第3章 11.聖なる巫女の最後の願い
【 今って、私が主役じゃない?! 】
「そのランプを寄越しなさい」
言うと思った。
目が合った瞬間から「それは私のものだっ!」っていう心の声、全開だったもん。
「私は異世界から来た巫女です、このランプをあなたに差し上げるためにここへ来ました」
私の返事に、国王の目は輝き口角が吊り上がった。国王がランプへと手を伸ばして来たので、さっとランプを抱き締め隠す。
「けれど、それには条件があります」
「条件だと?お前のような巫女風情が我に条件を申すというのか?」
国王は空に向かってひとしきり笑うと兵士に目配せをした。
兵士の1人が私の肩を掴んだ。
「いいからさっさと寄越さぬか」
「触るな」
すかさずユージンが兵士の腕を捻り上げ蹴飛ばした。兵士は2、3歩よろめき国王の前へ転がり倒れる。他の兵士達が剣を構えにじりよった。
王子が国王の前へ進み、ユージンへ剣の切っ先を向けた。
「動くな」
ユージンもまた、王子に切っ先を向ける。
二人は互いに刃を向け、にらみ合う。
場の緊張感に冷や汗が流れ、背中を伝った。
頑張れ私。
「国王様、まず、私達の身の安全をお約束して頂きたいです。それと、今後バルフには一切の干渉、武力行使をしないこと。さもなければ先程の怪物に、この国全て焼き払わせます」
「……フフフ」
国王がまた笑う。
「このランプは、人を選ぶようです。誰でも扱えるというわけではありません」
「我にそんな心配は無用だ」
国王が自信満々に微笑んだ。
「では、1度お試し下さい。国王様」
私はランプを差し出した。
「条件を受け入れて下さるなら、扱い方を……」
国王が私の手からランプを奪った。
まだ、話してる途中だったでしょうが!
「さぁ、出でよ魔神イフリート。現れ我の願いを叶えよ!」
国王は高々とランプを空へ掲げた。
その場にいる皆が、恐々とした視線をランプと国王に向けた。
また、あの恐ろしい怪物が現れるのか?!
皆がそんな顔で見ているなか、刑場は静寂と緊張に包まれたまま、暫し時が止まったようになる。
「……出でよ、魔神イフリート!!」
国王はさっきよりも張りのある大きな声で、もう1度ランプを掲げた。
「……」
刑場は変わらず静寂に包まれている。
すっかり夜があけた青空に、鳥の囀りが平和そうに響いた。
「……」
やっぱり、スラオシャの言った通りなんだ。
このランプは私を選んで、私の世界からついてきていた。
あまり確信はなかったけど、本当にそうらしい。
良かった、これで皆を助けられそう。
「お返し下さい」
私は国王の手からランプを奪い返した。
「出でよ!我が魔神イフリート!!」
【 何時でも何処でも何度でも! 】
「出でよ!我が魔神イフリート!!」
ランプからシュウっという音がする。
冷たい風が渦を巻きながら空へ立ち上っていく。小さなつむじ風は刑場を移動しながら、大きな竜巻となり、やがて先程の燃えるドラゴンの姿に変わる。
「願いは決まったか?」
イフリートの熱で、刑場の気温が一気に上がる。
「私の願いは……」
「さあ、早く言え。世界の破滅か?」
「私の願いは……その前にちょっと待って、確認事項なんだけど」
「……なんだ?」
「願い事って何個まで?」
アラジンのランプは3回までだけど。
「何度でも、お前の欲望が多ければ多いほど私の力も強くなる」
何度でも?!まじか。
「私じゃなくてもあなたの持ち主になれる?」
「私の持ち主は……お前だけだ」
「私が死んでも?」
「お前が死んだら、私はまた長い眠りにつく」
国王が悔しそうにイフリートを見上げている。
「残念ですが、ランプを奪ってもあなたの物にはならないようです。例え私を殺してもです」
「……」
「彼らを自由に、そして今後バルフに一切の干渉をしないこと、それを約束してください」
国王がフッと微笑んだ。
「……よかろう。何もない未開のバルフなどさして欲しくもない」
国王はイフリートを再び見上げた。
「そなたは美しいな。邪神そのものだ」
そう言い残すと、くるりと向きを変え足早に去って行く。
兵士達もその後を追う。
王子がユージンに向けた剣をおろし、ユージンもまた、王子へ向けていた剣を捨てた。
「異国の巫女様。もう、良いでしょう?あれを早くおさめてはくれないか。熱くてたまらない」
王子が額の汗を手の甲で拭いながら私に目を向けた。
「イフリート、ランプへ戻って……」
「おいおい、またこのパターンか……もう…………」
イフリートがランプへ戻ると、安堵の息が漏れみんなの緊張が解けるのがわかった。
「良かった……」
「大丈夫か」
腰が抜けてその場にヘタりこんだ私の肩にユージンの大きな手がのった。
「ははは。大丈夫……」
「やっぱりツキは幸運の女神だ」
自分の顔が歪むのがわかる。
歯をくいしばって耐えると、ますます歪んで変な顔になる。
いろんな感情でグチャグチャだった。
ユージンの顔を見たら、それらが一気に堰を切ったように溢れて止まらなくなってしまう。
「ありがとう、よくやったな」
ユージンに抱き締められ、その温かい胸の中で私は子供みたいに泣いた。
馬鹿みたいにワーワーと声をあげて。




