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ディアベーヌの乱

 アルサバース星域に、オーウェル提督の率いる第二十一艦隊が駐屯するようになってからしばらくの時が流れた。

 オーウェル提督は、ヴォロガセス公爵の施政にはとくにこれという口を出す事もなく、第二十一艦隊の将兵達も規律ある行動を遵守している事から、特別大きな混乱も無く星域全体の情勢は安定へと向かっていた。


 しかし、皇帝の威光を受けて、巨大な軍事力を伴って乗り込んで来た第二十一艦隊の存在に嫌悪感を抱く者が皆無というわけではない。

 その一人であるナルセス・ディアベーヌ子爵は今、ヴォロガセス公爵の下に訪れていた。


「公爵閣下、いつまであの皇帝の飼い犬どもをのさばらせておくのですか?」


「……第二十一艦隊の事かね?」


「勿論、そうです」


「オーウェル提督は、私が帝国に忠実である限り、私の施政に干渉はしないと約束した。そう事を荒立てる必要も無いだろう。それに彼等が来てくれたおかげで、最近不安視されていた治安の悪化も改善の兆しが見えている。悪い事ばかりでも無いさ」


 ノワール軍閥が滅亡した後、シャーム星域とその周辺星域の治安は悪化していた。

 ノワール軍閥という抑止力を失った犯罪者達が我が物顔で星々を闊歩しているためだ。

 またノワール軍閥の残党が行き場を失って宇宙海賊化した事も治安の悪化に拍車を掛けていた。

 第二十一艦隊はこれらの犯罪組織への対処、そして貿易船の護衛任務なども引き受けた事から、治安の回復という点では大きく貢献していた。


「ですが、いずれは宇宙海賊だけではなく、我等の武力も解体しようとするでしょう」


 ディアベーヌ子爵はヴォロガセス公爵が抱える私兵集団を纏める指揮官を務めており、自分が育ててきた宇宙艦隊が第二十一艦隊によって解体される事を危惧していた。

 また第二十一艦隊が活躍する事によって、これまで治安維持の役目を果たし切れなかった自身への風当たりが強くなる事も懸念していたのだ。


「それは私も心配しないでもない。だが現状、貴公の艦隊無しでこの広いアルサバース星域を治めるのは、如何にオーウェル提督と言えども困難だろう。当面は大丈夫と見て良かろう」


「……なら良いのですがね」


 

 ◆◇◆◇◆


 

 ディアベーヌはヴォロガセスとの対面を終えた後、自身が統括している艦隊が駐留している宇宙港へ移動した。

 ここにはディアベーヌの到着を待っていたかのように、艦隊士官達が集結していた。


「司令官閣下、ヴォロガセス公は何と仰せでしたか?」


 若い士官が激しい剣幕で問い詰める。

 それに対してディアベーヌは溜息を吐いた後、少し間を置いて応える。

 

「あの臆病者め。皇帝の飼い犬に下るつもりのようだ」


「何と!?」


「そ、それでは我等はどうなるのですか!?」


 艦隊士官達は声を高らかに抗議する。

 皇帝ルクスの新体制に組み込まれれば、自分達の身が危うくなると分かっていたからだ。


「艦隊が解体されれば、我等はお役御免。艦隊の資産が帝国軍に全て接収されれば、我等が艦隊の資金の一部を抜き取っていた事が露見するのは避けられない」


「そ、そうなると我等は、」


「まず間違いなく、旧体制の汚点として見せしめに処分されるでしょうな」


「そ、それはマズい! 何とかしなければ!」


 ディアベーヌを初めとする艦隊士官達は、これまで艦隊運営のための資金を着服して懐に仕舞い込んできた。

 その事はヴォロガセスも知らない事であり、この事実が公に知られれば、もはや言い逃れはできず、守ってくれる後ろ盾もいない。

 

「静まれ諸君。こうなった以上は仕方がない。例の計画を実行するしかなかろう」


 ディアベーヌがそう宣言すると、士官一同に戦慄が走る。

 “例の計画”という言葉が意味するところを、彼等はよく理解していた。


「ヴォロガセス公に対するクーデター……」


「し、しかし、まだ準備は充分とは言えませんぞ」


 艦隊の武力を以てヴォロガセス公爵に対して反旗を翻し、政権を奪取する。

 ノワール軍閥が倒れて、アルサバース星域の情勢が不安定になり出した頃から密かに検討されて準備が進められてきた計画だ。


「もはや周到に準備を、などと言っているいとまは無い。行動を起こさねば、我等に待っているのは破滅のみぞ」


 ディアベーヌの言葉を受けて士官達は覚悟を固める。

 一か八か。挙兵して事態の打開を図るしかない、と。


 

 ◆◇◆◇◆


 

 数日の時が流れたある日。

 今日は、オーウェル提督がヴォロガセス公爵と会談を行なうためにヴォロガセスの官邸を訪問する事になっていた。


 クテシフォンの衛星軌道上に展開している第二十一艦隊から、エスメラルダ級高速コルベット一隻が艦列を離れてクテシフォンの大気圏へと突入する。

 コルベットは、フリゲート艦や駆逐艦よりもさらに小型の艦種で、戦艦や巡洋艦と共に艦隊戦に臨むことはほとんどない。

 その主な任務は、局地防衛やパトロール任務である。

 しかしその一方で、優れた高速性能と機動性から元老院議員や政府高官、帝国軍の提督達が自身の専用シャトルとして移動手段に用いる事も多々あった。


 そのコルベットがクテシフォンの宇宙港に到着した直後、事態は急速な展開を見せる。

 同じく宇宙港に艦を置いているディアベーヌ子爵麾下の艦隊が突如動き出したのだ。

 艦隊は離陸して、地上部隊は宇宙港の制圧に動き出す。


「各艦、計画通りに所定の目標を制圧せよ! この宇宙の制圧は最優先に行なえ! 我等の掌まで自ら降りてきたオーウェルを逃してはならん!」


 ディアベーヌは旗艦に乗り込んで自ら陣頭指揮を執る。

 その動きは迅速であり、そして無駄が無い。

 

 作戦の開始で艦橋が慌ただしくなる中、索敵オペレーターが動揺に満ちた声を上げる。

 

「し、司令! 着陸したコルベットを精密スキャンしたのですが、生命反応が一つも検知されません!」


「な、何だと!? どういう事だ!?」


 その時、宇宙港に着陸したコルベットが内部から爆発した。

 それと同時に神々しい輝きが周囲を照らし、さらに特殊な電磁場が辺り一帯に拡散していく。


「い、一体何が起きたのだ!?」


「ふ、不明です」


「レーダーに異常発生!」


「通信回線が遮断され、各部隊との通信が途絶しました!」


 結果を述べれば、オーウェルが乗艦していたと思われていたコルベットは無人艦であり、艦内には大量の爆薬と電磁波兵器が搭載されていたのだ。

 その爆薬が爆発してオーウェルを捕縛しようと動いていた地上部隊は吹き飛ばされ、宇宙港周辺に展開してるディアベーヌの艦隊は電磁場兵器によって通信が遮断されてレーダーも妨害されてしまった。


「目視でも何でも構わん! 周囲を警戒しろ!」


 艦隊の目と耳が潰されたという事は、敵の次の動きは当然決まっている。

 ディアベーヌの艦隊の上空に第二十一艦隊が出現し、整然と艦列を整えた状態から、混乱の渦中にあるディアベーヌの艦隊に向かって砲撃を開始した。


「ええい! 反撃しろ! 皇帝の犬どもなど蹴散らせ!」


 ディアベーヌが混乱を収拾して戦線を立て直そうとするが、未だに通信状態は悪く、彼の指示が各艦に徹底される事は無かった。

 さらにその間も第二十一艦隊は、ディアベーヌの艦隊の包囲網を完成させようと陣形を整えていく。


 戦況は第二十一艦隊の圧倒的優勢であり、その勝利を疑う者は誰もいなかった。

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