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第2幕 3.聖なる巫女の千一夜


【 影のない男② 】



ジャンガは結婚式の朝、雇い主の娘と馬小屋にいました。そしてこんなことを言われました。

「実は父から気になることを聞きました」

「なんでしょうか?」

「以前のあなたはよく仕事を休み、怠けてばかりいたと」

「まあ、そんな頃もありましたが、今は心を入れかえて、真面目にやっています。だから安心して下さい」

ジャンガは胸を張って答えました。

「そうですね、あなたは毎日欠かさず手紙を下さるような誠実な方ですもの」

「手紙?」

そういえば影のヤツが雇い主に毎日手紙を渡していたが、あれは彼女への手紙だったのか。

「あなたがいつも手紙の最後に書いてくれた言葉、それを今聞かせて下さい」

さて困りました。彼女へ毎日手紙を書いていたのは影の方です、もちろん内容を知りません。ジャンガは何を言えばいいのかわかりませんでした。おそらく愛しているだの何だのそんな事だろうと思いました。

「口に出して言うのは恥ずかしいなぁ」

ジャンガはそう言ってごまかしました。

「恥ずかしいことなんてありません、私達2人きりじゃないですか」

「まぁ、そうだが……」

「さぁ、早く言って下さい」

困ったな、ここで変な事を言って機嫌でも損なったら面倒だ。ここは一時的に影と替わるとしよう。ジャンガはこっそり影を呼び、自分は影になりました。

「私の愛しい人、私はジャンガの影だ」

「愛しいジャンガの影、本当にあなたね?」

「ああ、そうだ。さあ、早く私の教えた呪文を唱えてくれ」

「わかりました」

娘は隠し持っていたナナカマドの杖を空へ振り上げました。

「……影は光に、光は影に。光には自由、影は闇へ」

呪文を唱え、その杖で影を突き刺しました。

「何をする!」

ジャンガは杖のせいで、地面に張り付いたまま動けなくなりました。

「私が愛しているのは影のジャンガです。あなたではありません」

「ありがとう愛しい人」

ジャンガになった影が雇い主の娘を抱き寄せました。

「全てあなたが手紙で教えてくれた通りにしました。さあ行きましょう。結婚式が始まります」

「お前達、通じ合っていたんだな!待て、俺はどうなるんだ!」

ジャンガになった影と雇い主の娘は、地面に張り付いたジャンガなど見向きもせず行ってしまいました。

「おい待て、戻ってこい!」

その時、影のジャンガの真上でロバが「アーーー」と大きな声で鳴きました。

そしてロバがナナカマドの杖を蹴飛ばしました。

その時ちょうど、ジャンガの影はロバの影と重なり合っているところでした。



ダリアンの話は終わりました。


「影だ!!そうだ影だ!!」


突然、闇の奥から叫び声が聞こえた。


「うわっ!!」

「王子……様?」


ギルディールはその嗄れた声に驚いて、ダリアンの袖を柵越しに掴んでいた。



【 夜のピクニック 】



「影だ!影にやられるぞ!!」

「うっ、うるさい!驚いたじゃないか!!」


ギルディールは掴んでいた手をパっと離し、通路の奥の暗闇へと怒鳴った。


「まったく、ここじゃ落ち着いて話を聞けないな、牢番!」


ギルディールは立ち上がり牢番を呼んだ。


「はい、ご用でございましょうか?」

「鍵を」

「はい?」

「鍵をよこせ」

「しかし、それは……」

「大丈夫だ、母上はこんな所に来たりはしない」


ギルディールは牢の鍵を開け、ダリアンとミーナを外へ促した。


「こんな場所ではゆっくり話を聞けないからな」



牢獄から続く螺旋階段をぐるぐると上り、2人は塔の上へと案内された。

外の新しく清らかな空気を胸いっぱいに吸い込み、生き返った気持ちになる。

塔の上には見張りの兵士がいたが、ギルディールはその前を堂々と過ぎ、隣の塔へと繋がる天空の通路を進んで行った。


通路を渡りきると、円形の庭が現れた。

中央には柳の木があり、若草色の葉が落陽の余韻に輝き、揺れていた。


柳の下に高座敷が設けられ、極彩色の厚い絨毯が敷かれている。


「こっちへ」


ギルディールに案内され、2人は座敷へと上がった。幾つも置かれた腰当ての前には、山盛りの果物や多様な菓子が並べられている。


「今日は天気が良いな」


そこからは城下の街並みが一望出来た。

オレンジ色の灯りがポツポツと見える。

日が落ちてまだ間もないようで、絨毯にはまだ日の温もりがあった。


「さぁ、話を続けてくれ」


ミーナが側に用意されている碗にお茶を注いだ。湯気から薔薇とカルダモンの香りが立ち上り、清々しさに心が安らいだ。


スィオはどうしただろうか。

もう、国境近くまでは行っただろうか。

父上とアデルにこの事が伝われば、バルフはすぐに兵を用意し、イルファンを迎え打つ準備を始めるだろう。


「どうした、浮かない顔だな。あの牢よりもずっと快適だと思うが」


ダリアンはあらためてギルディールの顔を見た。王の間では乱暴な暴君、牢では臆病な子供、そして今は大国の王子ではなくごく普通の20歳そこそこの青年の顔をしている。

ギルディールは座敷の手摺に、伸ばした右腕を預け、一方の手で茶を啜っていた。

短い黒髪にミルク色の肌、オリーブ色の艶めく瞳がダリアンを真っ直ぐに見ている。

さすが、近隣諸国一の美女と噂されるアリアナ国王の息子だけあり、母譲りの美貌は目を引くものがある。


「ひとつお話ししたいことがございます」


ダリアンは決意を込めた目でギルディールを見た。


それは、庭のあちこちに松明の火が灯され始めた頃だった。


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