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帝都の姫君

 帝都インペリウムにて元老院議員の処刑という事態が世間を騒がせている頃、様々な報道機関はそのニュースを連日報道していた。

 インペリウムの一等地に建つ豪邸に住む貴族令嬢ファウスティナ・クリーヴランドは、自室にてリスト・デバイスを用いてネットニュースを視聴している。


 帝国でも最高峰の名家と言えるクリーヴランド家は、現元老院議長アダム・ガーディナーと同じ公爵家である。

 さらにはかつて皇帝を多数輩出した皇帝一族の血も僅かながらに受け継いでおり、帝位継承者が不在となって軍部が覇権争いを始める前はクリーヴランド家から新たな皇帝を選ぼうかという意見も出た事もあった。


 そんな名門貴族の令嬢は、既に昼間となっているにも関わらず、自室のベッドの上で、しかも寝間着姿のままで横になりながらニュースを見続けていた。


「ルクス、あなたは一体どこまで突き進むつもりなの?」


 ニュースにルクスの姿を映した映像が出た途端、ファウスティナは悲しそうな顔を浮かべてそう呟いた。

 長く綺麗な金色の髪は、寝起きのためにややボサボサになっており、宝石のように美しい青い瞳は生気が無く、どこか儚げな印象を受ける。

 

 彼女がニュースの視聴を終えた頃、ドアをノックして一人の執事が入室した。


「お嬢様、流石にそろそろ起きて頂かねば困ります」


 彼の名はロバート・エインズワース。黒のタキシードを綺麗に着こなす彼の姿は、主人とは正反対の印象を受ける。


「ロバート、別に良いじゃない。私が部屋にこもっていようといまいと誰も困りはしないわ」


「お嬢様、いつまでもそのような事を言っていても何も解決はしませんよ」


「分かってるわよ。でも私が今更何をしたところで、銀河は何も変わりはしないわ」


 この二人は主従の関係ではあるが、どちらも今年で二十五歳と同い年なこともあって、親しい友人のような、双子の姉弟のような間柄となっていた。


「言っておきますが、今の帝国の騒乱は軍部の暴走が招いたものです。お嬢様が責任を感じることでは無いと思います!」


 ファウスティナは一度、元老院から次期皇帝になる事を要請された事があった。

 帝位継承権を持つ者がいない以上、帝室の血筋に極力近い者に白羽の矢を立てるのは特別不思議な話ではない。

 しかし彼女は決断できなかった。

 いくら名ばかりの皇帝で良いと言われても皇帝という、この銀河で最も大きく重い肩書きを背負う事を躊躇した。


 やがて元老院は軍部と結託して、新たな皇帝を軍部から迎える事を決めた。

 しかし帝位を懸けて軍部が覇権争いを始めると帝国はあっという間に分裂して内戦状態に突入してしまった。


 その事実に、ファウスティナは責任を感じずにはいられなかった。

 とはいえ、一度始まった内戦を、貴族令嬢が一人でどうこうできるはずもなく、銀河が血で染まる様をただ眺めていることしかできない事も彼女の神経を摩耗させるには充分だっただろう。


「それに今、あのセウェルスターク提督が、いえ、皇帝陛下が帝国中の軍閥を平定しています。遠からず帝国は元通りになるでしょう」


「ルクス、私は、彼に、本来私が負わねばならない責務を、背負わせてしまった」


「彼が望んだ事です。お嬢様が気に病まれる事では、」


 その時だった。ロバートと同じ扉から、一人のメイドが姿を現した。


「お嬢様、只今、皇帝陛下が当邸に到着致しました」


「「え?」」


 ファウスティナとロバートはほぼ同時に声を出すと共に呆然した表情で、報告に来たメイドに目をやる。


「わ、分かりました。ご苦労様です。悪いのですけれど、陛下には少しお待ち頂くように言ってくれるかしら?」


「承知致しました。では私はこれで」


 ぺこりと頭を下げると、メイドはすぐに主人の指示を実行すべくその場を後にする。

 そしてロバートと二人きりになったファウスティナは、慌ててベッドから飛び起きた。


「ロバート、すぐに着替えるわよ! 手伝いなさい!」


 世話の焼ける主人だ、と呆れつつも、あのまま部屋に籠られるよりはよほど良いと考えながら、ロバートは安堵の息をもらす。


 

 ◆◇◆◇◆


 

 ファウスティナが慌てて身なりを整えた頃、ルクスは邸の庭園に出て綺麗に整備された花壇を見物していた。

 そこへやや小走りでファウスティナが姿を現す。


「お待たせ致しました、皇帝陛下。当家にお越し頂き、光栄の至りにございます。しかし、お忙しい御身で、このような場所へお御足を運ばれて大丈夫なのでしょうか?」


「問題ありませんよ。本当であれば、帝都に入ってすぐにお窺いしたかったのですが、中々叶わずに随分と遅くなってしまいました。因みにお父君の御容体は如何ですか?」


「最近は病状も安定して、この庭園を散策する事も増えていますね。尤も今日は部屋で休まれていますが」


「ご壮健なら何よりです。できればお父君にもご挨拶をしたかったのですが、お休みとあらば仕方がありませんね」


 ファウスティナの父親であるアスラン・クリーヴランドは、クリーヴランド公爵家の当主であり、以前は元老院副議長を務めていた事もある。

 現在は病に倒れて療養生活を送っているが、もし彼が病になる事がなければ、彼が玉座に座っていただろうと誰もが口にする人物だ。


「陛下の行幸が得られたとなれば、父も喜びましょう」


「……時にそろそろ堅苦しい話し方は止めにして、以前のように話しては頂けないでしょうか?」


 やや不満な顔をしているルクスは、これまた不満そうな眼差しをファウスティナに向けながら言う。

 それを聞いたファウスティナは一瞬目を見開いて驚き、楽しそうに笑みを浮かべると、口元を手で覆った。


「そう言う陛下こそ、いえ、そう言うルクスこそ堅苦しい話し方をしてるじゃない」


「先に始めたのはそちらだ。私はそれに合わせたに過ぎん」


「ふふふ。色々とあったけど、元気そうで安心したわ、ルクス」


「それはこちらの台詞だよ、ファウスティナ」


 二人はそう言って微笑み合いながら、ゆっくりと歩いて庭園を散策する。

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