと同じヴァリアントの艦橋に身を置いているため、以前と同じようにルクスの参謀のような職務もこなしていた。


「そうだな。尤も前衛艦隊の指揮はローランド元帥に一任している。迎撃は彼に任せるとしよう」


 ルクスは皇帝として帝国軍艦隊の総指揮を担っているが、前衛艦隊の指揮はローランド元帥が行なっている。

 これは新設されたばかりの帝国艦隊最高司令官という役職に、この大会戦を通して実戦部隊の指揮官としての箔を付ける目的もあった。


 帝国軍が落ち着いた対応を見せる中、対するクテシフォン同盟軍には動揺が広がっている。

 クテシフォン同盟軍の旗艦アマストリーでは、総司令官のクゼルークが声を荒げている。


「エステル子爵は一体何をしているのだ!? わざわざ突出して自滅する気か!? 急いで戦列に戻るように命じろ!」


 クテシフォン同盟軍艦隊の中で戦列を離れて突出し、今まさに帝国軍艦隊の集中砲火を浴びようとしている部隊は、最近クテシフォン同盟軍に合流したエステル子爵の指揮する艦隊である。

 彼は実戦経験も乏しい中、クテシフォン同盟の召集命令を受けていきなり前線指揮官として戦場に放り出された事もあって致命的なミスを犯し、自ら敵の集中砲火に身を晒そうとしていた。


「もはや手遅れです。帝国軍の砲火はエステル子爵の艦隊に集まりつつあります」


「エステル子爵を救おうにも敵陣には僅かな隙もありません。強引に動いてはかえって味方の損害が大きくなってしまいます。隣接する艦隊へ被害が及ぶのを回避するためにも、エステル子爵は見捨てるしかありますまい」


「仕方ないな。エステルの艦隊は放置して、陣形の再編を急げ」


 即座にエステルの艦隊を切り捨てたクゼルークだが、彼の艦隊が戦力外となってしまった事はクテシフォン同盟軍にとって大きな痛手だった。


「敵の駆逐艦隊に動きは?」


「今のところ目立ったものはありません。こちらのフリゲート艦を迎撃している程度です」


 これまで幾多の戦場でルクスを勝利に導いてきた駆逐艦の存在は、当然クゼルークも知っている。

 しかし、それを模倣して充分な数を揃える事は、今のクテシフォン同盟軍には困難であり、従来のフリゲート艦で代用するしかなかった。


「駆逐艦隊の強襲を受けてしまえば、我が艦隊は大打撃を受けてしまう。敵の動きには細心の注意を払い、我が艦隊に敵の駆逐艦隊を近付けるな」


「了解致しました!」


 帝国軍とクテシフォン同盟軍はしばらく正面からの砲撃戦が繰り広げられ、エステル子爵の艦隊はほどなくして壊滅した。

 しかしその頃には、クテシフォン同盟軍の陣形は既に再編を終えており、エステル子爵の艦隊を失っても戦線の維持に大きな支障は無い。

 だがこれにより、元々拮抗としているとは言い難かった両軍の兵力差はさらに広がってしまい、クテシフォン同盟軍にとっては最悪と言える出だしとなった。



 ◆◇◆◇◆



 ユフラテス戦役と呼ばれるようになる会戦が始まってから数時間。

 クテシフォン同盟軍のエステル子爵の艦隊が壊滅して以降は、とくにこれという進展もなく正面からの艦隊戦が繰り広げられていた。


 その戦況を、総旗艦ヴァリアントの艦橋から見ているルクスは落ち着いた様子で観察している。


「前線は拮抗しているように見えて、ローランド元帥は徐々に敵の防衛線を削りつつあるな」


「はい。戦力はこちらの方が上ですので、正攻法で戦っている現状が維持されれば、我等の勝利は確実でしょう」


「だが、それでは時間が掛かりすぎるし、損害も増すばかりだ」


「では、そろそろ本隊を動かしますか?」


「いや、まだ早かろう」

 

 フォックスの問いに、ルクスは即答で返す。


「敵艦隊は寄せ集めとはいえ、その抵抗は思いのほか激しい。下手に勝利を焦っては勝てる戦いも勝てん。だが、一旦戦線に綻びができれば、それを圧迫するだけで容易に敵は崩壊するはずだ」


「では、今はその綻びができるのを待つべきという事ですか?」


「そうだ。パリアの駆逐艦隊に連絡しろ。突撃陣形を取って待機するように、とな」


「了解致しました、陛下」


 この時にフォックスは、ルクスが最後のとどめは駆逐艦隊に打たせようと考えているのだと確信した。

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