実は異世界から来てたらしいです。
開いて頂きまして、ありがとうございますっ!
是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。
なお、誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、
どうぞご遠慮なくお申し付けください。
【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】
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霧島悠斗が高校二年の頃のお話です。
音も無く走って来た車が、一軒の住宅の前でそっと停まる。
ヘッドライトを消した暗闇の中、その車内に薄い明かりと人影が見えた。
夜間捜査に使用する車両の場合、エンジン音の無いEV車を使用しているのだ。
「ここが……男の子の家だな」
運転席の窓から外を見てグレイが呟いた時、既に助手席のケントと後部座席のメアリーもその家を見ていた。
「おかしいな……同級生の女の子はこの裏だろ? 裏の建物は大きな倉庫になってるぞ?」
ナビを確認していたグレイが、ナビの画面を指差して不思議そうに言う。
「そうね……。グレイ、裏へ廻ってみましょう」
メアリーがナビに目を向けてそう言った。
「オッケー」
車は音も無く動き出しゆっくり裏手へ廻ると、やがて先程の家の丁度真裏に位置している事を、車内のナビゲーターシステムが表示していた。
「な? あれ、倉庫だろ? こんなとこに住んでるのか?」
車を停めたグレイは、親指で外に見える大きな倉庫を指して言った。
広い敷地は背の高い生垣にぐるりと囲まれ、その中程に大きな倉庫が見える。
「ああ、これはまるで倉庫だね」
ケントもその建物を見て答える。
メアリーは後部座席から前へ身を乗り出すと、フロントガラス越しにその建物を見た。
「ケント、イオにこの建物を解析して貰ってくれる? 何か変だわこの倉庫」
「分かった」
ケントは持っていたタブレットから、イオに直接通信を始めた。
「ほらこの建物、あまり窓が見当たらないでしょう? 何の倉庫かしら」
グレイもその建物の窓を探すが、極端に窓が少ない。
「確かに窓が少ないな」
「もう少し離れた所に車を停めて、降りてみましょう」
グレイの運転する車は、音も無くスルスルと滑る様に進むと、数メートル離れた所でスッと停まった。
「この辺りで良いか?」
「ええ。ケントは車内で待機、グレイは後ろから援護して」
「分かった」
メアリーとグレイがそっと車を降り、辺りを窺いながらそっとドアを閉めた。
先に倉庫に向かったメアリーの後を、グレイは慎重に辺りを窺いながら追う。
ふと、彼女が携帯電話程の大きさの装置を倉庫に向けているのに気付いた。
(何だあれは?)
そう思ったグレイは声を立てぬ様に、手ぶりでそれは何だとメアリーに問う。
その様子に気付いてメアリーが手ぶりで、ちょっと待てと制止した。
ジッと手にした装置を見つめていた彼女は、若干慌てた様子でグレイに戻れと合図する。
(え?)
呆気にとられてメアリーの表情を見たが、やはり戻れとの指示だ。
彼女を追う様にグレイも車へ急いだ。
何事か分からないまま車へ乗り込むと、グレイは後部座席に座ったメアリーを振り返った。
「どうした? 何かあったのか?」
すぐに戻って来た二人にケントが聞く。
「あそこ、ステルスが機能してる! やっぱりただの倉庫じゃない!」
「何だって? ステルスだと?」
メアリーの手にしていた機械は磁場等を感知する装置で、遠隔操作可能なシステムなどを発見するためのものだった。
それ以外にも、可視化できない熱源なども感知出来る物だ。
「あの倉庫自体は投影されたもので、実際はその映像に隠されている大きな施設ね」
「何だそりゃ? どうしてそんな……」
「イオの解析を待って捜査を再開しましょう。不明な所が多すぎる」
メアリーはそう言うと、こちらを不思議そうに見ているケントに答えた。
その時、ケントのタブレットにチャットメールが表示された。
≪ねえ、その場所、衛星の画像ではハッキリと確認出来ないわよ? ≫
≪ああ、これステルスかな~? ただ、大きな熱源を感知できた≫
≪熱源は……温泉のモノと酷似してるわね。他にも強い磁場の歪みを確認出来たよ≫
≪しかもね、その磁場、裏にある高校生の男の子の家までをすっぽり包んでる≫
≪裏の方の磁力は凄く微弱なんだけど……これって意味ある? ≫
タブレットの画面に次々と流れるイオからのチャットに、三人は目を奪われていた。
≪でも、私が思うに磁力とは違うと思うんだけどな~≫
≪ちょっと、ケント見てる? 反応してよ! ≫
イオからの返信チャットを、呆気にとられて見ていた三人は息を呑み、それぞれの顔を見合わせてしまった。
「ケント、イオに返信して。取り敢えず戻るって」
「戻るのかよ……」
「だって、これって監視衛星対策としか……」
「そうなのか?」
メアリーはグレイに頷くと、静かに息を吐きながら後部シートに深く座る。
こんな住宅街に、監視衛星を意識したステルス装備がある施設があるとは、メアリーには理解しがたいものだった。
実際、この様なシステムは敵対国等にに知られたくない情報を監視させないものである。
今の監視衛星では地上に落ちた一円玉ですら、ものの数秒でそれを認識できる技術がある。
しかし、勿論それは非公式である。
そんな事が出来ると公開したら、プライバシー侵害だと世論のバッシングにあうであろう。
この技術が公になるにはもう少し年月が必要だった。
この施設に施されたシステムは、そんな公にされてはいない高等技術に対抗しての処置であろうと思える。
だからこそ、ここは怪しいのだ。
一介の住宅がこんなシステムを装備している事等、絶対に在り得ないのだ。
故に、この施設は何かしらの敵対国が、隠密に潜入している事が考えられる。
そうなると、今回の任務でこれ以上捜査するには、上層部へ確認してからの方が賢明とメアリーは考えたのだ。
助手席でケントがイオへの返信を、タブレットに打ち込んでいるのを横目で見ながら、グレイはゆっくり車を発進させようとして何かに気付いた。
「うわっ!」
ハンドルを握りしめて一点を見つめるグレイの視線の先、薄明かりの中にぼんやりと人影が見えたのだ。
グレイの様子に異常を感じた二人は、何事かとその視線の方を見た。
つい先ほど、グレイとメアリーが向かって行った倉庫前の道路、その薄明かりの中に髪も全身も白っぽい女性が立っていた。
まるでこの世の者とは思えない様に。
「おい、お前らも見えてる?」
「あ、あれは?」
「ちょ、ちょっと二人ともこのまま待機していて」
メアリーはそう言うとドアを開け、それを見失わぬ様に急いで車を降りた。
「あなた達はここで待機。私が一時間で戻らなかったら本部へ報告して離脱」
メアリーはそう言い放つと、車のドアをそっと閉めその女性の方へ歩いて行った。
「ボス? おい大丈夫か?」
慌ててドアを開けたグレイが声をかけると、メアリーは女性から視線を外さずに手ぶりで答えた。
残された二人に不安はあったが、メアリーも又、特殊訓練を受けたエージェントだ。
今はリーダーの彼女に従うしかなかった。
「なあケント。実を言うとあれ、幽霊かと思ったよ……」
「ゴースト?」
「ああ」
「見えなくは無いね」
だが薄明かりで見づらいがよく見ると、その女性の髪はブロンドか金髪の様だ。
そして彼女が何も違和感の無い、普通の服装をしているのが分かると、緊張感も若干薄れ敵意などは感じなかった。
助手席に座っていたケントは、ダッシュボードからオペラグラスを取り出すと、スイッチを入れて覗いた。
ケントにはその女性の表情が、とても優しそうな笑顔に見えていた。
グレイは静かに運転席のドアを閉めると、助手席で監視している彼に話しかけた。
「とりあえず撮影しておくか?」
「もう、してるよ」
「お、流石だな~」
「サンキュー」
ケントは録画機能の付いたオペラグラスで監視していたのだ。
金髪の女性に近づいて行ったメアリーが、その女性に促される様に建物内へ入って行く。
そして、すぐにその姿は見えなくなってしまった。
「グレイ、受信機はどうなってる?」
「駄目だ、受信出来てない……」
「そうか……」
エージェント達の身体には、大抵幾つかの発信機を埋め込まれていた。
それは勿論、目視や金属探知でも発見する事が出来ない仕組みになっている。
「ちっ……磁場の影響か」
グレイは呟くように言うと、メアリーが消えた建物をジッと見ていた。
♢
「どうぞ、こちらへいらして~」
「え、ええ」
(随分と若い女性ね……案内係かしら)
突然の訪問者であるメアリーを、金髪の若い女性は美しい笑顔で敷地内へ招き入れた。
得体の知れない施設と人物に、メアリーの緊張はピンと張り詰めている。
締まりの無いその口調からは、薬物摂取の疑いも考えられる。
そう思いながらメアリーは辺りをそっと見回した。
さっきは道路からすぐに倉庫が見えていたのだが、自分が歩くこの場所は緑の芝生の生えた広い庭だった。
広い敷地は高い生垣に囲まれ、その中に所々木々が茂っている。
振り返ると、少し離れた道路脇に二人が乗る車が見えたが、こちらの様子は向こうからは見えない様だ。
金髪の女性に案内されたのは、一般の日本家屋とは程遠い、異常に大きな洋館だった。
四、五階程ありそうなその洋館は、敵対国の秘密施設にはとても見えないが、これこそがカムフラージュだとも考えられる。
案内されるままに建物内へ入ると、そこには広い玄関ロビーがあり、左手の奥に上へ上がる大きな階段があった。
「さあ、こちらへ」
「ここは一体……」
玄関ロビーから奥へ進むと、広いダイニングとキッチンが見え、その向こうにリビングらしき空間があった。
メアリーは辺りを見まわしながら、玄関からここまでの距離と広さを暗記していた。
万が一にでも電源が落ちた場合、暗闇でも迷わず脱出出来る様にだ。
これは彼女に限らず、諜報部員の基本的な癖である。
「ここは、あなたのお住まいですか?」
辺りを見回しながら暗記している事を悟られぬ様に、前を歩くその人にさりげなく聞いてはみたが、やはりその広さに驚きを隠せなかった。
「ええ、ここに私達は住まわせて頂いてます~」
(住まわせて頂いてるって事は、他に主人が居るって事ね)
振り向きながら金髪の女性が笑顔で答え、やがてリビングのソファーを指した。
「そちらへおかけくださいね~」
その女性はそう言ってから、ダイニングであろう部屋へ入って行った。
広いリビングには真ん中に大きなソファーが置かれており、大きな窓からは裏庭が一望できた。
「こちらは、個人宅ですよね?」
(ここまでおよそ四十五歩……やはり広いわね)
ソファーに腰掛けながら、辺りを見回して金髪の女性に尋ねた。
「ええ。元々は地球の財産です~」
(え? こちら? 誰の事を言ってるの?)
急にここに来た時の不安とは、ある意味違った不安感が溢れて来る。
メアリーはその女性の目を見るが、もしやと精神状態を疑い始めた。
もしかしたら、怪しい宗教団体施設なのかも知れない。
(異常者なのかも?)
そう思った時だった。
「私を探して来たのね」
「―――っ‼」
先程の女性のモノでは無い声が、突然聞こえてゾクッとする。
ダイニングからさっきの女性ではない、別の女性が現れたのだ。
(えっ⁉)
メアリーは咄嗟に、上着の下に隠し持っている胸元の銃に手をかけた。
入って来たのは、銀の髪に銀の瞳をした綺麗な少女だったのだ。
「大丈夫、何もしない」
「なっ!」
咄嗟的に銃を取り出しソファーから立ち上がると、銀髪の少女にその銃を向けて構えていた。
この少女は間違いなく今回のターゲットだ。
「あらあら~そんな取り乱すとは、貴女らしくないですよ~?」
先程の金髪の女性がそう言いながらダイニングから現れ、その両手にはティーセットが乗せられたトレイを持っていた。
「まあ、落ち着きましょうか~?」
笑顔でそう言いながらトレイをテーブルに置くと、ティーカップに紅茶を注ぎだした。
だが、まだメアリーは銃を構えたまま、銀髪の少女から目を離さない。
その銀髪の少女はソファーへ座ると、ゆっくり目の前の紅茶を啜る。
「えっと~、この子はユーナで~私は沙織です~」
そう言われてふと目を沙織へ移すが、銃口はユーナから外さない。
「影浦悠菜さんとその母親……沙織さんですね?」
「ん~まあ、そうですね~」
「沙織さん、今日の事件は悠菜さんの仕業ね?」
「そうなんです~でも、ユーナは仕方なく行動したのよ~?」
呆気なく認めた沙織に、メアリーはこれまでの経験上、その答えの信憑性はあると感じた。
「どうしてとは聞かない。あなた達の目的は何? 所属は何処?」
咄嗟に聞いてしまってから、メアリーは失敗したと思った。
自分たちの様なエージェントであれば、簡単に素性など明かす訳など無いのだ。
勘の良い相手であれば、訊いて来たメアリーが諜報部員だと推測するだろう。
そうなると、メアリーの発言は明らかにエージェントとしても任務の失策になる。
改めてどうやって素性を聞き出そうかと考えた瞬間、銃を向けられていたユーナが答えた。
「ハルトの保護と観察が目的。本来はルーナの監査が任務。所属など無い」
「ハルトってあの霧島悠斗ね?」
咄嗟に聞き返したメアリーに、ユーナは無表情で頷いた。
「で、ルーナって誰? 何処にいるの?」
銃口を向けたまま再度ユーナに訊く。
「ルーナは私の事ですよ~?」
「え?」
そう言われたメアリーは、ハッとして沙織を見た。
「あなたは沙織さんでしょう⁉」
「そうですよ~? あ~そろそろ、あなたのお名前を教えて頂けないかしら~?」
相変わらずの笑顔ではあるが、それが逆に自身の無礼さに気付かされた。
「あ、ああ、失礼……メアリーと言います。英国の――」
またもや自分の発言にハッとした。
急にじわっと全身が汗ばむ。
(えっ⁉ 私、何故言いそうになった⁉)
「メアリーさんね~? 素敵なお名前~」
エージェントになってから今まで、誰かに素性を明かす事など勿論無かった。
例え家族や恋人、配偶者にでさえ知られてはいけない掟があるのだ。
今もメアリーと名乗っているが、それもコードネームだ。
それなのにたった今、この口が発してしまいそうになった。
今までこんな失態など無い。
ましてや、ターゲットの目の前で――この行為はある意味、死を覚悟しなければならない。
動揺で銃を持つ手が微かに震えている。
「え、ええ。それよりどうしてルーナと?」
震える手を辛うじて堪えながらも沙織に訊いた。
「沙織って名は地球でのお名前なんです~」
「ここ?」
「ええ~地球です~」
「で、本来はルーナさん?」
「そうなの~でも、こんな時間に大変なお仕事ですね~さあ、召し上がって?」
笑顔で沙織はそう言うと、メアリーに紅茶を勧めてきた。
明らかに動揺しているメアリーに、沙織は優しく微笑んでいる。
「あ、その銃は今のユーナには無意味ですよ~?」
(無意味って……何を言ってるのかしら)
ゆっくり銃を下すとそっとソファーに腰掛けた。
そして手にした銃を、上着の下に装着しているホルスターに戻した。
だが、念のためにホルスターのロックは解除したままである。
その時のメアリーは、まだ自分の失態に悔やんでいた。
(どうして言ってしまったの……)
「私、どうかしてるみたいね」
そう呟くと、勧められた紅茶を口にする。
その紅茶の香りは記憶にあった。
偶然、数時間前に空港で口にしたものに似ていた。
「大丈夫ですよ~メアリーさんの事は誰にも知らせませんから~」
「そ、そうですか……」
困惑した表情でメアリーは沙織を見たが、その表情はまるで女神の様な微笑みに思えた。
その瞬間メアリーは、この二人に隠し立て等する気は失せてしまった。
だが、二人の素性を聞き出さなければならない。
どう切り出そうかとメアリーが考えていると、そっと沙織が声を掛けた。
「あのね~? 折り入ってメアリーさんにお願いがあるのです~」
そう言った沙織は少し困った表情になると、メアリーに向かい両手を合わせた。
「お願い……ですか?」
「ええ。ユーナが言った様に私達は、ハルト君の保護と観察を目的としています~」
「はい……それで?」
メアリーは小さく頷く。
「私達の決まりでは、地球の運命を左右する行為は、硬く禁じられているのですけど~どうしてもやむを得ない事情もあったり、なかったり~?」
その様子に見兼ねた様子でユーナが口を開いた。
「あの五人は、ハルトの脅威になると予測して排除した。あなたに不都合であれば、すぐにでも元に戻す」
そう無表情で言うユーナを、黙ってメアリーは見た。
(この子、何を言ってるの? 元にって?)
「だが、この先も脅威と判断した場合は、再度私が即座に排除する」
そう言うユーナの銀色の瞳が、怪しげに光るのをメアリーは見た。
「でも、どうして悠斗君を? 何から護っているの?」
メアリーは沙織とユーナを交互に見ながら聞くと、先ずは沙織が答えた。
「ハルト君はね、私達の世界で創られた子なの~だから、ちゃんと成長出来るか観察が必要なのよ~」
「え……」
彼の写真を見る限りでは想定もしなかった事だ。
それに、目の前の二人も見た目は普通の人間にしか見えない。
「あなた達の世界って?」
「こことは違う世界と言うか~別の次元で~異世界ですね~」
沙織が発した言葉に、メアリーの自問自答が始まる。
(異世界⁉ 無いとは言い切れないけど、それって何処にある?)
「突然の事で困っちゃうでしょ~? ごめんなさいね」
申し訳なさそうな表情で沙織がそう言うと、メアリーは何故か逆に失礼な気持ちになった。
だが頭のどこかでは、このまま鵜吞みにして良いものかとも思っていた。
「あ、いえっ! 信じます! ですが、今の状態で公表したら、パニックになると思います」
メアリーの言う通り、それは間違いなかった。
今の世の中に異世界や異次元などが知れたら、間違いなくパニックを起こしかねない。
しかも、その後には私利私欲の為に、異世界を征服しようと企む国も出て来る。
「公表などしない」
「そこでね、メアリーさんのお知恵を拝借したいのです~」
ユーナが無表情でそう言った後、沙織が再度メアリーに向かって手を合わせた。
そうか、この異世界の二人はただ子供を護りたいだけなんだ。
だとしたら、事を大きくせずに収束させなければいけない。
メアリーは考えながら、ふと腕時計を確認した。
(ここへ来ておよそ三十分弱か……)
「まだ実感が無いけど、今は時間が無いの。一旦は車へ戻らないといけないから」
「あら、そうなの~?」
メアリーは名刺を出そうと胸ポケットへ手を入れた。
勿論、名刺は偽名であり、胸ポケットの国際免許証やパスポートでさえ、身に着けている物全ては偽物である。
何処の国の諜報部員でも素性を明かす事等、到底在り得ないのだ。
だが、今回のケースは沙織達と、この後連絡を取り次いでいく必要性がある。
「私の携帯番号を教えておくわ、連絡して下さい」
そして、上着の内側から名刺を一枚出し、その裏へ電話番号を書こうとした。
「それは駄目よ~あなたの通信は記録されるわよ~」
沙織に言われると、ハッとしてその手を止めた。
(それは分かっているけど、どうしたら……)
考えあぐねているメアリーにスッとユーナが携帯を手渡した。
「登録してある番号でこっちへ繋がる」
「あ、ありがとう。これ貸してくれるの?」
携帯を受け取ったメアリーに、ユーナが無表情で頷く。
「取り敢えず今は車へ戻ります。後程連絡しますが……」
そこまで言いながら考えた。
(だけど、どうやって二人に話したらいいんだろう……)
車で待っているケントとグレイには、それなりの報告をしなければいけない。
いい加減な作り話では、二人を納得させる事等出来る筈もないだろう。
しかも、複数の裏組織の任務で動いているチームだ。
怪しいと判断されたら、どんな手段を使ってでも尋問されるだろう。
自国他国に限らず、エージェントの人権などは基本的には与えられていないのが現実だった。
「まあまあ、そんなに考え込まなくても~」
笑顔の沙織が、メアリーのカップに紅茶を注ぎ足しながら言った。
「あ、はい……ありがとうございます」
だが、メアリーにはどうやって対処したら良いかの案が浮かんでいない。
「車の二人を呼べばいい」
ポツンとユーナが呟いた。
「えっ? それは、ちょっと……」
慌ててメアリーはユーナを見たが、彼女は相変わらずの無表情で紅茶を飲んでいる。
(この子、どうして車に二人って分かったの……)
「ん~そうねぇ~いっその事、お二人にも説明したらどうですか~?」
「え……」
「きっといい案も浮かびますよ~」
沙織は手を合わせると、笑顔でメアリーにそう言って来た。
(この人達、事の重大さを理解してないんだわ……)
「でも私、あの二人とは今日初めて会ったばかりで……」
グレイは勿論、ケントも日本に着いた時に初めて会ったのだった。
「あら、私もメアリーさんとは、今日初めてお会いしましたよ~?」
沙織が笑顔でそう言って問いかけると、メアリーは徐々にその言葉の意味を理解した。
メアリーもここへ来てから一時間も経っていないが、その時に初めて二人と会ったのだ。
「そうですよね。急いで二人を呼びますが……」
そうは言ってみたが、メアリーの不安感はまだ消えない。
「そろそろここへ来て三十五分」
ユーナがボソッとそう呟くと、ハッとメアリーは我に返った。
「と、とりあえず呼んできます」
慌てて部屋から出ようとした時、またユーナが声をかけた。
「大丈夫」
「え?」
(何? 何が大丈夫?)
ユーナの意外な言葉に、一瞬立ち止まって振り返る。
銀色の髪をした少女がジッと無表情でこちらを見ている。
だが、銀色をしたその瞳は優しくも見える。
とても男五人を病院送りにしたとは考えにくかった。
「《《三人》》には私が説明する」
「そ、そう……」
(三人? 私も含めてって事?)
そう言われたが、どう見ても自分より年下の女の子に言われても、そのまま真に受けていいのかどうか迷ってしまう。
しかし、今は車の二人を呼びに行かなければいけない。
車の二人は一時間経っても私が戻らなければ、その旨を本部へ連絡する筈だ。
「とりあえず呼んできます」
「はいは~い。あ~お車は敷地の中へ停めてね~? ご近所様にご迷惑かけてしまうし~」
沙織に見送られ屋敷を出たメアリーは、数歩歩いて振り返る。
だが、やはりそこには倉庫の様な建物しか見えない。
(やっぱり、凄い技術だわ)
メアリーが建物の敷地から出て前の道路まで出て来ると、グレイが停車した車から飛び出して来た。
「おっ! どうだった?」
「ええ。二人とも一緒に来てくれる? 事態は深刻だわ」
メアリーの困惑した表情に、グレイと助手席に座るケントは顔を見合わせた。
「メアリー? 大丈夫か?」
流石にケントも尋ねるが、振り向いたメアリーはただ頷いた。
「車はその敷地に入れてくれる?」
そして、グレイにそう言うとまた倉庫へ向かって歩き出した。
「あ、ああ」
慌ててグレイは車を動かすと、メアリーの後をゆっくりと追った。
「なあ、ケント。お前どう思う?」
「ああ、どうしたんだろうね彼女。何か変だね」
「つーか、このまま倉庫へ突っ込むのか?」
メアリーの様子に戸惑った二人は、敷地内へ車を入れて更に驚いた。
「な、なんだこりゃ!」
フロントガラスから辺りを窺っていたグレイが声を上げた。
敷地の外から見た時は明らかに倉庫が見えていたが、敷地の中へ入ると芝生の敷かれた広い空間があったのだ。
そして、左手に大きな洋館が見える。
「凄い技術だね! 何処の国の物だろう、ロシアか中国かな?」
ケントも興味津々に辺りを見回す。
「車はそこでいいと思う」
メアリーが車の横から声をかけた。
「ここか?」
グレイは車を停めると、車から降りて辺りを見回した。
すると、先に車を降りたケントが人影に気付く。
「あれは?」
「沙織さんよ」
メアリーはそう言って沙織へ近寄って行く。
「沙織……って、影浦沙織か?」
グレイは資料で見た記憶を、頭の中に呼び起こしながらメアリーを追った。
「皆さん、いらっしゃ~い」
屈託のない笑顔の沙織に、グレイとケントは戸惑いながら顔を見合わせる。
「こちらへどうぞ~」
そう言って玄関へ入る沙織を、三人は言われるがままに付いて行く。
玄関の中は広々としたロビーの様で、まるで豪華なホテルとも思える。
左右には広い廊下があり、その先は随分先まで続いている。
恐らく、この建物の中をぐるりと囲む様に、この長い廊下があるのであろう。
その様子からもこの建物の大きさが伺えられる。
沙織の後をついて行くと、やがてリビングと思われる広間に来た。
「さあ、そちらへおかけになって~」
沙織にそう言われて何気なくそちらを見たグレイとケントは、反射的に銃を手にしてほぼ同時に飛び退いた。
「――っ!」
広いリビングルームの真ん中に、大きなソファーセットがあり、そこに銀色をした長い髪の少女が座っている。
その少女は間違いなく今回のターゲットであった。
手にした銃のその銃口は床を向いてはいるが、二人共素早く安全装置を解除していた。
「メアリー! これは一体っ⁉」
グレイがメアリーにそう言うが、視線はその少女から放してはいない。
しかし、その少女は自分達を特別気にする事も無い様に、口にしていたティーカップを静かにソーサーに置いた。
「さあ、お二人もこちらへお座りになって~?」
沙織がティーセットを持ちリビングへ入って来ると、メアリーは銀髪の少女の前に座った。
「おいっ、メアリー!」
事態が飲み込めないグレイが、少女から視線をメアリーに移したその時、少女がグレイの方へ振り返った。
銀の瞳は真っすぐにグレイを見つめる。
と、グレイとケントの銃を握る手が意識しなくとも反応してしまい、その二つの銃口は少女に向けられた。
「あ~今のユーナちゃんに、それは意味無いから~しまっておいてね?」
沙織がそう言って、二つの銃口が向けられたままのユーナの横へ座ると、並んだティーカップに紅茶を注ぎだした。
(意味が無いだと……?)
グレイとケントは顔を見合わせると、構えた銃の引き金から指をゆっくりと抜いた。
「メアリー、説明してくれないか?」
ケントがメアリーに問いかけると、ケントを見上げた彼女は神妙な表情で頷く。
「まあ、二人とも銃をしまってここへ座って」
そう言うと、自分の横をポンポンと軽く叩いた。
緊迫した気配は既に削がれ、ゆっくりと銃の安全装置を掛けると、二人は胸のホルスターへ納める。
そして、少女を見ながらゆっくりとメアリーの横へ座った。
一般家庭の応接間とはかけ離れた広さに、若干戸惑いながらもエージェントの三人が、銀髪の少女の前に座っている。
銀色の長い髪に銀色の瞳。
無表情ではあるが冷酷さや殺意などは感じない。
その横には終始笑顔の沙織が座っており、二人の対照的な表情も違和感を醸し出している。
「こちらがグレイ、そちらがケントです」
メアリーがそう二人に紹介すると、沙織がにっこりとグレイ達に微笑むが、銀髪の少女の表情は読み取れない。
「で、どういう事なんだ?」
「まず、こちらのお二人は異世界から来ているという事」
「――っ⁉」
ケントとグレイは声にならずに、その言葉を頭の中で何度も繰り返した。
その言葉を受け入れられずにメアリーの表情を見るが、その表情から決して冗談などでは無い事は理解した。
勿論、異世界の人間などは初めて目にするが、まるで地球の人間そのものだった。
グレイにとっては、異世界の人間など初耳ではあるが、横に居るケントは違った。
これがそうなのかとまじまじと見ていたのだ。
米国のエージェントにJIAとして派遣されている彼は、これまでも異星人とのコンタクトを試みる作戦に参加した事があった。
その作戦書や仲間の報告書に目を通した時に、数種類の異星人だけで無く、異世界の存在を示唆するものがあったのだ。
実は今回、米国の上層部からは異世界人との関連性も、その視野に入れての捜査と作戦を命令されていたのだ。
だが作戦開始早々、まさか異世界人を目の当たりにするとは思っても居なかった。
「その姿は地球人に化けているって事か?」
グレイが低い声で二人に尋ねると、沙織は予想を反した仕草をして見せる。
「化けてませんよ~? あ……お化粧の事ですか~? してませんけど~?」
「いや、そうじゃなくて……」
沙織は鏡の様に反射するトレイに顔を映して、自分の顔を左右から確認している。
グレイは欲しい返答が得られず、呆れてケントと顔を見合わせた時、それを察したのか横に座るユーナが無表情で答えた。
「私は任務の為に普段は姿を変えている」
「何のために?」
「悠斗の間近でその成長を保護観察する為」
「悠斗って霧島悠斗か? 彼といつも一緒に居るのは黒髪の……」
「あの姿は本来の姿では無い」
「え?」
本部でグレイ達が目を通していた資料の中に、霧島悠斗の同級生である黒髪の女生徒が居た。
だからこそ彼らの任務は、その少女と銀髪の少女との関係が最重要捜査であった。
「じゃあ、お前が影浦悠菜という事か?」
銀髪の少女が黙って頷くと、グレイはケントとメアリーの顔を見るが、二人共ユーナの話を聞き入っていた。
「で、そちらの沙織さんが君のお母さんか?」
ため息交じりに沙織を見たグレイが呟くように言う。
「私は《《お母さん役》》の、沙織です~お母さんではありませんよ~?」
「あ、ああ、そうですか」
捜査資料と違いがあってもそこは問題ではない。
問題は二人の異世界の人間が今、自分達の目の前に居るという事だ。
そして、更にその時連れて来た子供を保護観察してるという事だ。
「だが、どうして異世界の子供を、こっちへ連れて来ているんだ?」
本題はそこにある。
何もこっちの世界へ連れて来なくても、異世界で生まれた子なら異世界で育てればいい。
三人はこの問題の核心へ迫った。
お読みいただき、ありがとうございます。
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