第3章 10.聖なる巫女の最後の願い
【 ゾンビ巫女、現る 】
何が違うのか……人だって人を容赦なく傷つけるのに。
あいつのひと吹きで、何もかもが一瞬で終わるんだ。
私も一緒に消えて無くなればいい。
それでいいじゃん、もうチマチマ悩むのも、傷つくのも、苛々するのも、重たい心を引きずりながら生きていくのも、一瞬で終わるなら……それで。
「ツキ、俺を見ろ!」
スラオシャが私の肩を揺さぶる。
「いいじゃん、もう。いろいろ疲れた……」
「おい、しっかりしろ!」
ちらりとスラオシャを見る。
怖い顔、見たくない。
説教なんか、聞きたくない。
「どうせ、王女様を助けたいだけでしょ。自分の仕事を遂行したいから。……みんな、自分の欲だけを追いかけてるくせに、なんで私は……私だけ、自分の欲を我慢しなくちゃならないの?」
「覚悟はあんのか?」
「覚悟?」
「誰かの命と引き換えに自分の望みを叶える覚悟だよ!」
スラオシャは舌打ちをし、立ち上がった。
そして、私の喉元に刃を向けた。
「あいつをランプに戻せ」
平淡で低く圧のある声だった。
わかってる。
スラオシャは力ずくであれを阻止する。
つまりそれは、この刃で私の喉を裂いてでもってことだ。
きっと数秒も待たない。
せめて、痛くないようにして欲しい。
痛いのは大嫌い。
どうせこの世界にも、元の世界にも私の居場所なんてないんだから。
あんなに死ぬのが怖かったのに、今はもう何も感じない。
目を閉じる。
途端に闇がまとわりついてくる。
1人ぼっちの世界。
もう……息をすることすら苦痛だ。
「駄目!飲み込まれちゃ駄目!!」
聞き覚えのある声だった。
「それはあなたの本心じゃない!!」
ハナの声が聞こえる。
ああ、違う。
王女様だ。
顔が似てれば、声も同じになるんだね。
「私の言うことを聞いて!!私の後に続いて言って!!!」
「わが魔神イフリートは!」
「……」
「言いなさい!言わないと死んでも後悔するんだから!!」
死んでも後悔する?
死んだら何もかも終わりでしょ、何も感じないのに、後悔なんてしない。
「言いなさい!この偽巫女!!」
……偽巫女??
「バカ女!!」
はっ?!……バカ女??
ちょっ、待って。
私は目を開けて王女様を見た。
「自覚はあるのね、バカっていう」
さっきまで、か弱げにイフリートをぼんやり眺めていただけの人とは、まったくの別人みたいだ。
ユージンを押し退け前に出てくると、火の粉を浴びながら、仁王立ちで私を指差している。
「いい?この際だから言ってあげる。偽物巫女のバカ女。無能な偽巫女だから、こんな邪神に乗っ取られんのよ!!」
【 王女様だからって、なんなの? 】
「うるさいな、さっきからバカ女だとか、偽巫女だとか、ブスだとか?マジでムカつく女」
「いや、最後のは言ってない」
「どいてっ」
私は立ち上がりスラオシャの剣を払った。
そして彼を押し退け、ムカつく女めがけて歩いていく。
「だっれが、バカ女だって?あんたこそバカ王女なんでしょ?!スラオシャがそう言ってました!」
近くで見ると本当にハナにそっくりだ。
髪の色や瞳の色は違うけど。
「バっ、バカ王女??……スラオシャが、そんな暴言を?!」
パラパラと空から火の粉が降ってくる。
「ちょっと!あんた!!さっきから熱いんだけど?!火傷すんでしょうが!!!ヨダレみたいに火を垂らすんじゃないってば!」
振り返り見上げたイフリートは空を覆い隠す程大きかった。
「もう、挨拶は済んだでしょう?一旦お引き取り下さいね」
「まだ、お前の願いを叶えていないぞ」
「ああ、それちょっと保留」
「保留とは?」
「だから、ちゃんとしたお願いをするから、近い内に」
私はランプを掲げ上げた。
王女様に教わらなくても戻し方くらい、わかりますって。
「イフリート!!汝の主が命令する、直ちにランプへ戻りなさい!!」
「なっ、なんだと?!やっ、止めろ!せっかくひゃっ、100年ぶりに出られた……んだ……」
「今すぐに、戻りなさい」
イフリートを形どっていた炎が、まるでマッチが消えるかのように自然に消失していった。
形のない冷気の集まりとなったイフリートは、するすると呆気なくランプの中へと吸い込まれていった。
「スラオシャ、あなた影で私の悪口を?!!」
王女様は、後から私を追ってきたスラオシャへ駆けていき詰め寄った。
「まさかそのようなこと、ありません」
スラオシャは涼しい顔でしれっと答える。
「ええー、言ってたじゃん!いっつもワガママに付き合わされてるって」
「王女様の前だぞ、戯れで物を言うな」
ビシッと言われ私は黙った。
刃物でも突きつけられているような圧だった。
「そこの女」
ふいに女の人の声がした。
呼ばれたのは私だろうか?
声のした方へ目を向けると、恐ろしくお綺麗な顔をしたおばさんと、これまた同じ系統のお綺麗な顔をした男の人が立っていた。
先程まで、雛壇の特別席に座っていた方々、つまり国王様と王子様、であろう。
そして、私達はまた槍を持った兵士らに取り囲まれていた。




