妹に友達が出来ました
開いて頂きまして、ありがとうございますっ!
是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。
なお、誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、
どうぞご遠慮なくお申し付けください。
【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】
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霧島悠斗が高校二年の頃のお話です。
その後は特に何事も無く一週間が過ぎた。
あれ以降、例の通り魔事件はテレビニュースは勿論、ネットでも話題から消えていた。
そしてG.Wに入る前日の朝。
俺は教室に入ると鈴木を見つけ、早々《はやばや》と彼に声を掛けた。
「鈴木ー明日の事なんだけどな」
「おおー明日だな! 今年は俺も楽しみだ!」
「今年は?」
「ああ、悠菜ちゃんやお前の妹とか女の子と一緒だからな~」
「何だよそれ……最初から妹狙いかよ」
「いやいや、いつも親戚ばっかでつまんねーからよ」
「はぁ? 祭りだろ? 他にも人が集まるんじゃねーの?」
「は? あ、ああーまあなー」
どうもこいつの本心が読めない。
「で、お前はどうやって伊豆へ行くんだ?」
「どうやってって、勿論車だよ。家の」
「そうなのか⁉」
「結構田舎だしな、車じゃ無いと時間も掛かる」
「車じゃ無いと何で? 電車?」
「ああ、電車とバスだなー」
「そうかー」
確か先日のチャットでは父親の実家だと言っていた。
でも、俺は鈴木が家族と一緒に行くと思っては無かった。
まあ、鈴木が愛美の友達の交通費を出すと言っていただけで、俺が勝手に俺達と一緒に行くと思っていただけだった様だ。
「そっか、お前は家族と一緒に車で行くのか」
「ああ、家族四人で総出だからなー」
「四人? お前の両親と……誰?」
「あー知らなかったっけ? 四つ下の弟だ」
「へー弟居たんだ! って事は今、中一?」
「ああ。こいつがまたすっげーガリ勉でさ、もしかしたら今の俺より頭良いかも知れん」
「マジかよ! でも、弟って良いな~」
「はぁ~? 妹の方が数万倍良いに決まってんだろっ!」
「そ、そんなにムキになんなよ……」
「奴、いっつも机に向かってカリカリしてるんだわ」
「そう言うお前だって、いつも机に向かってるんじゃね?」
「俺は机に向かってるんじゃない、モニターに向かってんの」
「違いが分からん」
「あいつは常に鉛筆持って勉強してんだよ」
「うわっ……ホントにお前の弟かよ」
そうは言ってみたものの、鈴木のヲタクへの情熱と言うか、その専門能力は齧った程度では無い。
こいつも真面目な方へその能力が向けられれば、間違いなく秀才と呼べるものだろう。
こいつの弟は、その方向性を間違えなかっただけなのかも知れない。
「まあな。だから親は完全に俺よりも弟に期待してんだわ」
「そ、そうなのか……不憫だな、お前」
「ま、お陰で好きに出来るって事だけどな」
そう言って鈴木がニヤリと笑った。
「なるほど」
「ところで、お前らはどうやって行くんだ?」
「ああ、知り合いが車で送ってくれる事になった!」
「おおーっ! じゃあ、愛美ちゃんの友達の交通費は不要だな⁉」
「あ……ああ、そうなる」
「よっしゃ、ラッキー!」
「ま、その分良いもん食わせろよ?」
「おう、任せとけ! 食い物には困らせない!」
「困らせないって何だよ……美味いものもの食わせてくれよ⁉」
「分かった、分かった! んじゃ、明日は現地に午後二時集合な! 場所はメールに入れた通りだ」
「おう、分かった」
鈴木と打ち合わせを終えた俺は、悠菜にそう言う事だと目配せをして席へ着いた。
彼女も横で俺達のやり取りを聞いていた事で、その内容は理解したであろう。
だがその内容では無く、気になっている事が別にあるのだ。
俺は振り返ると、後ろに座る悠菜と目を合わせた。
「なあ、悠菜。鈴木まだ何か企んでそう?」
「うん」
「そっかー、何企んでるんだろな。あいつ」
そうは言ってみたが危機感等は一切感じていない。
さっき話してる時も注意してあいつを観察してはいたが、これといってヤバそうな事を企んでいる様には思えないのだ。
「さっき迄の様子では、悠斗に危害を加える様には感じない」
「だよな? 一体何だろうなー」
「でも、注意して。予測が出来ない」
そう言われた俺はハッとして悠菜の表情を見たが、やはり彼女は相変わらずの無表情だ。
そう言われてもなぁ……。
「わ、分かった……」
俺はただそう言うしか無かった。
そして放課後、愛美達と待ち合わせている駅へ俺達は向かった。
沙織さんの話では、明日からの連休が終わる迄は、愛美と一緒に登下校して欲しいとの事だった。
それ以降も送り迎えをした方が良いのだろうかと思ったが、沙織さんがそう言うのであれば俺には反論する意味も無く、今の俺は鈴木が何かを企んでいるという事の方が気になっていた。
電車を降りると駅を出て、交番前に立つ愛美と杉本を見つけると、明日の予定を彼女達に伝えながら帰る。
結果、愛美の友達である杉本を、明日の朝九時に俺達が迎えに行く事になった。
♢
数時間前――。
その日の午後、影浦邸の敷地に一台の大きな車がゆっくりと入って来た。
そして、運転席から出て来たグレイは、その時丁度屋敷から外へ出て来た沙織に気付いた。
「あ、沙織さん! 車はこれが良いと思うんだけどー! 俺のお薦め!」
まるで軍用車の様な車体ではあるが、その色は戦地には不釣り合いなパールホワイトである。
その真っ白なSUV車をグレイが《《たなうら》》でコンッと叩いた。
「あら~大きなお車ですね~とても丈夫そう~」
出迎えていた沙織が目を輝かせて車を眺める。
「丈夫さには定評があります。防弾は勿論、バズーカでも問題無いですし、地雷対応装置も装備してます」
「あらあら~それに綺麗な色ですね~」
「こいつ、防衛特化とは言え攻撃能力もかなりなもんなんですよ。まあJIAでは、あまりそこは意味無いですけど」
「そうなのですね~それなら皆さんを無事にお連れ出来そうですね~」
「でしょう? フル改造したJIA特別仕様のモノですよ。ま、今じゃ全て貴女のもんですけど」
そう言ってグレイが苦笑いする。
二人が眺めているこの車、元は軽装甲車のスカラビーと言うものだが、改造を施している為に六輪仕様となっている。
その分全長が長く、定員人数は八名になっている。
「そうなの~? で、これなら追加で三人乗られるのよね~?」
「ああ、それなんだが……」
「え~何か問題なの~?」
「定員は八名になっているとはいえ、フルに乗員すると荷物が別積みになるんですよ。この様な奴をリアに牽引する感じに……」
そう言ってグレイが指を指した場所には、牽引される小型のトレーラーがあった。
「それをこの車で引っ張って行くの~?」
「ええ、そうなるんですよ」
そう言うと、グレイは腕を組んで考えた様子で、JIA仕様のスカラビーと牽引車を見比べ始めた。
「そうなると、かなり大掛かりに見えますよ~?」
「だよな~全長が結構になるな……」
グレイは暫く考えていたが、不意に思い出した様に沙織を見た。
「そう言えば、愛美の保護任務をJIAへ依頼したんだって?」
「あーええ。そうなの~」
「しかも、年齢指定だとか?」
「ええ~同じ歳の子をメアリーさんにお願いしたの~」
「そうらしいね。で、早速その担当者から本部へ打診があったよ。任務へ入る為に今朝早くに日本へ到着したらしい」
「あら、そうなの~? 早かったんですね~」
「そいつのコードネームはオレンジだってさ」
「オレンジちゃんね~」
「あ、いや、保護任務ならコードネームより、それらしい名前を付けた方が良いんじゃないかな?」
秘密裏に保護するのであれば、普通の名前で行動する方が間違いなく自然だ。
グレイと違って、オレンジは一般人に接近する任務である。
「あらそうなの~? なら、みかんちゃんでどう~?」
笑顔で手を合わせて目を輝かせる沙織に、今のグレイが反論など出来なかった。
「ま、まあ、沙織さんが決めたのなら良いとは思う……」
「みかんちゃんってお名前、可愛いと思うけどな~」
グレイの興味なさげな表情に、少し落胆した様子の沙織だったが、諦め切れない感じで彼の顔色を窺っている。
「でも、苗字はどうする?」
「あーそっかぁー影浦じゃ変?」
「変では無いけど、親戚って事にするんだ?」
「影浦だとそうなっちゃうのか~」
そう言うと沙織は考え始めた。
だが、グレイにとってはそんな事に頭を使う気にはなれない。
偽名などどうでも良い事なのだ。
「しかしまあ、同じ中学へ入学させるだなんて……」
「愛美ちゃんの傍で保護して頂く方が無難ですもの~」
「そりゃそうだが……オレンジって日系イギリス人らしいね」
「あらそうなの~? こちらのお食事がお口に合うかしら……」
そう言う沙織の困惑した表情を見て、やはり掴み処が無い人だとグレイは改めて感じた。
と同時に、そんな彼女を少しでも安心させたいと思った。
この様に任務に就く担当者の先ずは食事からとか、普通はそんな所から気を掛ける人は殆ど居ない。
大抵は担当者の能力はどうなのかとか、どんな利益が得られるかとかを知りたがるものだ。
尠くとも、沙織の様な人はグレイの知る上層部の人間には居なかった。
そう思ったグレイは、この先の新JIAにその身を投げ出す覚悟が自然に出来ていた。
「まあ、JIAの総力を以って霧島家を保護しますよ」
「どうもありがとうございます~」
そう言うと、満面の笑みでグレイに微笑む沙織を見て、彼は絶対に期待を裏切らないと、人知れずその心に誓ったのだった。
「で、車はどうします? 何なら防御は無視して、いっその事、大人数が乗れるマイクロバスにでもします?」
「駄目ですよ~JIAを掌握したばかりの今は、暫くの間防衛は必須です~」
「まあ、そうでしょうね……裏が不安定となっている訳ですしね」
裏で暗躍している組織にとっても、都市伝説の様な存在であるJIAは、その実態を掴めていない処か、その存在すら知る人も少ない。
秘密組織としてのそのレベルが大きく違っているのだ。
今、沙織達が懸念しているのは、JIAの様に秘密裏に潜入している世界各国の諜報部員や暗殺者だ。
彼らは自国やその組織の任務遂行の為に動いており、今回のJIAの上方部が変わったという事も、その調査対象になっていると考えた方が良いのだ。
よって、あらゆる手段を使ってそれらを調査しようと行動する筈であると考えていた。
「やっぱり、今回は霧島夫妻と私はお留守番ね~」
「そうですか? 沙織さんがそれで良いのであれば……」
今回、沙織は霧島夫妻と三人一緒に同行したそうではあった。
だからこそ、運転手のグレイを含め、定員八名程の車両を頼んでいた訳だ。
「代わりにという訳ではありませんが~早速、愛美ちゃんの保護をして頂きたいの~」
「えっ? 早速って、いつから⁉」
「ん~今夜来てくれたら、明日の朝からでも~」
「明日の朝って……」
そう言いかけてグレイは考えた。
沙織は明日からにでもオレンジを愛美に同行させるつもりだ。
こうまでして愛美の保護をしなければいけないと言う、切迫した危機感を感じているのだろうか。
「連休明けには同じクラスに編入するし~早く仲良くなって欲しいの~」
「ああ、なるほどね。で、早速明日から新任を同行させるって事か」
「あくまでも愛美ちゃんのお友達としてね~?」
「うわっ! やっぱり秘密裏って事ですかっ⁉」
「それは先日にもお願いしましたよ~?」
「うっ……そうでしたね」
先週初めて沙織からJIAを掌握したと聞かされた時に、任務は秘密裏にと念を押されていたのを思い出した。
それはかなり困難な任務には違いないが、JIA全ての職員で行えば出来ない任務など無い筈だ。
少なくともグレイはそう信じている。
「どんな方でしょうね~早くお会いしたいです~」
「ああ、資料を持って来れば良かったな。今からでもイオに画像だけでも送らせようか?」
「今夜にでもお越しになるのでしょう~? それまでお食事ご用意してお待ちします~」
「そうか? そう言う事なら本部へ来たら、直ぐにここへ連れて来るよ」
「ええ~よろしくお願いします~張り切ってお食事の支度しなきゃ~」
「んじゃ、俺は一旦《《駅》》へ戻ってからオレンジを連れて来ますよ」
「そうですか~宜しくお願いします~」
グレイの言う《《駅》》とは隠語であり、一般的には詰め所の事だ。
その意味を知ってか知らずか、沙織は笑顔でそう返事をした。
「んじゃ夜の、そうだな……七時に連絡します」
「は~い、お待ちしてま~す」
沙織にしてみれば、グレイの戻る場所が例え本当の駅であっても、然程気にならないのだろう。
グレイはそんな事とは気付かずに、敷地の端に停めていたEV車に乗り込むと、そのまま影浦邸を後にした。
♢
杉本を自宅まで送り届けた俺と愛美は、その後何事も無く家に着いた。
「ただいまー」
「お母さん、ただいまー!」
玄関に入ってその場で声を掛けると、すぐに母さんが出迎えに来た。
「お帰りー! 悠斗、愛美達の送り迎えお疲れ様!」
「あ、そうだね~お兄ちゃん、ありがとー!」
母さんがそう言うと、愛美も俺の方へ振り返ってそう言った。
「ん? 何だよ二人共……どうしたのあらたまって」
「って、沙織さんに聞いてるでしょ? 送り迎えは今日までって」
怪訝そうな表情になった母さんにそう言われてハッと思い出す。
「え? あ、そうか! 明日から連休だから今日で終りかー」
俺がそう言いながらキッチンへ向かうと、その後を愛美と母さんもついて来た。
そして二人が話しかけて来る。
これはまあ、いつもの事だ。
「そうだよ、お兄ちゃん。忘れてたの?」
「そうそう、二人とも明日の支度ちゃんとしてね?」
「はーい。ほら、お兄ちゃんもお返事!」
「はいはい」
「お返事は一回!」
「はい……」
愛美は日増しに母さんっぽくなる。
特にこの家に居る時は、こうして母さんのコピーとなる。
だが沙織さんと一緒に居ると、今度は沙織さんのコピー人形の様になる。
その口調や仕草がそっくりになるのだ。
俺としては、勿論沙織さんのコピーになってくれた方が良い。
「それとね、愛美」
キッチンで俺がグラスに注いだ麦茶を飲み始めると、母さんが愛美に話しかけた。
愛美も同じ様に麦茶を飲みながら、母さんの言葉に耳を傾ける。
「なあに?」
「沙織さんのお知り合いの娘さんが今夜来るんだけど」
「え? 何処へ?」
「ここへよ? 沙織さんが愛美へ紹介したいって」
「へ~そうなんだ? 何時ごろ?」
「八時過ぎかな? でね、その子が愛美のクラスへ編入するんだって」
「うわっ! 転校生なの⁉ どんな子⁉」
愛美のクラスへ転校生って事は中学三年生って事らしい。
鈴木なら食い付く事案だが、俺のタイプは沙織さんだからな。
いや、誤解の無い様に言うが、俺は年増が好みという事では無い。
敢えてもう一度言おう。
年上が好きな訳では無い。
「日系イギリス人の女の子だって! どんな子かしらね~」
「おおーっ! ハーフなのっ⁉」
「そうなのかな? お母さんもそこまで聞かなかったけど」
「そっかー」
「沙織さんがね、早く愛美とお友達になって欲しいって」
「転校生って何と無く孤立感あるもんね~分かった!」
ハーフか……。
沙織さんだってハーフっぽいけどね。
あ、ハーフが好きな訳でも無い。
俺のタイプは沙織さんって訳で……って言うか沙織さんが好きなんだよ。
♢
その夜七時――。
予定通り沙織に連絡した後、EV車で影浦邸に来たグレイは、本部から連れて来た女の子を沙織に引き合わせた。
沙織にこっちがリビングだと連れて来られると、女の子はその広さに気おくれしているのか落ち着かなそうにしている。
「そう言う訳で、こいつがオレンジ。この歳でもJIAの新人教育課程は済んでいるらしい」
「あらあら~影浦沙織です~どうぞよろしくお願い致します~」
沙織に深々と頭を下げられ、若干戸惑いながらもオレンジが挨拶を始めた。
「い、いえっ! こちらこそよろしくお願いしますっ! 頑張りますっ!」
「あら~日本語もお上手なのですね~」
「はい! 日本語と英国語、中国語は一般会話であれば不自由はありません!」
「そうなんですか~? 辛抱強く頑張ったのですね~お強い方です~辛い事もあったのでしょう~」
沙織にそう言われてオレンジは少し戸惑う。
これまで成果に対して褒めてくれた人は確かに多かった。
だが、その過程を労ってくれた人は少ない。
「あーそれでだ。オレンジと言うコードネームじゃ任務に支障がある。だから沙織さんが命名してくれた」
「あ、そうですかっ⁉」
オレンジにしては、初任務でしかもその依頼者から命名までして頂けるのは、この上なく光栄だと嬉しく思った。
「ええ~オレンジちゃんがご自分で決めてくれても良いのですけど~」
「いえっ! せっかく沙織さんから命名して頂いたのであれば私はっ!」
そう言って彼女はグレイを見て言い切った。
「そうかー? みかんちゃんだってよ?」
グレイがそう言ってオレンジの顔を覗き込んだ。
彼のその表情は、若干笑みを堪えている様にも感じる。
「み、かん……ですか」
そう力なく呟くとそっと沙織を見た。
いくら自分がオレンジだからって、いくら何でも安易すぎる。
彼女はそう思った。
諜報部員とは言え彼女は若干十五歳、思春期真っただ中の乙女でもあった。
「どうかな~みかんちゃんって可愛いお名前だと思うの~」
そう言って沙織が心配そうにオレンジの顔色を窺うと、明らかに引きつった苦笑いを必死に違和感なく見せようとしている。
「え、ええ。可愛いと思います……」
「そう~? でね、苗字はまだ決めて無いの~みかんってお名前を、オレンジちゃんに気に入って貰ってから決めようと思って~」
「そ、そうだったのですね……」
「ええ~みかんちゃんで良いのであれば~どうしましょ~」
「わ、私、みかんが良いですっ!」
「あらそ~?」
沙織は笑顔になるとワクワクとした感じで考え始めた。
それを見ていたオレンジは、沙織が決して悪い人では無いと感じてはいたが、どうもこの天然さにはまだ慣れることが出来ずにいた。
すると音も無く悠菜がリビングへ入って来た。
「甘井みかん、高井みかん、山野みかん……」
そう言うと沙織の横にスッと腰掛けた。
「うわっ! 相変わらず気配ってモノが無いんだよ」
グレイがびっくりして悠菜にそう言う。
「消していたから当然」
悠菜は無表情でそう言う。
「あ、悠菜ちゃん、こちらは愛美ちゃんの保護をお願いする……みかんちゃん?」
沙織がそう言ってオレンジを心配そうに見た。
「あ、はいっ! みかんですっ! 宜しくお願い致しますっ!」
「そう。私は悠菜。影浦悠菜。裏に住んでいる悠斗の幼馴染で同級生」
「で、悠菜さんはさっき何をブツブツ言ってたのかな?」
グレイがそう聞くと悠菜は無表情のまま彼を見た。
「菅野みかん、畠野みかん、温井みかん」
「って、苗字考えてたのかよっ! 甘いとか高いとか言ってたよな……」
「山野のも言ったが、考えてはいない。これは提案」
「あーそうですか……でもな、缶のとか畑のとかはどうなんだよ……」
「あら~提案だったの~? 悠菜ちゃんありがと~」
沙織がそう言って悠菜の手を取る。
その様子を見ていたオレンジは、この時はただ妙な母娘だと感じていた。
「でもね、みかんちゃんが良ければ何ですけど~」
「ん?」
「はい?」
そう切り出した沙織にグレイとみかんが耳を傾けた。
「私の遠い親戚と言う事にして、苗字は影浦にしたらどうですか~?」
「えっ?」
これにはみかんよりもグレイがかなり意表をつかれた。
グレイ達の任務は他の職員と情報を共有しながら協力して、その任務を遂行してゆく。
仮にみかんが行動不能の様なアクシデントな状況が起きた場合、瞬時に代行者がその任務に就く様にする為だ。
故に、依頼者の親戚という設定にして、同じ苗字を名乗って任務に当たるとなると、かなり制約された事にも成るのだ。
親戚に代行者とか、そうは中々用意出来る訳が無い。
それこそ怪しまれてしまう。
だがその半面、四六時中依頼者と情報を密に取れるし、更にここに居れば保護対象者と、常に近い位置に居る事は出来る。
影浦と名乗る事には一長一短がある。
諜報員としてもここは慎重に決めなければいけないだろう。
「影浦蜜柑……悪くない」
悠菜がそう呟くと、沙織はみかんの顔色を伺う。
「そうね~みかんちゃんはどお~?」
「あ、あたしっ⁉ ですかっ⁉」
みかんにしてみれば、初任務である今回の保護対象は霧島愛美である。
そのターゲットの家の裏であれば任務はしやすいと思えた。
沙織に了解の意を示す前にグレイが心配そうに声を掛ける。
「おいおい、そんな簡単に決めて良いのか?」
「え? ええ、私はそれでも良いかと……」
「あのな、影浦さんの親戚を装うとなると、この先色々と問題もあるんだがな……」
「そうなんですか?」
経験豊富なグレイにしてみれば、この先のあらゆる状況を想定して懸念しているのだろう。
しかし、現場での初仕事であるみかんにとっては、そこまで先の事を予測出来ていなかった。
すると、グレイの心中を察した沙織が、彼とみかんに向かって笑顔を見せて言った。
「グレイさんのご心配は何と無くは分かります~」
「え? そう……ですか?」
(俺の懸念してる事を、どうして分かっているつもりでいるんだ?)
グレイにしてみれば、意外とも言える事を脈絡も無く沙織は言い出した。
グレイがやや訝しいと思いながら沙織を見ると、彼女はまるで女神の様な優しい微笑みを彼に見せた。
その瞬間、訝しく感じた彼の思いは、フッと瞬時に消え去ってしまった。
更に、まるで全てを見透かしている様にも思えた。
(や、やっぱりこの人は……)
「私っ、沙織さんの親戚になりますっ! 影浦蜜柑がいいですっ!」
みかんは突然、座っていたソファーから立ち上がると、その片手を高く上げた。
グレイが沙織に対して感じた何かを、彼女も感じ取ったかの様にも思えた。
「あらっ! みかんちゃんがそう言ってくれて、とても嬉しいです~お部屋もご用意しますね~」
沙織の表情がパッと明るくなると、みかんはそう言う彼女の傍へ駆け寄った。
「えっ⁉ 私、ここに住まわせて貰えるんですかっ⁉ あ、ありがとうございますっ!」
「ちょ、ちょっと沙織さん! 良いんですかっ⁉」
グレイが慌てて沙織にそう言うが、その心配を他所に彼女は嬉しそうに頷いた。
「勿論ですよ~さあ、お名前も決まった事ですし、お夕飯にしましょうか~?」
沙織がそう言うと悠菜がスッと立ち上がり、リビングからダイニングへ向かって行った。
「お夕飯ですかっ⁉ 私、こんなに良くして戴いて凄く幸せですっ!」
「あらあら~今日からはみかんちゃんも影浦家の家族ですよ~? あ、裏の霧島家とも家族ぐるみのお付き合いをしているので、そこは忘れちゃダメよ~?」
「はいっ! 影浦家の家族で、霧島家とは家族ぐるみのお付き合いですっ!」
「はい、よくできました~ダイニングはこっちですよ~」
「はいっ!」
「それでね、みかんちゃん」
「ご飯を済ませたら裏の霧島さんのお家へご挨拶に行きますよ~」
「はいっ!」
「そちらの愛美ちゃんを危険から守って欲しいのだけど~」
「はいっ! 心得ておりますっ!」
「でも~先ずはお友達になってくれると助かるの~」
「お友達……ですか」
少し不安そうな表情でみかんが沙織の顔を見上げた。
年頃の十五歳とは言え、みかんはこれまで友達と呼べる人が居なかった。
よく話す仲間も多いが、諜報部員として育て鍛え上げられてきた中でのものであり、友達と呼ばれるものがどんなものかを、ハッキリとは認識していないのかとも思える。
「どうですか~?」
「も、勿論お友達になりますっ! でも、こればかりは愛美さんの好みというか……意思もありますし……」
対象人物を危険から保護する訓練は、これまで幾度となくして来た。
だが、同じ年とは言え一般人である霧島愛美に、自分が友達として受け入れられるのかは不安であった。
「みかんちゃんが歩み寄ってくれたら大丈夫ですよ~とても良い子ですから~」
「そ、そうですか?」
「うんうん~」
「あの、さお……。あのっ! 沙織さんの事は、これから何とお呼びしたら良いですか?」
「え~? わたし~? 沙織さんがいいかな~」
「分かりましたっ! 沙織さんっ!」
その様子をやれやれと言う表情でグレイは見ていた。
「あ~グレイさんもお夕飯ご一緒に如何ですか~?」
「あ、お気持ちだけ戴きますよ。俺は一旦本部へ報告しないといけないんで」
「あらそうなのですか~?」
「ええ、明日からの件とか諸々報告して置かないと、色々細かく突っつかれるんですよ」
「大変なのですね~JIAって~」
(つーか、あんたが筆頭者でしょうが)
そのJIAの実権を握っているのは、そう言う沙織なのだがそこにはグレイは触れなかった。
「ま、慣れてますけどね。では、明日は七時半には伺います」
「は~い。運転は気を付けて下さいね~」
「あ、ああ。んじゃ、みかんも粗相のないようにな」
「あ、はいっ! グレイさんもお気を付けて!」
「ほい、サンキューなー」
そうしてグレイを見送った後、沙織達は影浦家の新たな住人と夕食を始めた。
♢
夕飯を終え、一度は部屋に居た俺と愛美だったが、沙織さんが来るからと階下へ呼ばれ、家族四人でキッチンの椅子に座っていた。
すると、夜八時半を迎えた頃、霧島家のインターフォンが鳴った。
「あ、きっと沙織さんよ⁉」
「おっ! 俺も行くっ!」
そう言って母さんが玄関へ小走りで向かうと、父さんはその後を追いかけて行った。
俺も沙織さんを出迎えたい気持ちを抑えている。
ここは子供っぽく燥いじゃ駄目だ。
「ね、お兄ちゃん! 来たって!」
「ん? あ、ああ、そうだな」
「何よーもうちょっと興味示さないのー?」
「だって、お前のクラスメイトだろー?」
「そうだけどさー」
そんなやり取りをしていると、間もなく母さん達に連れられて沙織さんが入って来た。
言っていた通り、愛美と同じくらいの子を連れている。
「ささ、そちらへどうぞ!」
父さんがその子をリビングのソファーに座る様に薦めると、その子は会釈をした後に沙織さんをチラッと見た。
「みかんちゃん、遠慮なく座って~? あ、私のお家じゃ無いんですけどね~」
沙織さんはそう言って悪戯っぽく笑った。
こう言う所も実に可愛い。
同級生の母親には到底思えない。
「いやいや、この家も沙織さんの物なんですよ! 蜜柑さんも遠慮なくして下さいね?」
「あ、はいっ! 失礼いたしますっ!」
蜜柑と呼ばれたその子は元気に返事をすると、薦められるがままソファーに腰掛けた。
父さんがその子にそう言ったが、どこまで本気で言ってるのか俺には理解出来ない。
この家は父さんが建てたんじゃ無いのかよ。
「愛美ちゃ~ん、この子お休み明けから同じクラスになるの~仲良くしてあげてね~」
「あ、はーい!」
沙織さんに呼ばれた愛美は返事と共にリビングへ行った。
「あ、影浦蜜柑ですっ!」
緊張しながらも沙織の横に座っていたみかんは、リビングに入って来た愛美を見るや否や、直ぐに立ち上がって元気よく敬礼してしまった。
「け、啓礼っ⁉」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
「い、いえいえ! 私、愛美って言うの~どうぞよろしくね~」
突然の元気良さと見慣れない敬礼にたじろいだ愛美だったが、ソファーに座る沙織の微笑む表情を見てか、若干沙織さん化して来た様だ。
「沙織さん、こんばんわ~」
「愛美ちゃん、こんばんわ~」
「沙織さんの親戚なのか~でも、みかんちゃんって可愛い名前っ!」
愛美がそう言って手を合わせると、目を輝かせている。
これは沙織さんが良くやる仕草の一つだ。
「そうですかっ⁉ ありがとうございますっ!」
「あ、ねえ、みかんちゃん。お互いに敬語は止めましょうよ~」
「えっ? そうですか?」
「うん……そうだ! あたしもみかんって呼ぶ事にするから、あたしの事も愛美って呼んでくれない?」
「そ、そうで……なの?」
「うんうん~私の友達は、皆あたしの事を愛美って呼ぶの~」
「そ、それって……」
その時みかんは、愛美が自分を友達として受け入れてくれたと感じて、急に嬉しさが込み上げて来た。
「それにさ~沙織さんの親戚のみかんちゃんは、既にうちらと家族みたいなものじゃん?」
「あ……そう、か」
(霧島家とは家族同然のお付き合いか……)
ここへ来る前に、沙織から念を押された事が頭に蘇って来た。
「うん、それに同い年だしさ~? けってーい! 今日からお互いに呼び捨てね~」
そう言うと愛美は、そっとみかんの手を取って大事そうに握った。
「は、あ、うん!」
これがみかんにとって、初めて同世代のしかも、一般人の友達が出来たと思えた瞬間だった。
「良かったわ~愛美ちゃんがお友達になってくれて~」
その様子を微笑みながら見ていた沙織がそう言うと、母さんと父さんもうんうんと頷いた。
「蜜柑ちゃん、この子まだまだ危なっかしいので宜しくお願いしますね?」
母さんがそう言って頭を下げると、父さんも深く頷きながらみかんに一歩二歩と近寄って来た。
「そうなんですよ! この前も駅前で事件が起きたばかりで、うちらも心配で心配で……」
「お父さん、それはもういいってば~お母さん、お父さん捕まえてて~」
父さんは話し途中で愛美に制止され、その身を母さんの元へ押し戻された。
「はいはい、お父さん大人しくしてね?」
「だってさぁ、あんな事が起きたばかりで、愛美が伊豆へ二泊とかさ……」
「だから、お姉ちゃんも一緒でしょー?」
愛美がそう言うと、母さんもそれに同意する。
「それに、灰原さんやこうして蜜柑ちゃんも居てくれるでしょ~?」
「そ、そうか……蜜柑ちゃんどうかお願いしますね⁉」
母さんに諭された父さんは、愛美の同級である蜜柑に頭を下げた。
まあ、俺としても、父さんが言っているあんな事件が、こんな身近にあった事に対しては気になってはいる。
ニアミスだったとは言え、やはり現実味が薄いと言うか、この愛美が酷い目に合うとは考えられなかった。
これこそが、うちの子に限って……とか言う症候群なのだろうが。
「まあ、明日は俺も一緒だし悠菜も居るしさ」
そう言って俺もリビングの皆に参入した。
「あ、お兄さんですね⁉ 蜜柑ですっ! よろしくお願いします!」
「あ、うん、挨拶が遅れてごめんね? 何だかタイミング逃しちゃって」
「いえっ!」
感じていた通り元気で素直な良い子だと感じた。
「仲良く出来そうで良かったわ~しかも、明日からお祭りでしょ~? いいな~」
「あーそうだね、蜜柑ちゃんも一緒に行けるの?」
「はいっ! お兄さん!」
「あ、お兄さんってより、家族ならお兄ちゃんで良いからね?」
「あ、はいっ! お兄……ちゃん」
みかんはそう返事はしたが、凄く照れ臭そうにしたまま下を向いてしまった。
「ま、その内慣れるでしょ」
俺はそう言って沙織さんを見ると、彼女はうんうんと頷きながら立ち上がった。
「そうですよ~悠斗君はとても優しいから~みかんちゃん、直ぐに大好きになるわよ~?」
「えっ? いや、慣れるって言ったのは、そこじゃ無いんだけど……」
「では、明日は八時半に灰原さんがお迎えに来ますので~」
「は~い!」
愛美はそう返事をすると、ガシッと蜜柑の手を握った。
「蜜柑、明日一緒に楽しもうね! 佳苗って友達と三人で遊ぼうね⁉」
「は、うんっ!」
若干ぎこちなさはあるが、蜜柑は愛美と打ち解けそうではある。
と、不意に何かが頭を過ると、すぐにその原因に気が付いた。
鈴木がニヤニヤと喜ぶ顔が目に浮かんだからだ。
(ちっ……何かを企んでるあいつが喜ぶのは、何だか面白くないな……)
しかし、今そんな事を考えても仕方ない。
大型連休に、伊豆へ二泊の旅行と考えたら少しは気が紛れるしな。
愛美と友達二人……で、俺と悠菜で五人か。
あ、それと運転手の灰原さんで六人になるのか。
結構な人数だな。
鈴木は四人家族って言ってたけど、あいつらは親戚の家へ泊まるだろう。
俺達の宿は何処なんだろうか。
鈴木は宿泊場所と食事は任せておけと言ってはいたが、やはり気になる。
しかしまあ、あいつは祭りだと言っていたし、その時の俺は何とかなるだろうと高を括っていた。
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