第1幕 3.囚われた偽りの巫女
【 盗賊か? 王族か? 】
「ダリアン様、先程の男がこんなものを落として行きました」
スラオシャはダリアンに、絹布の巾着袋を手渡した。
「これって……まさか、盗んだの?!」
「いいえ、あいつが勝手に落としていっただけです」
スラオシャはうっすら笑っているようだった。
絶対にやったな、ダリアンはそう確信したが、してやったような気持ちもあり、深く追及しなかった。
袋の中を覗いて、ダリアンは息をのんだ。
どうせ、小銭くらいだろうと予想していたものが、そうではなかったからだ。
袋の中には金貨数枚と銀貨が数十枚入っていた。とても一般人が持ち歩く額ではない。
あいつ何者なの?
「スィオ……あなたって人は。……あら、まってこれは?」
ダリアンは袋の中から金の指輪を取り出すと、近くのランプにかざしそれを凝視した。
指輪には口に紅玉を咥え持つ両翼の獅子の彫りが繊細な仕事で施されている。
この獅子には、見覚えがある。
それもその筈、この紋はこの国の至るところに描かれ、旗印として掲げられていた。
今もテントの端には同じ紋様の小旗が飾られている。
「もしかして、これってイルファン国王族の紋じゃないの?!」
ダリアンは指輪と旗印とを交互に眺めた。
「確かに、これは両翼金獅子の紋ですね」
「あのならず者が王族??さすがに……ありえないわね」
「どちらかと言えば、盗賊」
「そうよね。今度会ったら然るべきと所へ突き出してやるわ」
先程の男の顔が思い浮かぶ。あんな辱しめを受けたのは生まれて初めてのことだった。
まだ、怒りが覚めやまない。
「ダリアン様、そろそろお戻りいただかないと」
ダリアンは小さく頷いた。
名残惜しいが、束の間の自由を楽しむことが出来た、離宮に残してきた侍女のことも心配だ。
「帰りましょう、私がいるべき場所へ」
【替え玉はあれを隠して待ち続け】
帰り道、ダリアンは夜空を仰ぎ見た。
「バルフのほうが、もっとたくさん見えたわよね?……星」
「さぁ、そうでしょうか」
「見えたわよ、絶対。今頃は豊穣祭できっと賑やかよね。あの秋の長雨が懐かしいな」
「……」
「ちょっとぉ、なんとか言ってよね?ほんとスィオじゃ、話し相手にならない。やっぱりミーナと来れば良かった」
「……それでは、ダリアン様の身代わりは誰がするのですか?」
そうだった。と、ダリアンは足を止め、後ろから付いてくるスラオシャの顔をしげしげと見つめた。
今夜、こっそり外へ出るために、侍女のミーナを身代わりに置いてきたのだ。
スィオは華奢だし顔も童顔、ベールを被せれば遠目には女に見えるかもしれないわね……どうせ私の顔をちゃんと知っている者なんていやしないんだから。
「スィオナ~」
スラオシャはギクリと身構えた。
ダリアンがこの愛称で自分を呼ぶときは、大抵良からぬことを企んでいるときだと知っていた。
「やめてください、絶対に嫌です」
「なんで、まだ何も言ってないじゃない」
「何を考えているかくらい分かります」
いつも無表情で愛想のないスラオシャが珍しく拗ねたように下を向いたので、ダリアンはくすりと笑った。
「ああ!やっとお戻りに!!」
ダリアンは、出た時と同じように、こっそり離宮へ戻った。侍女のミーナは物凄い勢いでダリアンの元へ走ってくると、その足元へひれ伏し、ズボンの裾にしがみついた。
「生きた心地がしませんでした!」
ミーナは青白い顔でダリアンを見上げた。
「なんだかあなた、数時間のうちに恐ろしくやつれたわね」
「当たり前です!こんなこと……」
「誰も来なかった?」
「誰も来なかった?来ないわけがありません!お食事が次々に運ばれてきて、私は声も出せませんから、こうやってベールを被ったまま、ゴホゴホっと咳払いをして、風邪でもひいたようにしなくちゃならなかったんです!」
そう一息にまくしたてたミーナは黒い絹のベールを頭から被り小さくなってみせた。
「そしたら、御膳係が『どうかなさいましたか?お加減でも悪いのですか?すぐに御医者様をお呼び致しましょう!』なんて、言うじゃないですか!」
「大変!なんて言ったの?」
ダリアンは一生懸命に話しているミーナが可笑しくてたまらなかったが、笑うのを堪え真面目に聞いているフリをしていた。
「それはですね……」