人煙
とある製鉄工場でシステム開発に従事しているTさんの話。
「システム開発って言っても、スマートなもんじゃないんです」
そう言って、冗談とも本気とも見極めかねる微笑をたたえてTさんが語ってくれたのは、生半可でないプロジェクトの実態だった。
「残業時間は月二百時間。死人も出ましたがどういうわけか事故死で済みましたねえ」
企業城下町だから労基も警察も支配下に置かれてる、という都市伝説めいたことまで前置きで語ってくれた。
「でね、そこの喫煙室に、出たんです」
その製鉄工場のシステム開発部の喫煙室での話だった。
入所間もなく、先輩から「煙草吸う?」と聞かれ、「はい」と即答したTさんは妙な忠告をもらった。
「喫煙室で、一人の時は気をつけろ。何か話しかけられても、返事しちゃいけないからな」
一体なんのことだろう。問いたげなTさんの視線をかわすようにして先輩は「とにかく、最後の一人になるな」とだけ言って自席へと戻って言った。
先輩の忠告は製鉄工場の社員や古参の協力会社社員にも馴染み深いものになっているらしく、お互いがうっかり一人にならぬように、「じゃ、戻りますか」と声を掛け合っている。Tさんもいつも金魚の糞の如く喫煙室を後にしていたという。
そんなTさんだったが、半年を過ぎた頃、プロジェクトは多忙を極めた。深夜二時。黙々と作業する中、Tさん一人、頭と眼の疲れを休めるため、喫煙室に向かった。
「すっかり忘れてましたね」
一人で喫煙室に立ったTさんは、立て続けに煙草を三本吸った。三本目の半ば、これを吸ったら戻ろうと思ったその時だった。
「明日休みですよねえ?」
人の好さそうな中年男性の声がした。
「え、あ、はい」
咄嗟に応えたTさんが声のした右手を向いたが誰もいない。
(え?)
疑問に思った拍子に先輩の忠告を思い出した。
「いけね」
煙草を灰皿に押しつけて扉に向かった直後、
「あのさ、昨日の件だけど、そりゃないよ!」
と、今度は別の男性の声で怒られた。
(見ちゃいけない。)
そう思ったTさんは何かに追われる気配を振り払うようにしてドアを閉めた。
ドアノブ以外見ないようにしたというが、閉まるドアの隙間から喫煙室の内部がちらと見えたという。
「人の煙って感じのが、何人もいたんです」
それを見て、
(あ、これ、ここで死んだ人達だな。)
と直感したという。それ以来、喫煙室に一人、というシチュエーションは避けるようにしているという。
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苦しまぎれに、過去に書いていた小説をボチボチ公開していきます!
この作品は、僕が2020年8月に、人生初の小説を投稿して、二次選考を通過した作品です!
この時は、“自分の書いた小説を、誰かが読んでくれたんだ!!”とすごく嬉しかったです。
初心を思い出し、またボチボチ小説を書いて、投稿していこうと思います!