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第2幕 15.聖なる巫女の千一夜


【 十四夜の月 】 



「大丈夫……こ……この……ぐらい、大丈夫」


ダリアンはミーナの頭を膝にのせると、首からの出血を止めようと必死にそこを押さえた。

ミーナは僅かに開いた目でダリアンを見つめていたが、その瞳からは輝きが消え失せやがて闇にのまれてしまった。

そして別れを告げることもないまま終には静かに息絶えたのだった。


アリアナはギルディールの前に立つと彼の前に剣を差し出した。彼がその剣の柄を掴もうと手を伸ばした瞬間、剣は地面へと落下した。

一呼吸置き、拾い上げようと身を屈めたギルディールの頬にアリアナの容赦のない平手が当たった。

ギルディールは血の滲む唇をかみ地面に膝をつき平伏する。


「我を本気で怒らせぬことだ」

「……はい」


ギルディールが屈服したことで気を取り直したのか、アリアナは次にダリアンの傍に立ち彼女を見下ろした。

そしてゆっくりと屈んで彼女に寄り添うと、その手をダリアンの背に当てた。


「お前の世話をやく者がいなくなったな。けれど心配するでない、もうすぐ身の回りの事などどうでもよくなる。それにまたいずれ近いうちに会えるだろう」


ダリアンはアリアナの言葉には無反応で、うわ言のようにミーナの名を呼び続けている。


「この者を風の塔に繋げ」


アリアナは立ち上がり、そう言い残すと馬車へ向かった。


「おや。我を睨んでおるそやつは何者か?」


アリアナがユージンに目を留めた。


「……その目、似たような目を知っているぞ」


アリアナは兵士から松明を受けとると、彼の傍に寄り顔を照らした。


「ギルディール、この者は誰だ?」

「誰でもありません、明日の朝には処刑される者です、お気になさらず」


アリアナはミーナを抱くダリアンとユージンとを交互に眺め、口角を上げ微笑んだ。


「……おもしろい。その処刑に我も立ち会おう。席を設けよ。それにあの巫女も連れて参れ」

「わざわざそのような場所にいらっしゃらずとも……」

「はぁ」


アリアナが深く長い息を吐いた。


「今宵は十四夜、星は月光の傍では見えずらいものだな」


アリアナは空を見上げ、そして改めてユージンを眺める。


「お前に名はあるか?」

「答えれば立派な墓標でも下さるのでしょうか?」


フフっ、とアリアナが笑った。


「遠い昔に消えた星によく似ていること」


アリアナが馬車へ乗り込もうと踏み台に片足を置いたとき、後からダリアンが追いかけてきてその手を掴んだ。


「待って、ミーナを返して!」




【 夜噺の終わり 】





「ミーナを返して!」

「離さぬか」


ギルディールが駆け寄りダリアンをアリアナから引き離した。


「ミーナが何をしたの、ミーナが……」

「全てそなたの責任ではないか、主の罪をかわりに償っただけのこと、お前にかしずく者なら当然だろう」

「私の……罪?」


ダリアンは力なく地面へ崩れ落ちた。


「まったく、汚れたではないか」


ミーナの血で染まったダリアンの手は、アリアナの腕に赤い跡を残した。

アリアナは忌々しそうにそう吐き捨て馬車へ乗り込んだ。




ダリアンとユージンは後ろ手に縄をかけられ、そのまま宮殿の北側にある刑場へと連れていかれた。


刑場は前後が五段、左右に三段の石積みがされた長方形の広場で、黒い御影石が平らに敷き詰められている。

黒石が月明かりに反射し鈍く光る様は厳かだが陰鬱で、どことなく冷気が漂う。


ユージンは広場の前方の中央に、ダリアンはそのやや後方に膝を折って座らされている。

背後には直立した兵士が2人、槍を片手に見張りについていた。


前方の石段の上に兵士達が数人集まっており、そこへ絨毯や椅子が次々に運び込まれてくる。

兵士達はそれらを手際よく所定の位置におさめていく。

間もなく国王の席は抜かりなく準備され、後はその主がやって来るのを待つばかりとなった。


長く重苦しい夜が終わり白々と辺りが明るくなった頃、うっすらと朝靄の立ち込める刑場の階段に兵士たちが並び立った。


前方の左右に国旗を掲げた旗手が現れ、その手に持つ旗、王族の紋である両翼の獅子が広場を吹き抜ける朝の風にはためく。


小鳥が口々に囀ずり始めた頃、アリアナはやって来た。真っ白な絹の衣の上に黒い外套を羽織り頭巾を目深に被っている。

紅をさした口元だけが見えていた。

その後ろにギルディールが暗い顔で立つ。


ダリアンは自分を含めた全ての事を夢の中にいるかのようにぼんやりと眺めていた。

長い間座っていた足は痺れ感覚を失っていたが、ダリアンの心もまたそれに似たようなものであった。


ユージンの傍に巨大な半月刀を持った首斬り役人が立った。黒い衣をまとい頭からすっぽりと黒い布をかぶっているその様はまさしく死神を思わせる。兵士がユージンに目隠しの布を被せた。


刑場に静寂を破る太鼓の音が鳴り響く。

ゆっくりとした拍子がやがて早鐘のように打たれ場が高揚する。

アリアナが右手を挙げ合図を送ると、首斬り役が半月刀を頭上高く振り上げた。


ダリアンはそこでやっと我にかえる。


ユージンにミーナの無惨な姿が重なった。


やめて!


立とうとしたが足腰が立たず顔から倒れてしまう。冷たい石に頬をつけたまま、刃の先が振り下ろされるのをただ見ているしかなかった。


――――――――――――――――――――


第2幕  了


ここまでお付き合い下さりありがとうございました。

ダリちゃんのターンはひとまず終わりです。

あれからツキさんはどうなったでしょうか?いよいよクライマックス、お話は最終章へと向かいます。(たぶん)


よろしければ「いいね」「ご感想」など頂けると嬉しいです。



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