プロローグ
蔑まれ、踏みにじられ、裏切られてもなお、彼女は人類を愛し続けた。それを愚行と知りながら。
彼女は、何千年も前に人類を生んだ。彼女は常に人類を護り、見届け、時には罰を与えながらも、彼女は人類を愛し続けた。
やがて人類は彼女の力を恐れ、母なる彼女に牙を向け、彼女を畏怖し、迫害し、彼女の心を壊した。
彼女の心は我が子同然の存在によって壊されたのだ。
だが、彼女はそれを受け入れた。彼らの行いは我が子の成長であり喜ばしいことだと。これからは自身を必要としなくなった我が子に少しの寂しさを感じつつも。
彼女が幽閉される直前、ある聖職者の男が彼女に問うた。
「あなたが為したものは何ですか。」
彼女は答えた。
「この世界と貴方たちだ。」と。
男は答えた。
「貴女は必要なかった。」
彼女は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「あなたのせいで多くが犠牲になった。」
そうして、聖職者は真実を語る。
彼女の存在維持のためと銘打って、女子供を生贄としたこと。
彼女関連をの施設を建造するための資金を信者たちから押収していたこと。
男は彼女の最後が間近に迫っていることを悟ったのだろう。
次々と彼の口から愚行が暴露されていく。
男は最後に彼女にもう一度問うた。
「貴女が為したものは何ですか。」
彼女が答えることはなかった。
だが、彼女は最後に彼に言った。いや、彼“だけ„に言った言葉ではないだろうが。
「心の清い人たちは幸いである。彼らは神を見るであろう。」
その言葉とともに彼女は深い深い眠りについた。
その三日後・・・。
聖職者の男は外の騒ぎで目を覚ました。
明朝五時ごろだろうか。まだ外は薄暗い。
男がおそるおそる外へ出ると。
視界が紅い。いや、血だ。それも一点を爆心地としたようにそこがどす黒く、段々を全体に赤が広がっている。
男がそこに視線を向けると、一人の女が立っていた。
その女の周りには「人であったもの」が大量に転がっている。
あるものは四肢を捥がれ、あるものは臓物を貫かれ、あるものは無残にも頭を潰されていた。
男はおびえながらも恐る恐るその女の顔を確認する。
「聖女」だ。
封印したはずの聖女がその場にいる。
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ。
彼女を封印してからまだ三日しかたっていない。
彼女に施した封印は3000年は内からも外からも破られないはずだった。
そのために村の人々の寿命と引き換えに3000年という莫大な時間を有する封印ができたというのに。これでは意味がない。
男が思考を巡らせていると彼女が口を開いた。
「人は重ねて原罪を犯した。よって、汝らのこれまでの罪を数えよ。罪の数だけその頸を落とそう。」
その言葉を最後に男の意識は途絶えた。
そうして一つの小さな小さな村からこの世界の崩壊は始まった。