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第1幕 4.囚われた偽りの巫女


【 安い戯れ言を口にした者 】



「私のこの鶏みたいな高い声じゃ、すぐに王女様じゃないってわかってしまいますからおいそれと答えることも出来ません、こうやって頭をふって、こんなふうに嫌々ってね、そうやって頭と手をふるのが精一杯でした」

「それで?」

「御膳係もちょっと不思議そうでしたけど、でもなんとかやり過ごしましたって!」

「すごいっ!」


ミーナはしゃべりながら、ベールを外し、レースと刺繍が細かく施された絹の長衣とズボンを次々に脱いでいった。

またダリアンも質素な木綿の長衣とズボンを脱ぎ、ミーナが脱いだ服をさっさと身につけていく。


「凄くなんかないです!もし、こんな事がバレたら大事なんですから!!それに王女様!もっとお早くお戻りになるはずじゃなかったですか!」


お互いの服をすっかり交換しあうと、ミーナはダリアンの長い琥珀色の髪を櫛で丁寧に梳き始めた。それがあらかた終わると、今度は手際よく頭の高い位置でまとめ、ひとつにきっちり結い上げた。


「あら、そんなに遅くなかったはずよ、ほらまだスープだって湯気がたってる、美味しそうね」


ダリアンは食事用の薄い絨毯の上に並べられた

豪勢な料理の前にあぐらをかいた。

「まだ、飾りが付いてないんです!」


ミーナはダリアンを追いかけ、髪に薔薇の花を模した金の髪留めを飾った。


「何から食べようかしら?」


ダリアンからスプーンを取り上げたミーナは、自分の指から外した大きな宝石のついた指輪を彼女の人差し指から順に嵌めていった。

そして再びスプーンを握らせる。


「それで、バザールはいかがでしたか?」

「とても楽しかったの、香屋の主人が私にべっぴんさん、なんて言ったの!」


続いて自分の耳から外した、魚の鱗のような耳飾りをダリアンの耳たぶへ付け直した。


「まぁ、なんて無礼な!よりにもよって王女様に向かって、そんな安っぽい言葉を使うなんて!」


ダリアンの頭に小ぶりなティアラを差しこむと、忘れたものがないかを確認するため、ミーナは最後についっと主君を眺めた。


「今まで自分の容姿について誰かに誉められたことなんてなかったから」

「当たり前です!畏れ多い。今度そんなことを言われそうになったら、私が耳を塞いで差し上げます!」


ダリアンはフフフっと控えめに笑った。


「あなたは、本当におもしろいわ。おかげで嫌なことも忘れられそう」

「嫌なことが?」


(俺のタイプだから助けた)


不意に、あのふざけた男の顔が蘇った。

ダリアンはそれを追い出そうと頭を振った。

(あんな男の戯れ言を気に留めるなんて)


「いいえ、なんでもないの。外のスラオシャを呼んで、一緒に食べましょう」

「あれはどうせ呼んだって来ませんよ」

「知ってるけど、でも声をかけてみて」

「かしこまりました、呼んで参ります」

「ミーナ」


ダリアンは部屋から出かけたミーナを呼び止めた。


「はい?」

「次は……」



【 2人の従者は陰と陽 】



「次はやっぱりあなたと行くわ、その方が楽しそう」

「この次?そんな時はありません!こんなことは2度と御免ですよ、心配で心配でこの辺りがキリキリと痛むんですから」


ミーナは胸の辺りに両手を当ててみせた。


ミーナはスラオシャと一緒にダリアンの侍女としてこのイルファン国へやって来た。

同い年で、侍女の中では一番話しやすく明るいミーナをダリアンは気に入っていた。イルファン側から付き人は二人まで、という条件が出たとき、真っ先に「私がお供致します」と名乗り出たのが彼女だった。

スラオシャは父であるバルフ国王が護衛として選んで付けた者だけあり、その仕事ぶりは実直であったが『無口で無愛想』は、面白味にかけ飽きがくる。20歳そこそこなのにやけに落ち着いている彼は「退屈でつまらないやつ」と、ダリアンの評価は低い。


「今回はたまたま運が良かっただけなんですから、きっとそうなんですよ」


ミーナがため息混じりに言った。


「運が良かった?……そうね、あの時水牛に蹴飛ばされていたら、ミーナはどうなってたのかしら……ずっと私の身代わりでいなくちゃならなかったのね」


ダリアンはスープをかき混ぜながら、ぼそりと呟いた。


「はい?水牛?拳闘場へにも行ってらっしゃったんですか?」

「いいえ、違うの。バザールを歩いていたら、野牛が後ろから走ってきて」

「はぁ?!ここのバザールはそんな危険な場所でしたか?知っていたら絶対に行かせませんでしたよ、なんて野蛮な所でしょう。あのバルフのバザールの立派だったこと。なんといってもこの辺りじゃ一番立派なんですから。あんな立派な地下のバザールを持っている国なんて、ありゃしませんからね……あっ、いえすみません王女様、また余計なことを」


「いいの、別に」


ダリアンは祖国のバザールを思い出していた。


地下に網の目のように張り巡らされた広いトンネル。大きな通りから幾筋も伸びた細い道。

迷路のようなそこは、子供の頃のダリアンにとっては格好の遊び場だった。


(あの頃は自由だった)


遊んだのはバザールだけじゃない、バルフの城下を囲む広大な森と湖。いつも弟のアデルが一緒だった。2歳下のアデルはいつも私の後を追いかけて、そして少しでも見失うとすぐにべそをかいて、大泣きしていたのに。


それなのに、最後の別れの時は、一粒の涙も溢さなかったわね……。


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