第1章 2.異世界への扉が開いちゃった
【もしかして初見でしたっけ?】
そういえば、この予備校には同級生の清水志貴もいたんだった。
シミズに名字呼ばれたの初めてなんだけど。
私の名前、知ってるんだ。
自慢じゃないけど、クラスでは地味女組。
いや、プライベートでも好きな人から見たら、彼女の友達の一人っていう、最強モブキャラだったわ。
笑える。
「いやぁ、ちょっと落ち着くなぁー、ここ。こういう狭いとこって」
「猫かよ」
シミズは呆れたようにそれだけ言って、すぐに去っていった。
同じクラスのシミズはイケメンだけど、話すとなぞの威圧感とオーラがあって、女子はあんまり話しかけないタイプの人だ。
柱の影からそっと掲示板のほうを覗くと、もうハルキ先輩はいなかった。
「なんか変だな」
「へっ?!」
突然、背後から声をかけられ、ぎょっとする。
再びのシミズだった。
彼はわざわざ柱の裏から回り込んで来たようだ。柱に張り付いている私を覗きこんでいる。
「前まで、ストーカーみたいに川名先輩にまとわりついてたのに」
「ナッ、ナニイッテンノ」
思わず日本語がカタコトになった。
まさか、シミズにそんなとこ見られてたのか。
私がハルキ先輩を好きだったこと、バレバレだったのか。
「あっ、そういえば進んでる?」
「?」
「脚本、文化祭の」
「ああ、脚本」
「たっ、大変だよね。このくそ忙しい時期に勉強以外のことやらされて」
「……べつに、息抜きにちょうどいい」
良かった、話題を変えられた。
「シミズ、頭良いもんね。たいしたことじゃないか。私なんて毎度D判定だし、まったく余裕ないよ」
「丸谷は、どこなの?志望校」
「……W大、でも、まぁちょっと無理っぽいっすね。ハハハ」
ただ、ハルキ先輩の後輩になりたかっただけ。
……単純な理由。
だから、もう目指す意味がない。
「シミズは、T大でしょ。もう、なんか棲む世界違うよねー。勉強が楽しいとか思っちゃう人種でしょ?」
「……いや、俺もW大行きたいと思ってる」
「えっ、あっ、そうなんだ。もったいない、シミズならT大余裕……」
そういいかけて、シミズがあんまり真顔で見つめてくるんで、言っちゃいけない話しだったかと、慌てて口をつぐんだ。
「頑張れよ」
「えっ?」
シミズの口からそんな超意外な台詞が出てくるなんて驚いた。
どちらかといえば、あまり人のことなんか関心なさそうなのに。
私が先輩のこと好きだってことも気付いてたり。正直、クラスでもあまり話したことなかったから、こんなふうに声かけられるのもちょっと驚いたけど。
だからシミズの顔、こんなに近くで見たの初めてかも。
切れ長の大きな目が綺麗、透明感のあるダークブラウン。
カラコン?いや、天然ぽいな。
なんか、ちょっと、ヤバい。
―――ドキドキする。
シミズって、いったいどんな人?
「頑張れよ」
「え?」
「丸谷に最高の役、思いついたから」
「役って、……文化祭の劇?」
「まぁ、楽しみにしてろ」
シミズはニヤッと笑って去っていった。
何なんだ?あの不適な笑いは?
頑張れっていうから、勉強のことかと思ったら、劇の話なの。
やっぱり、シミズって掴めないやつ。
確かに顔の良さは認めるけど、、、
何考えてるのかわからないっていう女子の評価は、あながち間違ってないな。
そうこうしている間に、高校最後の夏休みが終わった。
ハルキ先輩の彼女がいる教室。
そして親友のいない教室。
教室に入ると、ハナはもう席に座っていて、物言いたげな顔で私を見ていた。
そんなハナを完全に無視して、私は自分の席に座った。
もう、どうやったって、もとには戻れない。
どうしたって、腹がたって、気持ちがざわつく。言いたいことがあるなら、さっさっと言ってくれればいいのに、私から話すことなんか何もないんだから。
久しぶりに顔を見たら、またあの日の悔しさや悲しさや惨めさが甦ってきた。
思わず携帯を放り投げた、あの日の夜の気持ち。なるべく考えないようにしてたのに。
「ほら、丸谷! ぼさっとしないで、そこ持って、端の方」
シミズの低い声で、はっと我にかえった。
「ああ、はい」
私は足元にある、黒い模造紙の端を持ち上げた。横に3枚繋げた模造紙はやたらと長い。
そう、世間の時はいつのまにか流れ、今は全校生徒が文化祭の準備に忙しかった。
『不思議の国の千一夜~ほんとうにあった怖い夜伽』
という劇のタイトルが、銀色の文字で描かれている。シミズの脚本は怪談ファンタジー劇とやらだそうだ。
粗筋を簡単に話せば、
ある国の暴君に、無理矢理連れてこられたお姫様が、殺されないために毎夜怪談話を聞かせて、その100日後に何かが起こるというストーリー。
主役のお姫様がクラス投票でハナになった。
私も、シミズの宣言どうりキャストの一人になっていた。
役決めの時「 シミズ推薦枠」という謎の決め方によって。
とはいえ、たった一言だった。
台詞……。
それも、名前もついてないモブキャラ。
別に期待してた訳じゃないけど、いや、ちょっと期待してたのかも、がっかりしたのは否めなかったもん。
仕方ないか、私ってそういう存在だもんね。