友達の企みが判明しました
開いて頂きまして、ありがとうございますっ!
是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。
なお、誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、
どうぞご遠慮なくお申し付けください。
【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】
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霧島悠斗が高校二年の頃のお話です。
伊豆へ行く当日の朝、ぐっすりと寝ていた俺の部屋に、愛美が大声を上げて飛び込んで来た。
突然の出来事で俺の思考がついていけない。
「起きてーっ! お兄ちゃんっ! 早くほらーっ!」
「うっ……何なんだよ」
「何なんだよって、朝なんだよっ!」
「って、何時?」
「もう七時過ぎたよっ⁉」
「えっ? もうそんな時間か――っ⁉ って、おい……」
時間を聞いて瞬時に目が覚めたが、気付くと愛美が上半身は下着のまま、俺の部屋に入って来ていた。
昔は多かったのだが、最近は滅多になくなっていた。
俺が中学生になった頃だったか、まあ性に目覚めた頃に、兄貴として愛美に諭した事があった。
そう言えば、丁度あの頃から俺は沙織さんを意識し出した。
愛美に、小学五年生とは言え、女の子が下着で人前に出たら恥ずかしい事なんだと、俺も子供ながらに言い聞かせた事がある。
その時の愛美は、お兄ちゃんだから良いじゃんとか言ってたけど、その頃の俺は沙織さんに一途だったからさ。
何だか沙織さんに知られたらいけない事かと勝手に思ってた訳。
それ以来、下着で俺の部屋に来る事は無くなったが、あの頃はまだ一緒に風呂に入ったりしてたのは、思い起こせば不思議な矛盾である。
愛美が中学生に上がる頃は、流石に俺が恥ずかしくて、別々に入る事になったが……。
「何よ……早く起きてシャワー浴びなよー」
「あのな、下着で人前に――」
「あーはいはい、シャワー浴びて出て来たら、こんな時間に気付いて、慌てて起こしに来たんだから仕方ないでしょー? お兄ちゃんったら何時までも寝ちゃうんだからー」
「う……」
口調が母さんになって来た。
いわゆる愛美の母親モードである。
こうなった愛美には逆らわない方が無難だ。
「分かったよ、もう起きたから……」
父さんがこんな感じで母さんにねじ伏せられる姿を、これまでも随分と見て来ているから、意識せずとも俺の学習能力は向上している。
「起こしてくれて、ありがとうは?」
「は?」
「ありがとうは?」
「あ、ありがとう」
「どうして?」
「え……起こしてくれて……」
「なあに?」
「起こしてくれて、どうもありがとう……」
「いいえ~どういたしまして~。それじゃ、早くシャワー浴びて支度してね~」
笑顔になった愛美はそう言うと、上機嫌で自分の部屋に戻って行った。
あいつは気分が良くなると、ああやって沙織さんの様になる事も多い。
人の性格ってモノは持って産まれたものよりも、育った環境が多いと思う。
あいつは母さんと沙織さんの影響がかなり多いのだ。
俺がシャワーを浴びた後、着替えを済ませてリビングへ来ると、かなりな大荷物を持った愛美が入って来た。
「お前どうしてそんなに大荷物なんだ?」
「どうしてって、お兄ちゃんは支度澄んだの~?」
「ああ、着替えだけだろ?」
「え? お兄ちゃんの荷物は?」
「あれ」
俺は部屋の隅に置かれたバッグを指差した。
トランクスとTシャツ、靴下を二枚づつ入れたのだが、他に何が必要なんだろうか。
「あれだけっ⁉」
「ああ、むしろお前が多すぎじゃね? 何日分だよ」
「三日分だけど?」
「は? 二泊だぞ?」
「分かってるわよ、二泊三日でしょ? 女の子には色々あるのっ!」
「あーそっすか」
二泊って事は二回着替えるだけだと思うが、愛美はもう一回何処かで着替えるつもりなのか……。
普段はそんなに着替えて無い様に思う。
そんな愛美が俺のバッグの中を確認し始めた。
こんな光景が前にもあった気がする。
これがデジャヴ?
いや、遠足の日の母さんがこんな感じだったな。
「何よーホントにこんだけー?」
「ああ、他に何か居る?」
俺は本気で訊いてみた。
俺にはあれ以上に必要な物が思いつかないのだ。
「下は? ずっとそのジーンズ履くの?」
「別に三日ぐらい履いても問題無いだろ?」
「え……三日も履くの?」
「あのな、じゃあ仮にもう一本ジーンズを持っていくとしよう」
「うん」
「で、そのジーンズをいつ着替える?」
「え? 今夜とか?」
「一泊目って事か? このジーンズを今日履いたのに、もう着替えるのか?」
「じゃあ、明日の夜とか?」
「ふむ、二泊目って事か?」
「うん」
「そしたら、そのジーンズを履いて、後は帰って来るだけだよな?」
「そ、そうなる……」
「それは無駄じゃない? 帰って来るだけなのに履き替えて来るとか」
「う……」
ふっ、勝ったな。
こいつに理論的に勝てるのは気分が良いかも。
俺が彼女を論破しようと畳み込んでいると、見兼ねたのか母さんが愛美を守る姿勢を見せた。
「男の子はそれでも気にしないだろうけど、女の子は気になるものなのよー」
「ふーん。めんどくさいなー女って」
「男の子だっていつも清潔にしていた方が、女の子にモテるんだからー」
「なっ……」
「そうよっ! 三日間も同じジーンズ履いてる人なんて、女の子は不潔だと思うんだからっ!」
思わぬ反撃に来られた。
あと少しで論破出来そうだったのに、プロレスで言ったらカウント2,5で返されて、そのままこっちがフォールされている。
いわゆるフルカウンター状態だ。
こんな結末を誰が予測出来たであろうか。
俺にしてみれば、そこらの女にどう思われても構わないが、沙織さんはどう思うだろうかと考えてしまった。
そう、この時点で俺の敗北は決定した。
こうなると、二人を前にして既に戦意など無かった。
そうなのだ。
あんなに綺麗で優しい沙織さんこそ、清潔な男が好きに決まっている。
「そこまで言うなら仕方ないな……もう一本ジーンズ持ってくか」
俺はそう言って部屋に戻った。
ジーンズを一本鞄に詰め込んでからクローゼットを眺め、更にもう一枚のTシャツと予備のパーカーを持って行く事にした。
「あの子もやっぱり女の子にモテたいのね~」
「お兄ちゃんもお年頃なんだね~」
そう母さんと愛美が話していた事は、当然部屋に居た俺には分からなかった。
だが俺は沙織さんが好きなだけだ。
故に嫌われたくないのだ。
♢
八時半になる少し前、家の前に見た事も無い、白くて大きな車が横付けされた。
その車の全長は長く、タイヤが片側に三つある。
色は光り輝く白ではあるが、車体の形状はかなりゴツい。
すると、早速それを見つけた愛美が声を上げた。
同時に車内に居た蜜柑と目が合った様だ。
「すっごーい! こんな車初めて見たー! あ、蜜柑おはよー! 灰原さんおはようございまーす!」
「愛美ー! おはよー! 皆さんおはようございます!」
「おー悠斗君おはよー」
車から降りて来た蜜柑と灰原さんが俺達に笑顔を見せた。
「灰原さん、おはようございます!」
「ねえ、灰原さんこの車何て言うの?」
「ああ、愛美ちゃん、これはねスカラビーって言うんだよ」
「スカラビー? へー……聞いた事無いけど、何て意味なの?」
「意味か? うーん、何だろうな」
灰原さんが返答に詰まると、蜜柑がおずおずと愛美に話しかけた。
「愛美、フランス語でカブトムシって意味らしいよ?」
「カブトムシ?」
「でも、スカラビーの語源はスカラベ……コガネムシとかフンコロガシって説もあるらしいの」
「え、蜜柑凄いっ! 物知りー! そうかっ! 虫だからタイヤが六本あるんだ!」
愛美は目を輝かせて蜜柑の手を取った。
妹よ、虫だから六輪ではないと思うけど?
「そ、そうかな……」
「うんうん! あ、ねえ、もしかして蜜柑って勉強出来ちゃう人?」
「えっ⁉ ど、どうかな、頑張って勉強はしてるけど……」
「そうなの~? あ、蜜柑! 車の中でUNOしようよ! あたし持って来た!」
愛美の荷物が多くなっている訳が分かった気がする。
「ウノ?」
「あ、やったことない?」
「うん……」
「簡単だから大丈夫! カードゲームなのっ!」
「カードゲームかー」
「うちらの学校で今ブームなんだよー」
「そうなんだ~」
「さ、皆乗ってくれ。杉本さんを乗せたら出発だ」
「はーい」
「お願いしまーす」
灰原さんが見送りに来ていた母さんと軽い挨拶を済ませた後、何故か笑顔で運転席へ乗り込んだ。
俺はただ、何か楽しい事でも母さんと話したのだろうかと思っていた。
そうして俺達を乗せた車は、近所に住む杉本を彼女の自宅前で乗せた後、目的地の伊豆へ向かう。
「悠斗君、ナビに登録した住所だとね、今から向かうと予定時刻のかなり前に到着しちゃうけど?」
「あ、そうなんですか?」
「ああ、まだ九時前だろ? 渋滞が無ければ午前十時半、ゆっくり走ったとしても昼前には着いちゃうな」
「そうなんですかー予定は午後二時ですもんね」
「だろー? 二、三時間の余裕があるんだが……」
俺と灰原さんが話していると、それを聞いていたのか愛美が提案して来た。
「じゃあさ、ちょっと寄り道してかない?」
「ん? どっか行きたいところでもあるんだ?」
「うんっ! ここなんだけどー」
そう言って愛美が見せてきた雑誌には、世界各地から集められた鳥類や小動物を飼育しており、サボテンや南国の植物も展示している植物園の様だった。
「ふむ……悠斗君、そこの住所を読み上げてくれるかい?」
「あ、はい。良いですか?」
「オッケー」
俺が読み上げたその住所を灰原さんがナビへ入れると、瞬時にそこまでのルートが画面に現れた。
「そうだなーここへ寄ってからでも、時間的には問題無さそうだよ?」
「そうなんですかっ⁉ じゃあ、お兄ちゃん行こうよ~」
「あ、うん。皆が良ければ俺は構わないけど……」
「ま、時間も余ってるし良いんじゃないか?」
「ええ、運転手の灰原さんがそう言ってくれるなら……」
「ああーまあ、俺もこいつの運転は初めてで、結構楽しんでるんだよなー」
そう言ってハンドルを軽くポンポンと叩いた。
灰原さんって運転が好きなんだ?
さっき笑顔で運転席に座ったのは、運転が楽しみだったからか。
「そうなんですね」
「灰原さん、ありがとー! じゃあ、皆でしゅっぱーつ!」
愛美が手を上げて叫び、杉本と蜜柑を見た。
「おおーっ!」
「おおー」
慌てて蜜柑と杉本が声を上げると、愛美が今度は俺を見る。
「お、おう」
「声が小っさいなー」
「おおーっ!」
「よーし! 灰原さん、レッツゴー!」
「了解、隊長っ!」
灰原さんはノリノリで返事をしたが、いつの間にか愛美が隊長になっちまった。
やれやれとシートに寄り掛かると、不意に悠菜の視線を感じた。
「あ、悠菜植物園とかどう?」
「久しぶりに行ってみたい」
「え? あ、そうか?」
悠菜が行ってみたいとか言うとは思っても居なかった。
そんな意外な返答に俺は若干驚いたが、悠菜にしても同姓の子達と一緒が良いのだろうかとも思えた。
こいつの友達って、幼馴染の俺くらいだしな。
そんな事を考えながら車の外を眺めていると、信号待ちをする度にこちらを見る人が多い事に気付いた。
中には携帯を構えて写真を撮っている様だ。
確かにこの車は俺だって見た事も無い。
まるで戦争にでも行く様な形状をしてはいるが、その色はパールホワイトで陽の光に白く輝いている。
愛美は車内でUNOをしようとしていたが、ちょっと無理がある事に気付いた様子で、トランプのババ抜きになった様だ。
既に俺と悠菜の手にも数枚のカードが握らされていた。
俺の元にババが何回来ただろうか、かなりな回数来たのは確かだが覚えていない。
最終的に三回は負けた気がする。
その度に愛美からババに好かれるねーとか、おばさん好きねーとか言われたが、決してババ好きではない。
悠菜の母親とは言え、沙織さんはババじゃないからな。
俺達がそんな事をしている内に、車は愛美のリクエストである植物園へと到着した。
時間を確認すると、既に家を出て一時間半程経っていたが、あっという間に時間が過ぎた気がする。
灰原さんが車を駐車しようとしたが、やはり普通車の場所だと前後がかなりはみ出してしまう。
すると、駆け寄って来た係員によって俺達の乗った車は、広い駐車場の端に位置した大型バスを停めるスペースに誘導された。
「さ、ここを午後十二時四十五分頃に出発予定だから、それまでに昼飯も済ませないとな」
灰原さんがそう言って車を降りると、皆がそれぞれに返事をした。
「はい、そうですねー」
「はーい、あ、佳苗、今何時?」
「えとね、十時ちょい過ぎ」
「おおーっ! 結構見て回る時間あんじゃん! 今日は蜜柑も含めて三人で動画撮ろうよ!」
「ど、動画っ⁉ 写真じゃ無くて動画っ⁉」
「あ、蜜柑知らないの? 日本じゃ動画がブームなの~」
そんな事を話しながら先を歩く三人について行くと、園内へ入って直ぐに放し飼いの鳥類ブースに向かう通路誘導があった。
「なにこれ、鳥が放し飼いだって!」
「ホントだ、逃げないのかな⁉」
「餌付けって事かな?」
愛美たち中三トリオが楽し気に話しながら進んで行く。
その後を、俺と悠菜は灰原さんと三人並んでついて行く。
すると、辺りを見廻していた灰原さんが何かに気づいた様だ。
「お? あそこで何か食べる事が出来そうだな」
「あ、そうですね! あそこレストランぽいですね」
「昼は十二時前にあそこで良いかい?」
「はい、そうしましょう」
灰原さんの言う通り、十二時頃にはあそこ辺りで食べていないと、予定時間に間に合わないかも知れない。
すると、悠菜がそのレストランへ向かって歩いて行き、そのまま店内へ入ってしまった。
俺は声を掛けるタイミングを失っていて、彼女の姿を目で追う事しか出来ないでいた。
「あいつ、もう入って行ったけど?」
「ああ、ひょっとしたら予約しに行ってくれたのかな?」
「え? あ、そっか、大人数だから?」
「だな~彼女に俺の仕事、取られちまったな~」
そう言って苦笑いをした灰原さんは、レストランへ入った悠菜を俺と並んで見ていた。
どこであっても四名以内であれば、大抵のテーブル席で間に合うだろうが、六名となると席が何処でも良い訳では無い。
結構限られる場合が多いのだ。
これまで家族で何処かへ行く時には、沙織さんと悠菜を含めた六人が殆どだったから、その辺りは経験済みだ。
これまでは父さんが予約や下見をしてくれていたと思うが、今日は両親も沙織さんも居ない。
その役目を悠菜がしてくれたという事か。
やっぱあいつは抜け目がない。
俺の知る誰よりもしっかりしている。
同い年の俺としては、コンプレックスさえ感じてしまう程だ。
間もなく店から出て来た悠菜に、灰原さんが手を上げて声を掛けた。
「悠菜さん、どうもすまないねー!」
「問題ない。十一時五十分に六名予約した」
「そうだったのか、悠菜ありがと!」
どうして五十分?
十二時でも良いんじゃね?
ふとそう思ったが、折角あいつが予約してくれたんだし、ま、いっか。
悠菜はいつも通り無表情のまま頷き、チラッと愛美達三人の方を見た。
その横顔がふと新鮮に思えた。
いつも俺が悠菜を見る時は、大抵彼女も俺を見ていたからだ。
こうやって横顔を見る事は余り記憶にない。
いい機会だと良く見てやろうと思った時、今度は悠菜と目が合ってしまった。
(――っ!)
意図せず目が合うと動揺してしまう。
俺はそれを悟られぬ様に歩き出した。
「さ、さてと俺達も行くか!」
そう言って愛美達を追う俺の後を、悠菜と灰原さんがついて来た。
「あれー? お兄ちゃんお姉ちゃん、灰原さんもこっちー!」
「はいよー!」
鳥類が放し飼いと言っても、この場所は大きな鳥籠って感じだ。
だが、その大きさは半端ない。
学校の体育館四つ分程の広さに思える。
「うわーっ! あちこちに色んな鳥がいるーっ! ね、二人共見てるっ⁉」
「うんっ! あっちに真っ白な孔雀がいる!」
「あそこには……雀?」
「ちょっと、みかんースズメは珍しくないじゃん!」
「あ、うん、それもそうだね……」
愛美に突っ込まれた蜜柑が頷くが、どうしてわざわざ雀をこの籠に入れているのだろうか。
餌の食べ残しとかを掃除してくれるのかと思っていた時、不意に悠菜が話し出した。
「あれは地中海にしか居ないスズメの仲間」
「えっ⁉ そうなんだー? お姉ちゃん物知りー!」
「そうなんですかっ! でも違いが分かんない」
蜜柑がそう言うと、悠菜が無表情のままではあるが愛美達へ数歩近づくと、指を指して示し始めた。
「あれはよく見ると尾が少しだけ長い。そしてあっちのも良く似てるけど、イタリアにしか居ないスズメの仲間」
「えっ⁉ そうなのっ⁉ どれ? あれ?」
愛美達は悠菜の知識に驚きながらも、必死に彼女の指先を目で追っている。
悠菜がスズメにあんなに詳しいとは知らなかった。
俺にはその違いを言われてやっと気づく程度だ。
「流石だね~悠菜さんは」
そう言って灰原さんが目を細めたが、ただ単に詳しい事を感心しているのかと、その時の俺は思っていた。
その時だった。
つい今しがた悠菜が愛美達に教えていたスズメが、二羽三羽と悠菜達の目の前に集まって来た。
それらに感化されてか、他の種類の鳥たちも集まりだし、あっという間に数十羽もの数になった。
「あれー? 何だか凄く人間に懐いてない?」
「ホントだー餌貰えると思ってるのかな?」
「うんうん、きっと餌付けされてるからだねー」
「みんな、ごめんね~餌は無いの~」
愛美たち中三トリオは、そんな事を言いながら目の前の鳥たちを眺めていたが、その時の悠菜の表情が、少しだけ笑顔になったのを俺は見逃さなかった。
いっつも無表情の、あの悠菜が微笑んでいるのだ。
あいつ、滅多にあんな表情しないのに……鳥が好きなのか?
その時の俺はただそう思って、珍しく微笑んでいる悠菜を眺めていた。
「んなっ、何だこれはっ!」
不意に声がした方を見ると、園の職員だろうか年配のおじさんが、愛美達の前に集まっていた鳥の群れを見て驚いていた。
そして、その人の声に驚いたのか、鳥達が一斉に飛び立っていった。
「あ、行っちゃった~」
愛美がそう言ってこちらを振り返る。
が、逃げて行ったのは俺のせいじゃない。
俺は冤罪を晴らすためにも、今来て声を上げた職員っぽいその人に声を掛けた。
「人に随分と懐いてるんですね~」
「えっ? いやいや、あの種はうちらにでさえ、こんな傍に寄る事は無いんだけどね……あ、私はここの飼育員なんです」
飼育員と名乗る人は驚いた様子でそう言った。
「え? そうなんですか?」
「ええ。餌の時間でさえ、警戒して中々近寄っては来ない種なんですが……」
「そうだったんですか? 餌はやってませんけどねぇ」
「ええ、分かってます。気になって見ましたが、その様でしたね……こんな事は初めて見ましたよ」
そう言って首を傾げながら飼育員は去って行った。
すると、愛美が俺の傍まで来ると訊いて来た。
「あの人、ここの職員さん?」
「ああ、飼育員さんだってさ」
「ふーん。あの人が来たから逃げちゃったのか……ま、いいや。蜜柑、佳苗ー! 植物園も見に行こー! あ、お姉ちゃんも!」
そう言って愛美は悠菜の手を引いて行った。
やっぱり鳥が逃げたのは俺のせいだと思ったのか?
その後、充分に園内のサボテンや南国の植物を見て回った俺達は、悠菜が予約してくれたレストランへ来ている。
「うわっ、これ見て! サボテンのステーキだって!」
「ホントだっ!」
「でもさ、食べたくは無いよね……」
「うん……」
中三トリオがメニューを見ながら話しているが、それもこれも来た時に悠菜が予約してくれたお陰だ。
昼時って事もあり他のお客さんも多かったが、待たされる事も無く俺達はスムーズにランチを済ませる事が出来た。
この時俺は、悠菜が十二時十分前に予約した訳を知った。
俺達と同じ様に予約していた家族も居た様だが、十二時に予約をしていた為か、数組が待たされていたのだ。
だが、悠菜が十一時五十分で予約していた為に、俺達は最優先に席へ案内をされていたのだ。
やっぱ悠菜、半端ねぇ!
♢
ゆっくりと昼食を済ませ、植物園を後にした俺達は、予定通りに目的地へ到着した。
「さてと、ナビに登録した住所はすぐそこだが……」
そう言って灰原さんが辺りを見廻した。
俺もさっきから外の景色を見ているが、ホテルは勿論旅館の様な建物が見当たらない。
それどころか、建物は民家がぽつぽつとだけある、所謂ど田舎である。
「この住所だと……やっぱりあれだな」
そう言って灰原さんが指を指した先には、古そうな大きな屋敷がある。
田舎の農家を大袈裟に絵に描いた様な感じだ。
「もしかして、鈴木が親父さんの実家を住所として教えたのかも……」
「あーなるほどね。んじゃ、先ずはあの家に行くって事かな?」
「ですねぇ」
灰原さんがゆっくり車を進めたが、その屋敷の庭先にこの車を乗り入れたらかなり邪魔になりそうだった。
「灰原さん、俺があの家に行って鈴木を呼んで来ますよ!」
「そうしてくれるかい? 助かるよ」
俺が車を降りると、いつの間にか悠菜も俺の横に立っていた。
「あ、んじゃ一緒にあの家に行ってみるか」
悠菜は無表情で頷くと、俺が指した家を見た。
その家の敷地は広く、母屋は古い大きな平屋で他にも納屋や小屋もあった。
庭先には数台の車が停めてあり、他府県ナンバーも見つけた。
鈴木の家の車は知らないが、この数台の中のどれかかも知れない。
そして母屋の玄関迄来ると、俺は中へ向かって声を掛けた。
「すみませーん!」
「はーい!」
直ぐに中から女性の声が聞こえた。
「はいはい? あら、どちら様?」
出て来たのは見覚えの無い中年女性だ。
「あ、僕、霧島と言いますが、こちら鈴木さんでしょうか?」
「あーっ! はいはい! シゲ坊の友達かな? ちょっと待ってね、直ぐ呼ぶから!」
「あ、はい!」
「おーいっ! シゲちゃーん⁉ お友達が来てくれたよーっ!」
その声に中の方で返事をしたのは、聞き覚えのある声だった。
間違いなく鈴木だ。
「おおーっ! 霧島ーっ! 時間通りだなー!」
「ああ、鈴木、車停めるとこ無いか?」
「車ね、庭に空いてる場所無いか?」
「いや、ちょっと邪魔になりそうだからさ」
「そっか? 結構空いてると思うんだけど……」
そう言いながら鈴木が玄関の外へ出て来ると、直ぐに敷地の外で待機している車に気付き、驚愕の表情と共に車に駆け寄った。
「な、なんだとっ⁉ これはまさかスカラビー⁉ いや、六輪は聞いた事も無い……」
そう言いながら真っ白なその車を眺めている。
意外にもあいつは悠菜や愛美の存在に気付いていない。
俺は鈴木の後を追うと声を掛けた。
「おいおい、先ずは車を何処へ……」
「いや、どうしてお前がこれに乗って来たんだよっ!」
「どうしてって、知り合いが用意してくれたんだけど……」
「はぁーっ⁉ お前な、仮に知り合いが軍人だとしても、この車がここにある事はあり得ないんだよっ!」
「え?」
鈴木にそう言われて思わずたじろぐと、車窓から灰原さんが声を掛けた。
「おーい、先ずは駐車場所に案内をしてくれないかなー?」
「ぬぉ⁉ だ、だれ?」
鈴木は反応に困ったのか俺に訊いてきた。
「あ、灰原さん。沙織さんのお知り合い」
「そ、そうなんだ? あ、それじゃ、隣の空き地でお願いします!」
鈴木はそう言うと、灰原さんを隣の空地へと案内を始めた。
しかし、車を見た時の鈴木の反応が尋常ではなかった。
やはり、スカラビーと呼ばれるあの車はかなりレアの様だ。
ここへ来るまでにも色々な人が見ていた事を思い出した。
「悠斗、やっぱりこの地域では祭りなど無い」
不意に悠菜がそう言った。
「え? どういう事?」
「気になって調べたが、この時期にはここで祭りは無い」
「そうなんだ……あいつに訊いてみるか」
俺は鈴木が戻るのを待って訊いてみる事にした。
「いやー愛美ちゃんの同級生ですかー! 二人も連れて来てくれて嬉しいよー!」
中三トリオにそんな事を言いながら鈴木が戻って来た。
「おい、鈴木。ちょっと良いか?」
「お、霧島ー! お前の妹最高に可愛いな! しかも、友達の二人も!」
「そんなことより、何処で祭りがあるんだって?」
「え?」
「祭りだよ、祭り。俺達を祭りに誘ったんだろ?」
明らかに鈴木の表情が曇る。
やはりこいつは何かを隠している様だ。
「あ、いや、祭りみたいなもんに……」
「みたいなもん? それって何だよ」
「いや、この時期には親戚が集まって……祭りみたいな事をだな……」
「何やるんだよ」
「う……」
鈴木が返答に困っていると、母屋から恰幅の良いおじさんと、先程のおばさんが出て来た。
「いやーわざわざ、どうもありがとう!」
おじさんがそう言うと、おばさんも深々とお辞儀をした。
「すみませんねぇ、折角のお休みに手伝いをして頂けるなんてー」
確かにおばさんは手伝いと言った。
「え? 手伝い……ですか?」
「あら? シゲちゃんが同級生が手伝いに来るとか言うから……」
「え、えっと、何のお手伝いですか?」
「田植えですけど……もしかして、聞かされないでここまでお越し下さったのですかっ⁉」
「え、ええ、まあ」
「こらっ! 茂っ! あんた、どうして言わないで呼びつけたりしたのっ!」
「ひいっ!」
「この馬鹿もんがっ! 信二を呼んで来い!」
「え……」
「お前の親父だろがっ! 直ぐ呼んでこんかっ!」
「は、はいっいいいーっ!」
「いや、本当に申し訳ないっ! 先ずはすぐにあいつの親父にも謝させるのでっ! もう少しだけお待ちください!」
そう言うと恰幅の良いおじさんは深々と頭を下げた。
間もなく鈴木と父さんだろう人が走って外まで出て来た。
遅れて奴の母さんらしき人も出て来る。
その姿を見るや否や、恰幅の良いおじさんは鈴木と父さんらしき人を怒鳴りつけた。
「おい、信二っ! こちらの方々、茂に何も聞かされずにこんな田舎まで呼びつけられたそうだぞっ⁉ どうなっとるんだっ!」
「えっ⁉ そ、そうだったのですかっ⁉」
「え、ええ、まあ……」
「そ、それはすみませんっ! おいっ! 茂っ! お前も謝れっ!」
「霧島っ! ご、ごめんっ!」
すると、遅れて来た母さんだろう人も深々と頭を下げた。
「すみません、霧島君ですかっ⁉ 本当にすみません!」
「あ、いえいえ……」
最初は何事かと思ったが、要は鈴木が手伝いに駆り出されて、何故か俺達を誘ったという訳か。
まあ、田植えに付き合えったって、俺が了解するとは思えないからな。
しかし、巻き添えじゃ無いか。
それにしても……そっか鈴木の親戚って、こうして親戚一同で田植えってやるものなのか?
俺の親戚とかには会った事無いけど、こういう家族の在り方ってのもあるんだな。
鈴木の両親や親戚の方々に頭を下げられながら、俺がそんな事を思い始めていると、恰幅の良いおじさんが一歩二歩と俺の前に歩み寄った。
「とは言え、このままお帰り頂く訳には行かないので、どうか上がって行って下され!」
「あ、いえ……でも」
「霧島っ、俺が言うのも変だけど爺ちゃんがこう言ってるし、上がってくれよ!」
「えっ? こちら、お前のお爺さんなのか?」
「ああ、家にはまだ曽爺さんも曾婆さんも居る。な? 上がってくれよ」
「そうだよ、霧島君! うちの親父とお袋にも会ってやってくれないか⁉」
「そ、そうなんですか……」
困惑したまま愛美達の方を振り返ると、心配そうにしている中三トリオと灰原さんが見えた。
「なあ、悠菜どうする?」
「企んでいた因子が消えた」
「あ、そっか! これだった訳か……」
あれだけ懸念していた鈴木の企みは、あっけなくこうして暴露された。
滅多にない経験で少し心も躍ってしまっていたが、答えが分かってしまうと何の事は無い。
だが、こうして大人数でここまで来てしまっている事だし、皆に説明をしなければいけない。
「あ、ちょっと皆に話して来ますので、少しだけ待ってください!」
「あ、ええ! 是非、寄って行かれて下さい!」
そして皆の元へ行くと、事の経緯を説明した。
「あたしは良いけど、佳苗と蜜柑がね……なんかごめんね?」
「ううん! 私はいいってば、愛美の親戚みたいなものだし!」
「そうだよ! 私もお兄さんとお姉さんに送り迎えとか、色々良くして貰ってるし」
愛美にしてみても友達に申し訳なさそうだ。
そして沙織さんに頼まれて、ここまで運転してくれた灰原さんにも申し訳なく感じていた。
「灰原さん、何かすみません」
「いやいや。ま、話を聞けば想定出来なかったのは、こっちの見解ミスって事もあるな」
「そうですか?」
「あ、いや、こっちって言うか、俺のね」
「いえいえ、灰原さんには運転して貰って……すみません」
「いいんだよ、言ったろ? 俺はあれの運転を愉しんでるんだって」
「ああ、何だか凄い車だったんですね!」
「まあね~出所は聞かないでくれ」
そう言って灰原さんはニヤッと笑った。
出所は聞かないでくれと言っているが、やはり鈴木の言う通り、ここにある訳が無い車なのだと感じた。
その後、俺達六人は鈴木の親戚方に、半ば強引に母屋へと招待された。
その母屋は想像以上に広く、平屋建てではあるが俺の実家の数倍の広さだった。
これが田舎にある農家の本家かと感心してしまっていた。
驚いた事は他にもある。
この家に鈴木の曾祖父母の二人と、祖父母の二人、その長男夫婦の二人とその子供が三人が住んでおり、何と九人家族だと言うのだ。
そして、今は祖父の弟二人の夫婦が四人と、その子供達が五人来ていると言うのだ。
しかも、夕方にはまだまだ集まって来るらしい。
こうなると、鈴木が祭りみたいなものと言っていたのは、まんざら嘘では無いと思えた。
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