第2幕 8.聖なる巫女の千一夜
【 深紅の衣は脱ぎ捨てて 】
ダリアンは扉をそっと開けた。
「ここは……」
「王女様、何でしょうかこのお部屋は?」
扉から出るとそこは無人の小さな小屋だった。
蝋燭の明かりで照らすと、壁沿いには棚があり、棚には兵士の衣類と弓矢、盾に剣などの武器が整理され並んでいた。
「武器庫?それにしては小規模すぎるわね」
「がっかりです。あんなに歩いたのにまだ宮殿の敷地からは出られてないなんて。なんて広いんでしょう……」
「ミーナ、これに着替えましょう」
「えっ?これにですか?」
「そう、この服は本当に嫌い」
ダリアンは国王から贈られた深紅の衣を脱ぎ捨てて、兵士用の服に着替えた。
無染色の綿シャツにズボン、その上から藍染めの長いベスト、腰に太いベルトを巻き、革製の胸当てを紐で結んだ。
最後に付けていた飾りの類いを全部外し、腰には剣と短刀を携えた。
「さぁ、これでよし」
最後に黒い外套を羽織り、頭巾を目深に被った。兵士2人はお互いの身なりを確認しあい頷いた。
「そうだ、王女様これを」
ミーナが絹の小袋を差し出した。
「それは……あの男の」
「連れ出されるときにこれだけは持って出ることが出来ました」
ダリアンは小袋を受け取り、胸当ての中にしまった。
「さぁ、外へ出るわよ……」
小屋の扉を少し開き2人は外の様子を伺った、
空は白々と明け初め、うっすらと霧がかかっている。
近くには何棟か建物が並びそれぞれ回廊で繋がっていた。人の気配はあまりなく、その周りを数人の兵士が見回りをしている程度だった。
「見て、あそこに神殿の塔が見える。昨日塔の上からあれを見たわ」
「神殿の正面に大きな門がありましたね」
「ええ、そうよ。行きましょう」
2人は神殿を目指した。
なるべく堂々と大股でさっさと歩いた。
神殿の脇を抜け正面の広い道に出ると、正門から馬に乗った兵士が2人やってくるのが見えた。
「どうしましょう」
「軽く挨拶をして行きましょう」
ダリアンとミーナは、道の端に並んで立ち、頭を下げながら馬が通り過ぎるのを待った。
馬が無事に2人の前を通り過ぎ、ほっとして頭を上げたとき何故か馬が止まった。
「おい」
馬上から声が掛かった。
2人はまた頭を下げ顔を隠した。
「門兵か?交代にしてはまだ早いな」
「……(どうしましょう?)」
「(何か言わなきゃ!)……はい!」
ダリアンは出せる範囲で1番低い声を出した。
【 兵士と猫 】
「どこへ行く?」
返事はしたもののダリアンは二の句が継げない。
「持ち場は何処だ?」
兵士が馬を引き返し戻ってきた。
「(どうしましょう?)」
「(何て言えば?)」
2人は顔を見合わせる。
「ミャァーーー」
ちょうどその時、猫の鳴き声がすぐそばで聞こえた。
鳴き声の方を見ると、ラジャバードが大門の円柱の柱の傍にちょこんと座っている。
「(ラジャバード?!)」
「(ラジャバード!!)」
「王子様の大事な猫を探しておりました!」
ダリアンはラジャバードを指で示した。
「あの白い仔猫は確かに王子の……早く行ってとらえよ」
「はい!」
2人はラジャバードの元へ走った。
ラジャバードは物凄い勢いで自分に向かって走ってくる人に驚いたのか、ぱっと門の外へ逃げて行った。
「待てぇ!」
2人もラジャバードを追いかけて、門をくぐりり抜けた。
ラジャバードが小さな横路へと飛び込んで行ったので、ダリアン達も慌ててその後を追った。
「ラジャバード、待ちなさい!」
ラジャバードは民家の壁と壁との狭い道を足早にトコトコと歩いていく。
「ラジャバード、待って!」
あたりが明るくなった頃、ダリアンはようやくラジャバードを捕まえ抱き上げた。
「あー、王女様!……はぁ、ラ……バード」
だいぶ遅れて息を切らせたミーナが追い付いてきた。壁に手を付き横っ腹を押さえている。
「ミーナ、大丈夫?」
「はい……、王女様も……はぁ……ご無事で……」
「ラジャバードのお陰で助かったわ」
「いつのまにか……、後を付いて来て……いたんですね」
「さぁ、次は移動手段を探さないと、馬でもいたらいいんだけど」
「そんな簡単に馬なんていませんよ」
「そうよね」
2人は路地から再び大きな通りへ出た。
「道もよく分からないですね」
ミーナが通りの左右を交互に見ている。
通りには人の姿がチラホラと見え始めていた。
ナンの屋台や、スープの店など、朝食を売る者達が多く、食欲を刺激する美味しそうな匂いが漂っていた。
これから出勤するのか、それとも帰宅するのか店先には兵士の姿も多い。
おかげで2人も目立たずに歩くことが出来た。
荷台に山のように新しい薪を積んだ牛車も行き交っている。
「王女様、危ない!」




