第1章 1.異世界への扉が開いちゃった
『ずっと好きだった先輩が親友と付き合っていた』
「あっ、えっ? ハルキ先輩とハナってそういう? だったんだ? 知らなかった、なぁ」
―――青天の霹靂
ああ、なるほど。
こういうときに使うのか。
夏休み、私は予備校の夏期講習に通っていた。
そして、多分、出会うべくして、出会ってしまった。
予備校の下にあるコンビニで、ばったり。
高校に入学してからずっと好きだった人。
川名春樹先輩、―――とその彼女に。
手をつないだ二人が、コンビニに入ってきたとき、私はちょうどレジで会計を済ませ店を出るところだった。
真正面で二人と向き合ったまま、そんなセリフが自然と口から出て来て、おまけにへらっと愛想笑いまで浮かべてるんだから、我ながらすごくないですか?って話。
「ちっ、違うの、ツキちゃん」
先輩と繋いでいた手がさりげなく外されるのを、視界の端で瞬時に認知。
今日の今日まで、今の今まで、ハナが私の親友だってこと、何の疑いもしてなかった。
まさか、こんなふうに裏切られるなんて。
私がハルキ先輩のこと好きだって知ってたよね?
応援するって、言ってくれてたじゃん。
先輩がチューターのアルバイトしてるから、この予備校にしたら、って勧めてくれたのも、あなたじゃないですか?
いつから?とか、なんで?とか、膨大に聞きたいことはあったけれど、聞く勇気も根性もない。
今はこの衝撃を隠すので精一杯。
「ツキちゃん、あのね…」
ハナは長いまつげ(天然)で縁取られた、大きな瞳でちらりとハルキ先輩を見上げて、それから私に向かって困ったように笑った。
その後に言葉が続かないのは、ハナが私の気持ちを知っていて、それなのに
(……こんなことになってごめんね?)
っていう、そういう意味なの?
「ごめん、授業始まっちゃうから。じゃあね」
「じゃあ…」
ハナの小さな声を、私は背中でさえぎって店を出た。
授業があるなんて嘘だった。
私は物凄い早歩きで近くの公園までやってきて、ベンチに座った。
コンビニで買ったパピコのアイス。
半分をハルキ先輩にあげようと思ってたのに……。
悔しくて、腹がたって、袋ごと側のゴミ箱に放り投げようとした。
「もったいない!」
顔をあげると、ひげ面の男が立っていて、男は私の手元をじっと見つめていた。
【受験生に恋だの愛だのはいりません!】
「あげますよ」
見たところ、路上生活者のようだった。
私はコンビニの袋をおじさんの前に差し出した。
カップルなんてクソだ!
友情なんて存在しない!
この世なんて、いっさいがっさい滅びてしまえ!!
「ほんとに?ありがとう……」
おじさんはとても大切な宝物でも手に入れたように、大事そうに袋を受けとった。
私ってどうしようもなく、しょうもない人間だな。自分が惨め過ぎて、今度は落ち込み始めた。
「お嬢さん、このお礼は必ずいつか……」
ヒュッと生暖かい風が吹いて、髪が顔に張り付いた。
髪の毛を顔からはがすと、目の前にいたはずのおじさんが、果たして姿もかたちなく消えていた。
えええ?
まさか、あのおじさんて、
―――幽霊?
……んなわけないか。
その日から夏休みの間、ハナからの連絡は何もなかった。
つまりは、見たまんまで今さら説明も言い訳もいたしません、て、そういうこと?
私から連絡するのもしゃくにさわる。
かといって「ごめんね」って謝られるのは
もっと違う。
結局、私達の友情なんてこんな程度なものだったのか。
いや、私が一方的に親友だと思ってただけだったってことかも。
そして、当たり前に世界は滅びもせず今も続いているし、受験生という日常も変わりはなく、夏期講習も大金払ってるから、やめるわけにもいかず、予備校にも来なけりゃならないわけで。
幸いなのは、ハナが同じ予備校じゃなかった、ってこと。
少なくとも、夏休みが終わるまでは顔を合わさなくてすむ。
予備校で見かけるハルキ先輩は、相変わらずカッコ良くて、自習室でハルキ先輩を探す癖もまだ全然抜けてない。
だから、ふいに目があってしまうこともある。
今みたいに。
エントランスに入ってすぐの掲示板で、ハルキ先輩が模試のポスターを剥がしていた。
短く刈り上げた襟足―――美容室にいったんですね。
ぴっちりとアイロンがけしてある白いシャツ―――きちんとしたお母さんなんですね。
前なら、そんな感じですぐに話しかけてたな。
先輩が振り返り、こちらを見た瞬間、私は歩く軌道を瞬間的に変化させ太い柱の後ろに隠れた。
「丸谷?何してんの?」
振り返ると、柱と壁の間に挟まっている私を、怪訝そうに眺めているシミズがいた。