ユフラテス戦役・幕開け
銀河帝国軍の大攻勢を迎え撃つべくクテシフォン同盟軍は、クゼルーク伯爵を総司令官とした大艦隊を以てユフラテス星系とその周辺星系を中心に防衛ラインを構築していた。
「帝国軍はこちらの予想通りここを通ってくれるでしょうか? 迂回路を選ぶ可能性も考慮すべきと考えますが?」
幕僚の一人がクゼルークにそう進言する。
クテシフォン同盟軍のほぼ全戦力を動員している以上、帝国軍が迂回路を通れば惑星クテシフォンを直撃されてしまう。
そうなってはクテシフォン同盟そのものが崩壊して、この戦争は帝国の勝利となるだろう。
「いや、そう心配する事も無いだろう。このアルサバース星域はインペリウムからもアウグスタからも遠い。この上、さらに遠回りなルートを選択するのは、帝国軍にとっても補給線の面などからリスクが大きいはずだ。それに我が軍を無視すれば、我が軍に背後を突かれて補給線を断たれる危険もある。大兵力で進軍してきている以上、下手な小細工はかえって逆効果になる」
クゼルークはそう言うが、彼には別の理由もあった。それは数と時間の問題である。
クテシフォン同盟軍は帝国軍に比べると、量と質が共に劣っているためにどうしても不利な状態での会戦を余儀なくされる。
そして仮に帝国軍が迂回路を通る可能性を考慮したとしても、それを警戒するために部隊配置をする時間はもはや存在しなかった。
「とはいえ、万が一という事もあります。各所に配置したパトロール艦の数を増やして、より警戒の目は光らせておくべきかと」
そう進言したのは、長年に渡ってクゼルークを支えてきたティグラット提督。
自軍の勢力下であるアルサバース星域内であれば、少数のパトロール艦を要所に展開させる事で、敵の動きはおおよそ把握できる。
もしもの事態に備えつつ、敵軍がいつどこに進軍するのかをいち早く察知できる体制を強化すべきと彼は考えたのだ。
ティグラットの進言を受けたクゼルークはすぐに「分かった」と短く返答をする。
「だが、ここに集結させた戦力をそう多く割くわけにはいかん。ヴォロガセス公に頼んで、商船でも何でも構わんから宇宙船を動員してもらう必要があるな」
動員可能な軍艦はほとんどこの防衛ラインを構築するために持ち出している。そのため、哨戒目的のパトロール艦程度であれば民間用の商船などで賄うしかない。
人も艦艇も潤沢ではないクテシフォン同盟軍は、この戦いのために民間に払い下げられたような老朽艦から、海賊対策に兵器を搭載しただけの武装商船まで掻き集めている。
そうなってしまうと、さらに船が必要となれば純粋な民間船を使うしかなかったのだ。
「帝国軍の動きは思っていたよりも速い。皇帝親征はもう少し先になると考えていたが、これほどの大兵力をこれだけの短期間で動員できる体制を構築するとはな」
帝国の玉座に座ったルクスは、帝国軍の軍制改革に着手していた。
それを完遂するには膨大な時間が必要であり、それまで帝国軍の全面攻勢は無いだろうとクゼルークは考えていたのだ。
「皇帝の艦隊は既にこの辺りの宙域にまで進出していると報告が届いております」
幕僚の一人がアルサバース星域の星図の一ヶ所を指差しながら言う。
「移動も展開も早過ぎる。一体どのようにすれば、これだけの数の艦隊をこうも速く進軍させられるというのだ……」
諸侯の寄せ集めで成り立っている連合軍という形態のクテシフォン同盟軍とは違い、ルクスが再構築した銀河帝国軍は皇帝を頂点に、大本営が統制する軍隊として機能している。
そのため、あらゆる面で帝国軍の方が効率的に稼働しており、それが帝国軍の迅速な移動と展開に一躍買っていた。
またルクスは、アウグスタを中心とした星間航路の整備にも力を入れており、この航路の存在が艦隊の進軍スピードを上げているのだ。
「帝国軍が正面からのこの防衛ラインに攻撃を仕掛けてきたとして、果たして防ぎ切れるでしょうか?」
若手幕僚がそう不安を口にすると、クゼルークは鋭い眼力でその幕僚を睨む。
「防ぎ切れるかではなく、防ぎ切らなくてはならん。ここを突破されてしまえば、クテシフォン同盟は崩壊して我々全員の命運が尽きるのだぞ」
「は、はい」
ルクスは今回の親征に先立って皇帝の名においてクテシフォン同盟を“国家の敵”と定める勅令を出している。
これはかつて元老院が、特定の個人や勢力を正式に帝国の敵対勢力と定める習慣のようなものであり、これに定められてしまった時点でクテシフォン同盟の幹部クラスにはもうルクスに恭順の道は存在しない。
「全艦隊に警戒レベルを上げるように通達しろ。帝国軍の進軍速度がこれほど速いとなると、接敵の瞬間はそう遠くはないだろうからな」
「了解致しました」
◆◇◆◇◆
アルサバース星域に侵入を果たし、その奥へと素早く進撃を続けている銀河帝国軍の艦隊は、その道中で幾度もクテシフォン同盟軍のパトロール艦を捕捉していた。
しかし、皇帝ルクスの命令によって、交戦の意思を見せない艦艇には一切手を出さなかった。
「パトロール艦如きに貴重な弾薬を浪費する事も無い。それにあれを撃沈したところで、パトロール艦が消息を絶てば異変に気付いて敵軍も我等の所在を知るだろう」
「陛下の仰る通りですな。こちらの斥候も敵主力の展開している宙域をおおよそ捕捉しました。あとは正面からぶつかるのみかと」
そう言うのは皇帝親衛艦隊司令官ロデリック・フォックス大将。
元第十三艦隊参謀長として、ルクスと共に多くの戦場を渡り歩いてきた彼は、落ち着いた様子を見せつつも、その内心では久しぶりの大規模な艦隊戦に戦意が高揚させていた。
「戦場はやはりユフラテス星系になるか」
「はい。その近隣の星系にも艦隊の存在は確認できますが、大部分の戦力はユフラテス星系に集結しているようです」
「そうか。では全軍をユフラテス星系に向けろ」
「他の星系の敵艦隊は如何致しますか?」
「放っておけ。戦力は総数で考えてもこちらの方が上だ。ここは正攻法で攻める」
「御意」
フォックスはルクスに対して一礼をすると、一歩前へ出て各艦隊に指示を飛ばす。
「皇帝陛下の勅命である! 全艦隊、針路をユフラテス星系に向けて、そこに集結しているクテシフォン同盟軍を殲滅せよ!」




