第2幕 5.聖なる巫女の千一夜
【 王子様のサプライズギフト 】
「まぁ!」
ダリアンの表情が自然にゆるみ笑みが溢れた。
籠の中から大きな青い瞳がダリアンを物珍しそうに見上げていた。
「なんて可愛い子なの?」
「こいつの面倒を見てやって欲しい」
籠の中で真っ白い仔猫がちょこんと座っている。ダリアンは仔猫の鼻筋を優しく撫でた。
「お互いに気に入ったようで良かった」
ギルディールは仔猫を抱き上げ、ダリアンの腕へ渡した。
「名前は?」
「まだない。好きな名前で呼ぶといい」
「そうね……ラジャバード、それがいいわ」
「青い宝石か、ぴったりだ」
「まさに、この丸い目は青い宝石ですね」
仔猫はダリアンの腕の中でウトウトし始めた。
「ラジャバードはもう眠いみたいだ。ここでは風邪をひくな」
ギルディールは、ダリアンの腕から仔猫を引き取ると籠の中に戻した。
そして立ち上がると高座敷から下りて行く。
ダリアンは残念そうに仔猫を見送った。
「どうした?お母さんも一緒に来ないと」
ギルディールが、手招きしてダリアンを呼んだ。
「ラジャバードは口実ですね」
ミーナはダリアンに意味深な笑みを寄越しその袖を引っ張った。
ギルディールは2人を特別な部屋へと案内した。
「ここは、母上も知らない場所だ」
「国王に知られてはいけないことをするときにお使いですね」
「ハハハ。まぁ、そんなとこ。秘密は必ず守られる。まさにこんな時のための部屋か」
ギルディールは仔猫の籠をダリアンに渡すと、天蓋付の大きな寝台の上に横になった。
「さぁ、ここに座って話してくれないか。今度はどんな話がいいかな」
ダリアンはギルディールが示した寝台の上ではなく床に腰を下ろした。
ミーナは部屋の隅に座り2人を見守ることにした。
「昔、ある国に……」
ダリアンはまた話を始めた。
王子はダリアンの話に耳を傾け、時に声を上げて笑い、時々深いため息をついた。
ミーナが部屋の灯りを半分ほど消すと、暫く話を聞いていた王子はいつしか眠ってしまい。
ダリアンもそのまま寝てしまった。
「ワァーー!」
突然の叫び声に、ダリアンは目を覚ました。
声のした方を見るとギルディールが身体を起こし肩を上下させながら空を仰いでいた。
「どうか、されましたか?」
ギルディールは青白い顔をダリアンへ向けた。
「……夢をみた、恐ろしい夢だ」
ダリアンは王子の寝台へ近付き、その顔を覗きこんだ。
「大丈夫です。夢ですから」
ギルディールはダリアンの腕を掴み、そのまま抱き寄せた。
ダリアンは驚いたが、ギルディールの背に腕を回しその背を優しくさすった。
「大丈夫、何も心配することはありません」
「今でも、はっきりと覚えている」
「夢ですよ」
「……あの……悲鳴」
【 告白は突然に 】
「あの悲鳴……」
「大丈夫、夢ですから」
「あの声が頭から離れない……」
ギルディールはダリアンから離れ膝を抱えた。
ミーナが水の入った椀をそっとダリアンへ渡した。
ダリアンはそれをギルディールへ差し出す。
彼は椀の水をひと息に飲み干すと、また膝を抱えた。
ダリアンは彼へ寄り添い、その背中をゆっくりとさすってやった。
ラジャバードがいつのまにか籠から出て来て、寝台へとよじ登ろうとしている。
ダリアンはラジャバードを抱き上げ寝台にのせてやった。ラジャバードは覚束無い足取りでギルディールの脚まで歩いてゆくとその足首辺りにぴたりとくっついた。
やがて浅かったギルディールの息遣いが深いため息へと変わっていった。
「夢じゃない……」
ギルディールは苦痛を飲み込むかのように押し黙った。
「では、夢の話と思い聞きましょう」
「とても、話せるようなことじゃない」
「ここは秘密の部屋でしょう?」
ギルディールは顔を上げ、ダリアンを見つめた。その瞳は不安に支配され翳っている。
「昔の話だ……」
「どんなことでも」
ギルディールはラジャバードを抱き上げ胸に抱いた。その頭を指先で撫でているとラジャバードは満足そうにその目蓋を閉じ眠ってしまった。
ギルディールがやがて重い口を開いた。
イルファン国王には2人の妃がいた。
最初の妃との間に第1王子サウルが生まれた。
その5年後、国王は傾国の美女と誉の高かったアリアナを側室に迎え入れる。
国王はアリアナに夢中になり、最初の妻と息子は次第に遠ざけられた。
最初の妻が病で亡くなるのとほぼ同時に、第2王子となるギルディールが生まれ、第1王子のサウルはますます忘れられた存在となった。
そして彼が間もなく数えで10歳になる、という年に国王が突然倒れそのまま何も言わずに旅立ったので、アリアナがイルファン国の国王となり全ての権力を掌握した。
サウルが間もなく13歳となり成人として戴冠出来るという頃、事故は起こった。
流れでいえば当然サウルが玉座に座らなければならず、またそれを望む声も少なくはなかった。いくら忘れられた王子とはいえ、国民は彼の事をうっすらだが覚えていた。
しかし、サウルがその頭上に冠をのせる時は来なかった。
アリアナがその冠とそれに伴う権力に執着し離そうとはしなかったからだ。




