第2幕 1.聖なる巫女の千一夜
【 美味しいチーズがやって来た 】
地下の牢獄は暗く、空気は淀み悪臭が染み付いていた。
窓はなく完全に外界とは遮断された空間だ。
雑に積まれた石の壁や床は突起や窪みの起伏が激しく、座しても横になっても、とても休めるものではない。
牢番の側にある松明の灯りだけが唯一の光だが、それもダリアンとミーナのいる牢までは、ほとんど届いていない。
「ダリアン様をこんな酷い場所に置くなんて、なんて国王でしょうか」
「ミーナ、ごめんなさい。こんなことになって」
お互いの顔もよく見えない中、2人は寄り添い手を繋ぎ合う。
「何故そんなことをおっしゃいますか、私のことなど、ご心配には及びません。……ああそれにしても酷い臭いですね」
「……ミーナ、さっきから、何かいる気がしない?」
「ええ。部屋の隅に……私には心当たりがございますが、ダリアン様はどうか無視をお続けください、決して確かめようとしてはいけません」
「大丈夫よ、こんな暗いんですもの、すぐ側まで来ない限り確かめようなんてないも……」
「ぎゃあああああ!」
言葉の途中でダリアンの裸足の指先に何かが触れた。恐怖と嫌悪の混じりあったダリアンの悲鳴が獄中に響き渡った。
ダリアンの悲鳴とともに2人は立ち上がり抱き合った。
「足の指を噛るつもりよ!」
「ダリアン様落ち着いて。大丈夫です、もう少し柵の方へ参りましょう」
2人は抱き合いながら恐る恐るゆっくりと通路に面した鉄柵の方へと移動した。
鉄柵に背中をあてがい座り、2人で暗闇を睨み付けた。
「どうした?」
ダリアンの悲鳴に、松明を持った牢番がやって来た。
松明の灯りで、牢の奥までうっすらと見えた。
小さな点が何個か白々と浮かび上がる。
「ひぃっ!」
ダリアンの口から声にならない悲鳴が上がった。
牢番が檻の奥の方を照らすかのように、わざと松明を柵に近づける。
小さな黒い塊はそれを避け闇へと素早く逃げていった。
「まぁ、そう嫌うな。今に友達になるさ」
牢番は本当に愉快というように笑った。
「ネズミと友達ですって?ありえません!」
いや、1人でここに長い年月いたのなら、それも十分にありえる。
正常な精神など長くは保てまい。
現に通路の奥から聞こえてくる、微かな呻き声や息遣いが、何よりも多くのことを物語っているじゃないか、とダリアンは思った。
入り口の方が明るくなった。
誰かが松明を持ってやって来た。
「こっ、このようなところに何かご用でございますか?!」
牢番はそう言いながら、慌てた様子で駆け戻った。
そして困惑した表情で訪問者を招き入れた。
【 毒親のせいです 】
「……このような場所へ、一体何事でございましょうか?」
「何事でもない、放っておけ」
牢番は深々と頭を垂れ、持ち場へと戻った。
「まさか、母上がここまでするとはな……」
「!」
ダリアンは驚いて、ギルディール王子を見上げた。
「どちら様でございますか?」
ミーナが小声で、ダリアンに尋ねた。
「そういえば正式に挨拶はしていなかったかダリアン王女、私が君の夫になるギルディール、いやはずだった……か」
ギルディールは鉄柵の前まで来ると、ダリアンと同じ目線になるようにしゃがんだ。
「……このような所まで何をしに?」
「もちろん、あなたをお救いに……と言いたいところですが、それはかなり難しい」
「―――あら、そう。だったらもうお帰りくださいな」
ミーナが小さな声で毒づいた。
「何故あんなことを?」
ダリアンは王子に背を向けたまま尋ねた。
「ん?何のことだ?」
「私の従者を蹴ったでしょう?腹立たしく許しがたい事です」
「ああ。そのことか」
「何故あんな乱暴を?」
「母上は気が短いんだ」
「どういうことかしら?」
「ああでもしなきゃ、あいつは殺されてただろうよ。返事なんか待ちゃしない、言ったソバから気が変わる。難しいんだ、本当に」
「だから、早く返事をさせるために蹴ったというの?」
「まぁ、テンポを狂わせないため?」
「まったく理解できない」
「理解はしなくてもいい、でも感謝はしてほしいなぁ。ああでもしなきゃ、あいつはあの場で死んでたぜ」
「まさか……」
「母上は……血を見るのが大好きなんだ、趣味と言ってもいい。特に若いヤツがなぶり殺されるところを見ながら酒を飲むのが悦らしい、あの顔も母上の好みだった」
ギルディールは肩をすくめた。
「あなたは?」
「俺はそんな悪趣味じゃない」
「でも、お母様には逆らえない」
「もちろん、国王には誰も逆らえないさ」
「恐ろしい人」
「人?あれは人じゃない」
ギルディールは苦笑した。
「人の皮を被った化け物だ」
ダリアンが振り返ると、ギルディールは立ち上がり牢番を呼んでいるところだった。
牢番が慌ててやってくる。
「おい、もう少しマシな部屋はないのか?それからこの臭いはなんだ?一生鼻についてまわりそう




