帝国元帥ローランド提督
帝国艦隊最高司令官に就任したジャン・ローランド元帥は、三個艦隊及び六個小艦隊を率いて惑星アウグスタを出陣。
クテシフォン同盟の勢力圏であるアルサバース星域へ向けて進軍を開始した。
ローランド提督は自身の旗艦デュランダルに諸提督を集めて会議を開く。
「まずは私の基本的な方針を告げよう。皇帝陛下は私に、あくまで陛下の親征までの繋ぎをお命じになられたが、その一方で勝てるならそのまま勝っても構わないとも仰せであった。よって一気に敵の本拠クテシフォンを目指すのではなく、適当な惑星に橋頭堡を設けて、攻撃と防御のどちらにも対応できる体制をまずは築こうと思う」
ローランドは、元々攻勢よりは守勢を得意とする指揮官である。
そのため先制攻撃を仕掛けてクテシフォンを一気に突くよりは、橋頭堡を築いて堅実に攻める方が彼の得意戦略と言えた。
「元帥閣下の方針は理解しました。それで橋頭堡とする星の目星は付けておいででしょうか?」
そう質問するのは、ローランドとほぼ同年代くらいの茶髪をした男性アルベール・オリヴィエ大将。ローランドの右腕を長年勤めている人物で、現在は帝国艦隊総参謀長として彼を支えている。
「ピレーヌ星系の惑星バーリスが良いと考えている。バーリスは交通の便が良いのは勿論だが、クテシフォン同盟の艦隊も駐留している。これを打ち破ってピレーヌ星系を占領できれば、敵に対して良い見せしめになるだろう」
クテシフォン同盟は、ヴォロガセス公爵を中心に巨大な勢力を形成しているが、決して一枚岩とは言い難い。
弱小勢力の中にはヴォロガセス公の勢いを受けて仕方なく従っている勢力もいれば、とくに皇帝ルクスに敵意もない勢力もいるだろう。
そうした勢力に武力をチラつかせて内部分裂を誘う事もローランドの戦略の一環だった。
「元帥閣下の方針に問題があるというわけではありませんが、些か不安な点もありますな」
「不安な点とは?」
「ヴォロガセス公爵はかなりの老獪な人物と聞きます。オーウェル提督を出し抜いた時点でそれは間違いないでしょう。そんな相手に、下手に時間を与えるのはリスクが大きいのではないかと思いまして」
「たしかにな。だが、だからこそ闇雲に突っ込むよりは、慎重に事を運ぶ方が賢明ではないかね?」
「それはそうかもしれませんが……」
ローランドの考えを理解できないわけではないが、やはり不安を拭いきれない様子のオリヴィエ大将。
「まあそう事を焦るな。我が軍は遠路遙々アルサバース星域まで進軍しているのだから、補給路がただでさえ長く伸びきっている。足場をしっかりと固めなければ、我が軍の方が内側から崩れかねないぞ」
ローランドとオリヴィエの関係はあくまで上官と部下だが、二人のやり取りを見ている諸提督の目には長年連れ添った熟年夫婦のようにも見えた。
いずれにせよ、ピレーヌ星系の惑星バーリスに橋頭堡を築く事を決めたローランド率いる帝国艦隊は、針路をピレーヌ星系へと向けるのだった。
◆◇◆◇◆
ピレーヌ星系には、クテシフォン同盟軍が艦隊を集結させて防衛戦線を形成していた。
クテシフォン同盟の盟主であるヴォロガセス公爵は、アルサバース星域に至る星間航路の全てに監視衛星やパトロール艦を多数配置して、敵の接近をすぐに察知できる態勢を整えていた。
そこからもたらされた情報を下に、帝国艦隊の進撃目標がピレーヌ星系である事を導き出して艦隊を展開する事を決めたのだ。
「情報通りなら帝国軍の艦隊がそろそろこの星系に到達するはずだ。何としても守り切るぞ!」
意気揚々と語るのはクゼルーク伯爵。この防衛戦線の総指揮をヴォロガセス公爵より任された司令官である。
星間航行の要所でもあるこのピレーヌ星系が帝国軍の手に落ちてしまえば、ここから帝国軍が一気にアルサバース星域各所に進軍できるようになってしまう。
それを阻止するためにもクゼルーク伯爵の熱意は凄まじいものがあった。
「第二哨戒艦隊より通信! 敵艦隊を捕捉したとの事です!」
索敵オペレーターの報告が艦橋中に響き渡る。
それと同時にクゼルークの脳裏に戦慄が駆け抜ける。
「全艦隊、戦闘用意! 敵艦隊を正面から迎え撃つぞ!」
哨戒艦隊の報告により、帝国艦隊よりもクテシフォン同盟軍艦隊の方が艦艇数が多いという事は事前に分かっていたクゼルークは、先制攻撃を仕掛けて数的有利を存分に活かそうと考えた。
とはいえ数が多いと言ってもクゼルークには安心できない事情もあった。
クテシフォン同盟軍は諸勢力の寄せ集め集団であり、所属している艦艇は部隊ごとに旧型艦から新型艦まで何でもありといった風である。
それだけに各部隊の練度や装備にもかなりのばらつきがあり、各部隊の連携にも難点を抱えている。
クテシフォン同盟軍艦隊は速度を上げて、帝国艦隊を迎え撃つべく移動を開始し、両軍はピレーヌ゙星系外縁部にて対峙する。
「全艦隊、砲撃用意! 敵を充分に引き付けたところで一斉射するのだ!」
クゼルークの指示が一気に各艦隊に通達される。
しかし、一部の艦隊はクゼルークの命令を待たずに勝手に砲撃を開始してしまった。
「司令部はまだ砲撃命令を出していないぞ!」
若手の幕僚が声を荒げる中、クゼルークは小さく溜息を吐き、「しょせんは烏合の衆か」とボヤくのだった。
「こうなってはやむを得ん! 全艦隊、砲撃開始! 敵艦隊を正面から打ち破るぞ!」
満を持しての開戦ではないものの、兵力が勝っている事は事実。
正面から衝突すれば数の多い自分達が有利なのは明白だと、クゼルークは半ば自分を言い聞かせながら戦闘開始を指示する。
こうして、銀河帝国軍とクテシフォン同盟軍との本格的な戦争が幕を開けるのだった。




