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第3章 8.聖なる巫女の最後の願い


【 走り出したら止まらない……? 】



太鼓のリズムがどんどん早まってくる。


ヤバい、ヤバい、ヤバい、血の気が引いて、嫌な汗が吹き出してきた。


考えたくない、最悪のこと。


「やぁあ!! ちょっと、走んなさいよ!」


早く、走れ!!


もう一度、腹を蹴る、今度は容赦なく蹴った。


文句でも言ったのか、頭を大きくひと振りしてから、ラクシュはやっと走り出した。


走り出したのはいいけど、今度は物凄い速さでそのまま刑場へと一直線に突っ込んで行った。


夜の冷たい風を切り、白い靄を蹴散らして。


景色は色になり、線になり、水のように後ろへと流れていく。


その中で、不思議とユージンの姿だけがはっきりと大きく見えた。

まるで真っ直ぐに刺さる矢のように。

ラクシュは大きな蹄の音を立てながら刑場の中心へと向かって行った。


黒い服の処刑人が大きな刀を振り上げている。


その側で王女様が倒れた。


「やめて下さい!!」


処刑人の刀が振り下ろされた。


「だめぇぇぇ!!」


処刑人の前で止まるはずだったのに、手綱を引いてもラクシュは止まる気配なく、そのまま走り続け、とうとう二人を通り越した。


「ちょっと、止まってぇ!」


処刑人と一瞬目が合ったけれど、為す術なくラクシュと共にその脇を駆け抜けてしまう。


「何者だ!!」

「止まれ!!」


兵士達が果敢にもラクシュの前へ躍り出てくる、が、出て来たものの誰も止められず、次々に蹴散らされていくだけだった。

まるで、ドミノ倒しのドミノみたいに。


刑場はちょっとした、パニックに陥ってしまっていたと思う。

もちろん私も。


「ラクシュ、止まってぇ!!」


何度も叫んだけど、耳に入らないのか、無視なのか、すっかりご機嫌斜めのラクシュはぐるぐると刑場を走り回り、腹いせなのか兵士達を遠慮なくなぎ倒していく。


目の端で、ユージンの縄が切られるのが見えた。

処刑人がユージンに被せてあった布を取り去り、剣を手渡している。

スラオシャはいつ、あの処刑人と入れ替わったのだろう……。


私とラクシュが次に一周したとき、ユージンは王女様を抱き起こし、スラオシャはその二人を守っている、という画になっていた。


なんだろうか、このモヤモヤは……


次の瞬間、私の目の前の景色が斜めになった。

私は宙に放り出されたのかな?

少し浮いた?と感じたのも束の間、直ぐに地面へと叩きつけられていた。

そこへバランスを失ったラクシュが倒れきたから、冗談じゃない。

私の右足は完全にラクシュのお尻の下敷きとなっていた。


「ラクシュ……」


見れば、ラクシュの体には無数の矢が刺さっていて、そこからたくさんの血が流れ出ていた。


「おもい……よ」


足の上に石でも置かれたかのような圧迫だった。




【 モブキャラにもほどがある! 】



ラクシュの下からなんとか足を引き抜こうとするんだけど、重くて全然だめだった。


「ラクシュ、ラクシュ、大丈夫? 」


ラクシュの背中をさすると、少しだけ首をもたげ非難がまししい目で(たぶん)私の方を見た。


「ごめん、私のせいだね。私みたいな乗馬素人があなたみたいな立派な馬を乗りこなせる訳がないのに……」


兵士が何人か、こっちへ向かってくるのが見える。

その向こうで、ユージンとスラオシャが兵士たちと剣を交え始めていた。


王女様を庇いながら。


助けて……

私はここにいるよ……


叫んだところで、二人は王女様を守るのに忙しそうだし、助けに来てはくれないだろう。

兵士達がもうそこまでやって来ている。


「誰もお前なんか助けない」


唐突にそんな声が耳に入った。


「誰?」


近くにそんなことを言う人はいないのに。

まさか、とは思うけど……


「ラクシュ?あんたなの?」


ラクシュはもう首を上げない。

荒い息を吐きながらぐったりしている。


「私を呼べ」

「えっ?」


また、だ。

声のした方を見ても、誰もいない。

ただ、ランプが転がっているだけ。


ランプ……が?


「まさか、とは思うけど……?」

「誰もお前のことなんか心配しない」

「まさか……ランプの魔神?」

「今、お前は存在すら忘れられてる」

「……それは」

「お前が犠牲になることはない」

「……」

「今度こそ、お前は死ぬ」

「やだよ、怖いこと言わないで……」

「私はお前をずっと見てきた。何故、いつもお前ばかりが苦労する?」

「それは……何も出来ないから」

「何故、いつも奪われてばかりなんだ?」

「……取られるようなもの始めから何も持ってない」

「そうか?もう忘れたのか。金が奪われ、ランプが奪われ、そして今はここまで苦労して来た理由が奪われた」


私はユージンを目で追った。

今、ユージンは王女様の手を取って走っている。


私がここまで来た理由……。


ユージンの腕の中にいるのは王女様だ。


王女様の顔が今、初めて見えた。

その顔を見て思わず息が止まった。


えっ?! 嘘でしょ?? なんで???


「ここに、ハ……ナが?」



ハナが王女様なの?!

王女様がハナ……?


なんかわかんないけど、頭がこんがらがるよ?


シミズのそっくりさんがいるんだから、ハナのそっくりさんがいてもおかしくないっていうことなの?

そうだ、そうかもしれない。


「おい、動くな!!」


兵士が私の鼻先に剣を突きつけた。


動けって言われても、動けないから。


「また、奪われるのか?奪われたなら、奪い返せばいい」

「うるさい」

「なんだと?」


兵士が私の顔を覗きこんだ。


「私の名を呼べ、そうすればお前の欲しいものはなんでも手に入る」


私は転がっているランプに手を伸ばした。


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