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元老院議員粛正事件

 セウェルスターク軍閥が帝都インペリウムを主軸とした新たな勢力圏の構築に着手していた頃。

 元老院議長アダム・ガーディナー公爵がルクスに謁見を求めて、皇帝の宮殿(インペリアル・パレス)を訪問した。


「皇帝陛下、ご多忙の中、お時間を頂きありがとうございます」


 玉座に座るルクスに対して、ガーディナーは頭を下げる。

 ルクスは皇帝になって以後も提督時代と同じ軍服を着用しているが、荘厳なデザインの玉座の雰囲気からか、どこか神々しい印象を放っている。


「議長のご訪問とあらば、いつでも大歓迎ですよ。それで今日はどのようなご用件で?」


「是非とも陛下のお耳に入れたい事がありまして」


「ほお。それは何でしょう?」


「元老院の中に、ノワール軍閥と通じている者がいます」


「……」


 ルクスはとくに驚きはしなかった。

 元老院議員の中に不穏な動きをしている者がいることはルクスも承知していたからだ。

 と言っても、まだ帝都に根を下ろして間もない彼が内々に元老院の動向を探るにも限界がある。

 不穏な動きに気付いてはいても、具体的に誰がどんな動きをしているか、そしてその証拠を抑えるまでには至っていなかった。


「彼等は元老院の正式な議決も無く、ノワールを皇帝にする帝位継承承認書を作成したとの事です」


「帝位継承承認書ですか。なるほど。ユリアヌス軍閥の残党がノワール軍閥に合流を図っているとの情報をこちらの情報部が得ています。以上の事を踏まえると、私を皇帝と認めない輩は、ノワール軍閥を中心に新たな勢力を形成しようとしているというわけですね」


「おそらくはその通りでしょう。因みにこちらが承認書の作成に関わった議員のリストです」


 ガーディナーはそう言いながら、左手首に付けているリスト・デバイスを操作する。

 すると、ルクスの目の前に、立体映像の書類が映し出されて、そこには二十五名もの元老院議員の名前が書かれてあった。


「承認書に署名した議員は全てで二十六名いますが、うち一人は私が潜り込ませたスパイですので、そのリストからは外しております。どうかご理解下さい」


「構いません。それで、議長閣下はこの者達の処遇をどうするのが良いとお考えで?」


 戦時体制下での敵勢力との内通。

 普通に考えれば死刑が当然の処置と言えようが、ルクスはあえてガーディナーに尋ねた。

 それは元老院を尊重するというルクスの姿勢を示すものだった。


「事が事です。この一件に関しては、陛下の聖断に委ねたく思います。これは元老院が陛下に示す最大限の敬意と好意の証と思って頂きたい」


 ガーディナーは元老院と帝国の安定を望んでいる。

 そのため元老院との協調姿勢を見せたルクスとの共生関係を、このまま継続したいと考えている。

 だからこそ裏切り者をあっさりと切り捨てたのだ。


「帝位継承承認書の偽造は元老院への冒涜であり、帝国への反逆行為です。そして帝国への敵対勢力に内通するのは銀河の秩序と平和を乱し、民の平穏を脅かす行為。もはや彼等には弁明の余地すらありません」



 ◆◇◆◇◆

 


 翌日。

 ガーディナーは元老院議長の権限で、リストに名前の上がっていた二十五名の議員の職を解く事を発表した。

 透かさずルクスは彼等の罪状を報道し、憲兵を動員して一斉拘束を実施。数日後には、その全員が処刑された。


 皇帝による元老院議員の処刑は、少なくともここ百年は例が無く、事情を知らない議員は勿論、民衆の間でも疑問を抱く者は決して少なくなかった。

 武力で帝位を獲得した先帝ユリアヌスですら、元老院を武器で威圧する事はあっても元老院議員を処刑したりはしなかったのだから、皆が受けた衝撃は相当なものだろう。


 とはいえ、これを好意的に捉える者も多かった。


「ルクス皇帝はユリアヌスの圧政から俺達を解放してくれたんだぞ!」


「ユリアヌスの残党を排除して、皇帝陛下が銀河に平和をもたらそうとしてるんだ!」


 ユリアヌスが武力を背景に抑圧的な支配体制を築き上げて、民衆を弾圧していた。

 それは混乱の時代の中でも秩序を保つためには必要な措置であったが、民衆がそれをすんなりと受け入れるはずもない。

 ルクスはその中で、ユリアヌスの政策を真っ向から否定して開放的な政策を打ち出した。

 これによりルクスは民衆から、圧政からの解放者として認識され、今回の一件もユリアヌスの共犯者をルクスが断罪しただけと捉える者が出たというわけだ。


 そして一方で、この処置を手緩いと感じる者もいた。

 第一独立機動艦隊司令官に就任したパリア・マルキアナ中将もその一人である。


「皇帝陛下、元老院は長年に渡って汚職に退廃、不正を働いてきた帝国の病巣です。これを機会に、近衛艦隊もろともこの銀河から消し去ってやれば宜しかったのに」


「まあそう言うな。確かに元老院は病巣かもしれない。だが、無理に切除しては身体にも尋常ではない負荷が掛かる恐れがある。下手をしたら助かるものも助からなくなってしまうかもな」


 ルクスの言葉を聞いたパリアは小さく笑みを浮かべる。


「つまり今はまだ元老院に本格的なメスを入れる段階ではないと?」


「その通りだ」


 元老院は銀河帝国の中枢深くに根を張っており、これを強引に排除しようとしては、帝国そのものが崩壊しかねない。

 そのような危険を冒すのは得策ではないとルクスは考えていた。


「今回の件で空いた二十五の議席は、これまで私を支援してくれたバルカニア星域の有力者に渡る事となった」


「それは、元老院に我々の一派が入り込んだという事でしょうか?」


「そういう事だ。全体からすればたったの二十五席だが、初動としては充分だろう。来たるべき本格的な治療に向けてな」


「ではその本格的な治療を心待ちにしております、皇帝陛下」

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