1話 俺たち以外にいないのか
〈退屈が煮えたぎる〉と言えば、伝わるか。天気は曇り、汎用型零四式の銃声鳴り響く荒廃地区だ。
「だ、第二十四部隊壊滅!『ゴーレム型』による負傷者多数!!誰か、俺たち以外にいないのか!?」
「『蟻』の方もこのままじゃジリ貧だぞ、救護班まだかよ!!」
「うちにそんなものはない!!」
余裕を欠いた中年が下手の鉄砲を数撃つが、弾が弱いから当たっても倒せない。もちろんのこと滑稽だし、今日の天気は清々しい晴れである。それ故に、はたから見れば笑えることはあるだろう。しかし敵方の頭数が多い戦場で、友軍は貧弱、空には星も青もなく、ひいては当事者。敢えて言えば、我々は何の変哲もない雑兵なのである。
「クッ、旧式駆動の化け物が!!古いオモチャはさっさと眠って、うわぁぁぁぁあっ!!」
断末魔と地響きがして、砂埃は鉄くずを匂わせて、不愉快な事実を了解する。向こうでまた、人が居なくなった。が、何をするもない。何をできるというのが、そもそもないからである。超古代文明の無人戦略兵器が目を覚ましてからというもの、我々現代人の生活はすっかり変わり果ててしまった。
「先端から『蟻酸』が回るぞ、さっさと抜け!」
「ぐ、あああ痛くて抜けねぇ・・・。」
あちらでは顔面蒼白の下級兵が『蟻』の群れに呑まれ、こちらでは食い込んだ鉄片とそれのもつ神経毒に悶える下級兵が、嗚呼やはり顔面蒼白である。
「・・・悪く思うなよッ!!」
「うあああああああッ!血がッ、あぁぁ痛ぇぇぇえ!なんで『アリ』なんかに俺たちが、あああああ!!」
「大人しくしろ!『アリ』の怪我ごときで喚くようだから『雑兵』って呼ばれるんだよ俺たちは。」
昨今の戦場で《多くて弱い》と聞けば、アレかソレ。『ゲウム階級』か『アント型』。その両者が揃った交差点がどうなるか。答えは泥沼になる。毎朝何十人か『ゲウム』がいなくなって、毎晩何百匹か『アリ』がスクラップになる。
今回は特別ゲストがいるもので、もう少し映えのいい地獄絵図ではあるんだが。
「くそ、向こうでまた何部隊かやられた。なんで街中にあんな『大型』が出てくるんだよ。」
何処から狂ったんだかは、知らない。今日『量産アント型古代兵器』、通称『蟻』を殺して飯を食うはずだった落ちこぼれ『ゲウム』の合併編隊は、突如這い出た『ゴーレム型』に成すすべなく淘汰されている。───というのは、彼らの総戦力が『大型』の討伐指標ラインに到底届いていなかったからなのだが───いやはや、それが三体居るのである。剛腕で道路を抉り、ミサイルで戦車と家屋を粉々にする『ゴーレム型』が、三体。只今よりあと少しで、雑兵どもの任務は失敗に終わろうとしているのである。端的に言えば、そう。
Too bad weather.
その交差点は、『人間側が全滅する方』の戦場だった。
「いや、こんなちんけな銃じゃ太刀打ちできないに決まってるだろ。蟻がうじゃうじゃいて近づけねえし、ゲウムの寄せ集め部隊じゃ一体相手でも適うわけ無いのにな」
副隊長を名乗る隣の男が、先日と引き続き文句を垂れている。確か月曜の朝には国の祝日法について物申し、そういえば俺の入隊式では酒肴の味についてどうこう言っていた。この男について、俺はその程度しか覚えていない。だが俺とて今まで一言すら言を発さなかった。
「聞いてんのか?塩川。」
「・・・」
周りも俺に『無口なバイザー付きヘルメットの塩川』以上の印象を持ってはいまい。俺は人前で、この物騒な近代兜を脱いだことはない。ただこの格好のまま座り込んで装填用マガジンを取り、豆を込めた鉄砲を上司に手渡しているだけの下級兵だ。
「フロリス上層部は頭が固いんだ、〈黒い高級ソファーは健康に悪い〉って俺の可愛い愛娘に教えてやらないと。赤子を裸にする、馬鹿のやり方だぜ。お前もそう思うだろ?塩川。」
「・・・」
その赤子がぶつくさ偉そうな口を叩いてくれるが。ここで一応記しておくと、この男の見解は事実と真逆である。我らが組織『フロリス』は、決して敵味方の戦力を見誤っているわけではない。むしろ身一つで全人類を背負っている分、兵の動かし方については非常に周到だ。
例えば大した戦果を上げないくせ、給料を分捕っては安酒を喰らう穀潰しがいたとする。するとフロリスは人類の未来のため、その下級兵らを難易度不明の任務にぶつけて調査を試みてみたりもするのではないか。
Be sacrifice.
『ゲウムは捨て駒』、そう考えればこのガラクタ銃とおんぼろ戦車も打倒な割り当てである。現に彼方にいるのは一般兵隊の戦力と不相応な爆撃ゴーレム、それも三体だ。テンプレート編成を向かわせると考えると相当な危険分子であった。そのせいあってわが隊の旧式戦車はすでにスクラップになっているが、ごみ溜めで塵が芥になる分には当然、計算の通りを外れてはいない。
要するにフロリスから見て、我々ゲウムが厄災被る分には支障がないわけである。
「あのデカブツが俺たちを全員ぶっ殺す流れまであるのに、お前は今日もだんまりか。なんとか言ったらどうだ、ええ?」
「・・・」
「口元しか見えてないもんな?髭のお手入れはきちんとしてるみたいだが、声と目元に自信がないのかねお前は。」
上司はなめ腐った面持ちで俺のヘルメットを叩き、しかし俺は黙っている。クールなキャラだからと、とりわけそういった理由ではない。単に面倒だからだ。
「そいつに話しかけたって無駄だぜ。」
前線から歩いて帰ってきた別の兵が、乾いた眼で言った。
「ああ、確かにそうだな。一言も返さない、何時までたっても仰々しい被り物を脱がないし、ハンドサインすら返しやしない不届き者だ。・・・それに。」
時代遅れの零四式を持って立ち上がり、副隊長は歩きざまに振り向いて行った。
「───俺たち、もうじき死ぬんだからな。」
隠れた顔を持ち上げると、視界の先で三体の『ゴーレム型』がかがんでいる。あの体勢を、この場の全員が覚えていた。
四十秒間超にわたる、大規模誘導爆撃。
人間と人間の利器とを認識して、無限に襲い掛かる火の粉だ。いい規模の合併編隊を、出会いざまに壊滅させる破壊力を持っていた。
その第二波が、ヤツらの背中に装填されつつあった。
「知ってるか?実は今、蟻どもに包囲されてるんだぜ。」
知っていた。地下鉄に潜んでいた蟻の軍勢が、手が付けられない勢いで地表へ出てきていた。一匹でも大型犬ほどある殺人蟻が、通勤ラッシュのように駅口からあふれ出る様を見た。蟻だけなら高所を探して凌ぐにしても、ゴーレムによる爆撃の第二波を躱す算段は皆ついていなかった。大型の動きを止める『電磁パラライザー』、もちろん無いので一網打尽が自明の理であった。
Unfortunately.
帰る気量がないから、気力の方も出す気にはならない。先ほどからこの男は、全てを諦めてしまっていたのである。その上で愚痴を吐いて、泣きもせず、〈娘がどうこう〉とほざいていたのである。今日も知らん顔の雲。散乱したコンテナの裏にも、十中八九蟻が潜んでいる。
「・・・さ、俺ぁもう疲れたから逝ってくる。ミサイル浴びれば匂わないだろ?俺の死体は。」
彼は逝ってくるそうだ。呆れもしない。生きる気でも死ぬ覚悟はさせられる。銃の重さを知らなかったサラリーマンも昨今、迷彩柄の服を着て息絶えることをトレンドにしているらしい。平穏だった日々からでは想像もつかないが、それがこの『戦場サイド』の景色だった。敢えて言おう、『人はまあ死ぬもの』である。底辺階級の兵士は零四式をぶら下げ、溜め息をつくのである。この上なく、不愉快な場面だった。
However.
〔───エリア7の交差点で戦闘中の、全部隊に告ぐ!!!萎えたその膝を、再び真っ直ぐに立てよ!!〕
そんな戦場に、一筋の光が差した。
基本更新ペースは週一、二回程度になると思われますが、気分次第でペースを下げるような愚行もする若輩者の作者ではございます。
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至らぬ故の低評価にも真摯に向き合って精進いたしますので、今後とも拙作をよろしくお願いいたします。