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大本営総監ドレルジーニ

 クリーヴランド公爵家による軍部への膨大な資金援助の発表は、帝国の貴族社会に大きな波紋を投げ掛けた。

 クリーヴランド公爵家のファウスティナ嬢と皇帝ルクスが親密な仲である事は有名であったが、表立って協力体制を敷く事はこれまであまり無かったためだ。

 そんなクリーヴランド公爵家が皇帝ルクスへの支援を明確にした事は、クリーヴランド公爵家と縁の深い親類縁者を中心に貴族達の心を大きく揺さぶった。


 これまでルクスは、貴族達への締め付けを強化する一方で、自身に従う者には可能な限りの庇護を約束して、味方を増やす努力は続けていた。

 しかし、それでも貴族達にとってルクスの政策は決して歓迎できるものではなかったために、どっち付かずの貴族も多かったのだ。


「クリーヴランド公爵家の協力は、やはり貴族達には絶大な効果がありましたな」


 そう上機嫌に語るのはピーター・ドレルジーニ上級大将。

 五十代後半で温厚そうな顔立ちをしたこの男は、大本営の実務のほぼ全てを統括して皇帝ルクスを支える大本営総監を務めている人物だ。


「これまで私達にあまり協力的ではなかった銀行が融資の話をすんなりと呑んだり、建築会社はアウグスタ建設事業への参加に意欲的になったそうだな」


 事態が一気に前へと進んだ事で、ルクスも無意識のうちに笑みを零す。


「アウグスタの建設事業もこれでかなり加速するでしょう」


 ドレルジーニは大本営を中心とした惑星アウグスタ全体の建設事業も任されており、アウグスタへの遷都に向けた都市開発も担うルクスの新体制における重要人物の一人である。


「アウグスタを中心とした星間航路スペース・レーンの整備も進んでいる。遠からずアウグスタは経済の中心地となるだろう」


 星間航路スペース・レーンの整備は、通商上・戦略上重要な意味を持つ。

 この航路上に点在する星に、宇宙船が停泊できる宇宙港を設置して、航路の安全を守るための治安部隊を配置する。

 これにより物流の効率化を図り、航行する宇宙船が宇宙海賊などに襲われるリスクを軽減できる。


「惑星全体の開発ともなりますと、どうしても数十年という期間は見なければなりませんが、可能な限り早く新たな帝都の形が築けるように最善を尽くします」


「頼りにしているぞ」


 ドレルジーニは元々軍部でも建築部門に属していた軍人で、彼を大本営総監に任命したのは軍人としての能力というよりは新都建設のために有益な人材とルクスが判断した事が大きい。


「陛下が手配して下さった技術官僚テクノクラート達も実によく働いてくれています。軍の中にいただけでは中々気付けない視点を持ち込んでくれたので、私としても非常に頼もしい方達です」


「それは良かった。彼等にはアウグスタ建設の経験を土台にして、戦火で荒廃した銀河の再建を担ってもらいたいと考えている」


 ルクスにとってアウグスタは、インペリウムに代わる帝国の中心地であると同時に、彼が築こうとしている新体制の青写真でもあった。ルクスの目指す帝国の形は、アウグスタを中心に描かれていっており、それを実際に形にする役目を負ったドレルジーニの責務は重大と言えた。


「陛下のお考えの深さには感服するばかりです。しかしそうなりますと、クテシフォン同盟の討伐は急務になると思うのですが?」


「勿論そうだ。だが先のピレーヌ星系での戦いは勝ちはしたものの、少々手痛い損害を被ってしまったからな。焦って動くのは得策とは言えんだろう。それに今回の大本営設置もそうだが、クテシフォン同盟という脅威があるからこそ押し通せる政策もある。可能な限り今の内にそれは利用しておきたいと思っている。無論、その間にも奴等を討伐する準備は怠らないがな」


「ローランド元帥閣下は短期決戦よりも長期戦で確実に勝利を得る事を得意とする指揮官です。そんな方を討伐の任に当てたのはそのためだったのですか?」


「そんなところだ。ここでの仕事が一段落したら、私自らクテシフォン同盟を討つために親征に出る。その間は貴官にこの大本営を取り仕切ってもらうつもりだ」


「はい」


「その際、大本営のトップが現場で実戦部隊を指揮するローランド元帥よりも下位では些か支障が出るだろう。そこで私の親征が始まった時、貴官を帝国元帥に昇進させるつもりでいる」


「げ、元帥ですか? わ、私が?」


「そうだ。このアウグスタでの仕事ぶりを評価し、そして今後の活躍に期待してな」


「……皇帝陛下のご期待に添えますよう、このドレルジーニ、全力を以て陛下にお仕え致します」


「頼んだぞ。帝国と臣民のために」


「御意!」


 ルクスは軍部を皇帝が頂点に立ち、その下で大本営をドレルジーニ、帝国艦隊をローランドという二人の元帥が指揮する形にしようと考えていた。

 軍閥の台頭で崩れかけた帝国軍の軍制を、この二人の元帥を中心に再構築するという構想だ。

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