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同級生で幼馴染のお母さんに恋してます

 開いて頂きまして、ありがとうございますっ!


 是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。


 なお、誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、


 どうぞご遠慮なくお申し付けください。



【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】


https://ncode.syosetu.com/n1067ho/


 霧島悠斗が高校二年の頃のお話です。



 都心から南へ、車で高速を使えば一時間半。


 都会から程よく離れた、海あり山ありの自然に恵まれた地域。


 あ、俺の名は霧島悠斗きりしまはると高校二年。


 この家で生まれ育って十六年、両親と二つ年下の妹の四人で暮らしている。


「お兄ちゃーん? 支度出来てるー?」


 階下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。


「はいよー!」

悠菜ゆうなちゃん来てるわよーっ!」

「ああ、今降りるよーっ!」


 母さんが言う悠菜とは、家の裏に住んでいる幼馴染の同級生だ。


 こうやって毎朝欠かさず俺を迎えに来て、登下校を共にしている。


 このルーティンは幼稚園の頃から、一日も欠かさずおこなわれてきた。


 今となってはいつからなのかは覚えていない。


 過去に一度、断りの提案をしたんだけどね。


 中学に進学して暫くした頃だったんだけど、このお迎えが何と無く照れ臭くなったのだ。


 だって、毎朝幼馴染の女の子だよ?


 照れ臭かったんだよー。


 だが沙織さんからお願いされて、仕方なく今も続いている。


 あー沙織さんってのは、悠菜のお母さんね。


 机の上の鞄を掴むと部屋を出て、目の前にあるドアをチラッと見ながら階段へ向かう。


愛美あいつはもう部屋には居ないかー)


 俺の部屋の向かいは妹の部屋なのだが、そこに妹の居る気配は無い。


 一階へ階段を降りる最中、階下の玄関に並んで俺を見上げている母さんと悠菜の姿が見えた。


 悠菜はいつも重そうな黒ぶちの眼鏡をかけ、少し長めの黒髪を一つに束ねている。


 見た目が古臭いというか、ハッキリ言って地味な奴だ。


 性格もこれまた大人しく、かなり無口である。


 学校でもまず目立たない。


 影が薄いって言うのかな?


 そして笑わないと言うか、表情を変えない。


 そんな地味で妙な奴なんだが、俺は幼少からずっと一緒に居る為か、全く気にならない。


 こいつに慣れてしまっているのだろう。


 階段を降り切ると、こちらを見上げている悠菜に声をかける。


「よう、悠菜おはよう」

「おはよう」


 相変わらずの無表情で彼女は答えた。


 初対面であれば、間違いなく朝から不愉快な気分になったであろうが、いつもだから気にならない。


 ここまでは大抵毎日同じだ。


 しかし、いつもは妹の愛美が『お兄ちゃん、おそーい!』とか、『お兄ちゃん、今日もカッコいい!』とか、声をかけて来る。


 揶揄からかわれていると分かっていても、毎回デレデレしてしまうのは、俺の何かが欠乏しているのかも知れない。


「あれ? 愛美は?」


 辺りを見回しながらそれと無く聞く。


 愛美が近くに居ないのは体感で分かるけどね。


「学校へ行った」


 愛想も無く悠菜が答えた後に母さんが口を開く。


「あの子ね、今朝は日直で先に行くから、帰りはお兄ちゃんと一緒に帰るって言ってたわよ?」

「あ、そうなの? 帰りは一緒って? んじゃ、連絡来るのかな」


 実は、周りからシスコンだと言われる程に、妹の愛美が可愛く思えて仕方ない。


 前もって伝えて置くが、恋愛感情などでは決してない。


 何だか、昔から妙に懐いてくれるんだよ?


 妹として純粋に、家族として大切に想っているんだってば。


 それに何でも言う事きくし、年下の子分って感じもしない?


 でも彼氏が出来たとか言われたら、激しく嫉妬するかも知れない。



 実は、妹が生まれた時――。


 子供が出来難かった母さんに待望の子供が出来たと、両親はかなり感激していたらしい。


 特に父さんの喜びようは半端なかったと聞かされた。


 その話を聞いた時は、


 俺が生まれているのに?


 って思ったけどさ。


 俺が生まれた後に、不妊気味になってしまった時期があったのかもね。


 ともあれ無事に妹が出来て何よりじゃんね。


 俺としては兄貴をたててくれたら、妹でも弟でもどっちでも良かったんだけどね。



 それからというもの、俺は小さい頃から悠菜と妹と三人でいる事が多かった。


 だから妹の愛美も俺に懐いているのだが、それが父さんの嫉妬を駆ってしまってもいる。


 特に父さんの愛美に対する溺愛ぶりは、俺も母さんも閉口しているのだ。


      ♢    ♢    ♢


「んじゃ、母さん行って来るよ」

「はい、行ってらっしゃい。悠菜ちゃん、今日もこの子を宜しくね」


 悠菜はこくんと頷くと玄関を出た。


 俺もその後をついて行く。


(この子を宜しくねって……)


 こうやって、いつまでたっても母さんに子ども扱いされてる感じがしてる。


 まあ、毎日母さんが悠菜にそう言うから、当たり前の様に聞き流しているけどさ。


 今となってはそこに反抗心は無い。




 そう言えば子供の頃から、悠菜が俺を面倒を見ている感じがあった。


 子供ながらも、俺は兄らしく妹の世話を見ているつもりなのだが、そんな俺の様子を悠菜が見守っている様な、そんな感じがしていた。


 俺の保護者のつもりかよと、少し不満に感じた時もあった。


 だが、何かにつけて悠菜の方がしっかりしているのは俺自身も認めざるを得ない。


 両親も悠菜が一緒なら安心だと、子供達だけの外出も許されていた。


 だから、夜遊びに何度か行った事もあるし、友達と泊りで出掛ける事も容認されていた。


 この辺りはかなり都合よく利用させて貰っている。


(しかしこいつ、妙に母さん達に信頼されてるよな)


 不意に複雑な気持ちになった。


 まあ、年齢よりも落ち着いてはいる。


 なんせ無口で無表情だからかも知れないが、そんな悠菜に俺の両親は絶対的な信頼をしている。


 俺の父さんは悠菜に敬語で話しているのだが、それが実に奇妙な光景でもある。


 それは小学生の頃から……いや、もっと前からだったと思う。


 想像して欲しい。


 アラフォー親父が小学生、しかも低学年の女の子に敬語ですよ?




 そう言えば、愛美がまだ小学校へ上がったばかりの頃に、家族で隣町の夏祭りへ行った際、妹の愛美が迷子になった事があった。


 愛美が居なくなって動揺している俺の手を悠菜がグッと握り、スタスタと器用に人混みをすり抜けて、俺が探したい方向へとスムーズに誘導してくれた。


 程なく愛美を見つける事は出来たのだが、迷子になった愛美は涙を堪えて俺達を探していたのだろう、俺達の姿を確認すると大粒の涙が幾つも零れ落ちた。


 だが、すぐに笑顔になると、あの夜店を見たいと言い出し、楽しそうに俺の手を引っ張ったのだ。


 しかし、愛美を探すうちに今度は俺達が親達とはぐれてしまったのだ。


 愛美は親が居なくても俺達が居れば安心出来るだろうが、その時の俺には安心感などこれっぽっちも無かった。


 だがそれは親とはぐれて心細い感情ではなく、親達を心配させてしまった罪悪感を俺は感じていたのだ。


 嬉しそうに俺の手を引く愛美に、『今はお金が無いから、先にお母さん達を探そうか』と、そう彼女に諭した。


 そして今度は両親を探し始めたのだが、悠菜は特に動揺した様子もなく、黙々と俺の横をついて来ていた。


 まあ、すぐに両親と悠菜の母親を見つける事が出来たんだけどさ。


 その時の両親の反応に拍子抜けしたんだよ。


 それは今も強く記憶に残っている。


 だって、小学校低学年の子供達を、初めて来た土地へ連れて来てたんだよ?


 しかも、夜の祭りで迷子になったとしたら、間違いなく動揺して取り乱すと思いません?


 だけどさ、俺達が見つけたその時、両親達三人はベンチに座って楽しそうに話してたんだよ?


 今思い出しても間違いなく笑顔だったと思う。


 俺達が近づいて行くと母さんは、


『あー来た来た。さあ、夜店でも行こうか~』


 とか言っていた。


 父さんに至っては、


『悠菜さんは、お祭りは初めてですよね?』


 などと、まるで外交官を接待する少しだらしのない官僚の様だった。


 だけどね、悠菜の母親である沙織さおりさんは違ってた。


 沙織さん、女手一つで父親の居ない悠菜を育てているんだけどね。


 自分の娘より先ずは真っ先に俺の傍へ駆け寄って来たんだ。


 そして、俺と愛美の手を握ると、


『何事も無くて良かった~』


 って、笑顔で優しく声を掛けて来たのだ。


 よそ様のお子様に何かあっては一大事、そんな大人の対応だったのかも知れないが、それが俺には心地よくもあった。



 そんな事もあって、俺は悠菜の母親が大好きなのだが、俺の両親はこの沙織さんに対しても、絶対的な信頼感を持っているようだった。


 むしろ、沙織さんには何かにつけてお伺いを立てている様で、俺が高校へ進学する際にも、『大学の付属が良いでしょうか?』と、そんなことを相談していた。


 裏の同級生の母さんへ進路相談などするかよ、と思った事もある。


 両親よりも年下に見える人で、見た目はおっとりとした優しそうな人ではある。


 だが、ああ見えて実は元ヤンとかかも知れない。


 この辺り一帯を仕切っていたレディースの頭とかで、早くに子供を授かったけど、その相手とは結婚もしていなかったとか?


 悠菜のお父さんも暴走族とかで、もしかしたら事故死しちゃったとか……?


 そう考えると、深くは詮索しない方が良さそうだ。


 悠菜だって父親の事、俺に一度も話した事無いもんな。



 ただ一つ、沙織さんには決まり事がある。


 自分の事を決して悠菜のお母さんと呼ばせないのだ。


 俺は物心ついた頃から沙織さんと呼んでいるが、昔から俺の両親も妹の愛美も、そして子供である悠菜でさえも沙織さんと呼んでいる。


 シングルマザーゆえのルールなのかも知れない。


 まあともあれ、裏の沙織さんと悠菜も昔から俺の家族みたいなものだ。



         ♢    ♢    ♢



 学校へ着くと、数名のクラスメイトと挨拶を交わしながら教室へ入る。


 ふと気になったが……。


 教室の中は勿論同級生ばかりいる訳で、見た顔であっても案外挨拶はしないよね?


 友達同士であらたまった挨拶が照れ臭いってのもあるけどさ。


 クラスが一緒だから当然知り合いでも、話した事があまり無いと、教室内で挨拶はしないものだなと感じた。


 だが学校以外、例えば旅行先とかでお互いに他に知り合いが居ない者同士だったりしたら、きっとその時は意気投合するに違いない。


 クラスが違くて見かけた事がある程度でも、『俺だよ俺! 同じ学校だったよな!』とか言ったりするんだろうな。


 そんな事を思いながら席に着く。


「よう、霧島ー! 相変わらずお前ら仲良いよな~アツアツだぜ~」


 銀縁の眼鏡を右手でくいっと上げながら、いつもの調子で近寄って来る。


 こいつにこうやって冷やかされて、もう二年目だから一々反論はしない。


「おお、鈴木、おはよう」


 ああ、こいつは高一の時にクラスメイトになってから、二年に進級しても同じクラスになった鈴木茂すずきしげる


 休みの日もたまに遊ぶ事もあるのだが、自称≪明るいオタク≫だと言うこいつのネット依存は相当なものがある。


 ほぼ全ての情報をインターネットから仕入れており、それを自慢げに話してくる。


 だが、どれも俺の知らない新鮮な情報だから、そこには何にも文句は無い。


「悠菜ちゃん、おはよう!」


 俺の後ろに座る悠菜に、鈴木が満面の笑みで声を掛けた。


「おはよう」


 だが悠菜は、相変わらずの無表情で瞬きもせず、ジッと鈴木を見つめて答える。


 だが、こいつはいつも悠菜に無言でジッと見られて緊張する癖に、毎朝こうやって声を掛ける所は感心している。


「け、今朝もいい天気ですね!」

「そうね」


 そう言うと悠菜はスッと鈴木から目を逸らし、鞄から教科書を机の上に重ねると、一限目の教科書以外を机の中へ仕舞い始めた。


「ちょ、ちょっと霧島いいか?」

「ん? どした?」


 不意に鈴木に袖をつままれ、教室の隅へ引っ張って行かれると、彼は俺の耳元で何やら話そうとした。


 鈴木の顔が近寄って来るその生ぬるい気配に、思わずこの身が仰け反ってしまう。


「な、何だよ急に!」

「いいから、聞け」


 だが、すぐに腕を掴まれ、これ以上離れる事が出来なくなった。


「な、何だよ」

「悠菜ちゃんて、昔からああなのか?」

「は? 悠菜? ああなのかって、どういう事?」


 俺はチラッとだけ悠菜の方を見たが、すぐに鈴木が耳元で言った。


「お前さ、あの子少し変わってるとは思わない訳?」

「あー、そりゃ無口で感情の表現が無いって言うか――まあ、もう慣れたよ」


 そうなのだ。


 悠菜はいつも無表情で淡々としている。


 これは物心ついた頃からで、俺にとっては普通の事だ。


 家族同然にいつも顔を合わせて居るから、そこは何とも感じない。


「絶対に変だぞ? お前の幼馴染って事で、いつもお前と一緒に居るけどさ。それだって普通じゃないって」

「そうかぁ?」

「ああ、結構噂になってんだぜ?」

「え? そうなの?」


 幼馴染って言うよりも、いつも家族絡みの付き合いをして来た訳だし、悠菜は家族のようなもんだ。


「まあ目立たないから、悠菜ちゃんを良く知らない人も多いけどさ。一年の時に一緒だった奴とかは、変人扱いって言うか、何だか特別扱いしてるぜ?」

「ま、マジかよ……」


 ショックだった。


 悠菜の性格は変わっているのかも知れないが、変人扱いとはひどい。


 教室の隅からチラッと悠菜を見て、一瞬気まずい気分になった。


 悠菜が無表情でこちらをジッと見ていたのだ。


 だが、それは想定できた。


 俺が悠菜を見る時は、大抵が悠菜も俺の方を見ていたからだ。


 普段から俺の行動を、ずっと見ている感じはあったのだが、それこそもう十数年もそういう感じであった為か、そこは慣れていた。


 いや、むしろ見られていない方がしっくりこない。


 初めて逆上がりが出来た時や、投げた紙屑がゴミ箱へ入った瞬間など、いつも悠菜の視線が俺に向いていた。


 だが、今の状況では少し気まずい。


 俺と鈴木が悠菜に聞かれない様に、彼女の影口を話している風にも見えてしまう。


 普通ならばすぐさま駆け寄り、何でもないと弁解をしなければいけないのだろう。


 だが仮に、本当に俺と鈴木があいつの陰口を話していたとしても、悠菜はそれを気にするタイプでは無い事も知っている。


 小さい頃から悠菜はそうだった。


 自分自身には全く興味が無いって言うか無関心って奴だ。


 しかし、そんな悠菜だが、俺の事や妹の愛美に関しては違っていた。


 俺や愛美を、まるで歳の離れた弟や妹と思ってる様な、そんな感じだからね。


 少なくとも愛美に対しては完全に、完璧な姉の存在だしさ。


 そんなあいつを変人扱いされて、黙っていられない気分になる。


 だが、ここは冷静に考えなくてはいけない。


「まあ、俺はいいけどさ。お前も苦労するよな」


 そう言うと鈴木は、自分の席へ戻って行った。


(そうだったのか――)


 少しショックを受けながらも自分の席へ座るが、後ろの席へ座っている悠菜は、相変わらずいつもの様子だ。


「何でも無いからな?」


 後ろを振り向いてそう言ってみたが、やはり悠菜は無表情で頷いただけだった。


 実は、俺達の関係を中学校時代に少し問題視された事もあって、今の高校を選んだってのも事実だ。


 小学校の近くにある中学へ二人で進学したのだが、その当時、悠菜が他の女生徒グループに属さない事を、少し違和感に感じた教師が居たのだ。


 何かにつけて悠菜と俺を監視するようになり、俺達に必要以上接近しない様にと指導までされた事もある。


 俺と悠菜が異性として不純な行動をしているとか、色々な事を疑われていたが、俺の両親と沙織さんが、担任だけでなく校長にまで談判していた。


 この高校へ進学してからはそんな問題は無く、その事を忘れかけていたが、やはり男女って事で変な噂が出始めたって事なのだろうか。


「本当だからな?」


 念を押すようにもう一度振り返って悠菜にそう言うと、俺は前に向き直り次の授業の準備をする。


 俺にしてみれば、物心ついた頃から一緒に居た訳だし、一般的な普通の感じってのが、実は今一つ分かっていないのもある。


 だってさ、小学校の頃はうちの家にずっと寝泊りしてたんだぜ?


 寝る時はいつも愛美と一緒だったしさ。


 漫画やドラマでの幼馴染ってのは、何かこう、キュンとしてみたり、ドキッとしてみたりがあるんじゃない?


 愛美にはドキッとさせられた事は多いが、悠菜にはそれは無かった。


 いや、愛美のドキッて奴は、言わばドッキリと言う方が多いから除外だな。


 俺は悠菜を異性として見ていないだけで無く、家族の一員として認識しているからなのかも知れない。


 同い年というより、歳の近い姉の様な感じがあるのだ。


 まあ、昔から何かと面倒見て貰っていたからだろう。


 人一倍面倒見がいいのは、俺と愛美は知っている。


 それだけに変人扱いは許しがたい。


 殆ど言葉を発しない奴ではあるが、発達障害がある訳では無い。


 家で勉強を教えて貰っていたし、愛美の家庭教師でもある。


 高校へ進学する際、進路指導の先生には、かなり上位の進学校を奨められたほどだ。


 あ、俺じゃ無くて悠菜がね?


 しかも、悠菜が勉強をしている印象は無い。


 元々全てを知り尽くしている様な、そんな感じもしていた。


 俺も愛美も勉強で分からない事は、全て悠菜に聞けば解決していた。


 今の高校は大学付属という事もあって、俺もかなり頑張って受験勉強をしたのだが、その時も全て悠菜が教えてくれた。


 元々のポテンシャルの違いなのか、正にこれが天才って奴なのだろうか。


 そんな悠菜が、周りからそんな目で見られているとは、やはりショックでしかなかった。


      ♢    ♢    ♢


 放課後、俺が帰り支度をしていると、鈴木が俺の元へ寄って来た。


「なあ、霧島んとこの妹って中三だっけ?」

「ああ、そうだけど?」

「来年はうちの高校へ来るのか?」

「さあ、聞いてないけど?」

「お前んとこのお母さん、すっげー美人じゃん? 妹も可愛いんだろうな~」


 ハッとして鈴木の顔を見ると、ニヤニヤしながら俺を見ている。


「ちょっと待て。お前、うちの妹狙ってんのか⁉」


 ゾクゾクッと嫌な予感がして来た。


「可愛きゃ、それもありじゃん?」

「駄目だ、駄目だ、駄目だ! 父さんも絶対に許さないし、俺だってお前にお兄さんと呼ばれたくはないっ!」


 思わず席を立ちあがって鈴木に詰め寄った。


 俺と同様、父さんも愛美を溺愛している。


 愛美が自分よりも、この俺に懐いている事にかなり嫉妬しているくらいだ。


「な、何だよ、急に」

「妹だけは駄目だ!」


 そりゃ、いつかは愛美に彼氏が出来る事は分かっているが、今は覚悟など出来ていない。


 しかも、鈴木こいつが愛美の彼氏など、勿論考えた事も無かったし考えたくも無い。


「お前は悠菜ちゃんが居るからいいじゃんか~俺だって彼女欲しいんだよ~」

「はぁ? 俺と悠菜は別だろ」


 ふと悠菜に目をやると、既に帰り支度は済ませており、席に座ってジッと俺達のやり取りを見上げていた。


「そうなの? 悠菜ちゃん」


 鈴木が悠菜を見てそう聞くと、無表情のままこくんと頷いた。


「とにかく、妹は駄目だからな! 悠菜、帰ろう!」


 悠菜にそう言って鞄を持って帰ろうとするが、再度、鈴木に呼び止められた。


「分かった、分かったってばぁ~まあ、待てよ霧島ぁ~本題はこれからなんだよ」

「何だよ、本題って」

「来週のゴールデンウィークなんだけどな。ちょっと付き合ってくれないか?」 

「ん? どこか行くのか?」

「親戚の祭りに誘われてるんだけどさ、宿泊と夕飯、朝飯と昼飯もこっちが負担する! ただし、交通費は自己負担でよろしく!」

「はぁ? 宿泊って、場所は何処なんだよ?」

「親父の田舎。すっげー田舎! そこに二泊!」

「まあ、予定は無いけどな。泊りになると、やっぱり母さんに聞かないとな」

「まあ、そうだよな。お母さんを説得してくれよぉ~どうしてもお前と一緒に行きたいんだよぉ~」


 そう言いながら、掴んだ俺の腕をスリスリさすっていたかと思うと、何を思ったか急に両腕でガシッと抱きついて来た。


 その様子に気付いた数名の女子が、あちこちで悲鳴に似た声を上げる。


「やだっ! あの二人抱き合ってる!」

「うわっ! マジ⁉」

「キモっ!」


 周囲の視線を感じた瞬間、悠菜が異質な目で見られている事を思い出し、咄嗟に抱きついて来た鈴木を慌てて振り解いた。


「わ、わかったっ! 分かったから抱きつくなよっ!」


 振り解かれた鈴木は、そのまま今度は悠菜に向き直った。

 

「それと、悠菜ちゃんも一緒にっ!」


 そう言われた悠菜は返事もせず、いつもの無表情で鈴木をジッと見ているだけだった。


 暫しの沈黙の後、反応が無い事に耐えかねたのか、また俺に向かって言い放つ。


「あ、それとだな。妹も一緒に連れて来いよ!」

「は? どうしてだよ!」

「だって、人数は多い方が楽しいだろ?」

「まあ、そうかも知れないけど……あ、さては最初からそれが目的か⁉」

「じゃ、決定な⁉ 頼むぞ、霧島!」

「妹は聞かなきゃ分かんないぞっ⁉ 母親が良いと言わなきゃだからなっ⁉」


 まあ、母さん達に聞いたところで、悠菜が一緒なら良いと言うだろう。


 それでも事前に話しておかないとな。


 愛美は俺が誘えば、悠菜と一緒なら喜んでついて来るだろうな。


(あれ? どっちにしても悠菜次第じゃん⁉)


 間違い無く悠菜に依拠いきょしてる。


 何だか妙だな。


 こんなに存在感薄い悠菜が、ある意味重鎮の様な気がして来た。


「じゃあ霧島! よろしくな!」 

「ったく……ああ、分かったよ」


 鈴木にそう告げて、悠菜と俺は教室を出た。


 愛美が一緒に帰るとか母さんに言っていた様だが、携帯にはまだ連絡が無いようだ。


「愛美が一緒に帰るとか言ってたんだけど、連絡が無いんだよね~」


 携帯の画面をスライドしながら、それとなく悠菜に言う。


「駅前のファストフード店で待ってると連絡が来てる」

「え? そなの?」


 携帯から目を離して悠菜を見ると、相変わらずの無表情で悠菜は頷く。


 思えば、こう言う事は今までもあった。


 愛美は悠菜の事を本当の姉の様に慕っているし、家族だと思っている。


 だから直接俺に連絡しなくても、俺と行動を共にしている悠菜に連絡してきたとしても、それは何も不思議ではない。


 それにあいつが小学生の頃は、俺達二人が居なければ沙織さんに遊んで貰う事も多かったようだ。


 恐らく沙織さんを親戚の叔母さん、いや今となれば、歳の離れたお姉さんとでも思っているのだ。


「んじゃ、行くか。あいつの方が先に着いてるかもな」


 駅前のファストフード店と言えば、中学の頃から何度も行った事がある。


 色々な商店が並ぶアーケード街にある、若者向けのハンバーガーショップだ。


 俺は携帯をポケットにしまい込むと、悠菜と二人下駄箱へ向かった。


      ♢   


 出入口の下駄箱付近まで来ると、悠菜が俺だけに聞こえる様に、そっと小声で話してきた。


「あの人、何か企んでる」


 突然そう言われて、ハッとしながらも辺りを見回すが、それらしき人は居ない。


「へ? 誰?」

「さっきの人」

「は? 鈴木?」


 もしやと驚いて悠菜を見ると、相変わらずの無表情ではあるが、俺を見つめたままこくんと頷いた。


「た、企んでるって、どういう事?」

「内容は分からない。でも、あの人は何かを企んでる」


 滅多に口を開かないが、悠菜がそう言う時は何かしら理由がある。


 今回も確信があってそう言うのだろう。


 しかし、企むとは穏やかに聞こえない。


 だが、あの鈴木が大層な事を企んでいるとも思えない。


 知り合ってから二年足らずではあるが、ほぼ毎日顔を見てる訳だし、そう悪い奴には感じない。


「んー、あいつ一体何を企んでるんだろうな」

「悠斗が注意していれば、最悪の事態は避けられる筈」

「へ? 注意していればって言われてもなあ」


 あいつが何を企んでいるか知らないが、悠菜が何か裏があると感じ取って、俺に前もって教えてくれたわけだ。


 だが、最悪の事態って何だよ。


(危険な事とでも言うのか?)


 俺にはあいつが俺達に危害を加えるとは到底思えないが、逆に何を企んでいるのかを知りたくなった。


 まさか、悠菜が周りから変な目で見られている事に関係があるとか?


 だが、鈴木が悠菜に嫌われる事を企むとは考えにくい。


 だとしたら何だ? 


 ちょっとしたスリルがリアルに感じられるが、鈴木の企みが何なのかを考えていると、少しワクワクして来てしまった。


 命に危険などあり得ないと、そう思っているからなのであろうが、程よいスリルっていうのは、こうまで気分を高揚させるものなのか。


      ♢    ♢    ♢


 イチョウの並木道を駅に向かって歩き、その駅から西へ一駅が俺の住む街の駅だ。


 車窓には見慣れた景色が流れているが、俺の頭は鈴木の企みとは何かを、あれこれ考察していた。


 勿論、考えた所で見当などつくはずもなく、程なく停まった電車のドアが開くと、独り無意識にホームへ降りた。


 不意に思い出した様に振り返った。


 普段の習慣で何気なく電車を降りてしまったが、悠菜も俺の後を降りていた。


 手が届く程の距離を保っており、俺と目が合うと立ち止まる。


 相変わらずの無表情だが、彼女は手に持った携帯画面をおもむろに俺が見える様に向けた。


「ん? どした?」


 見ると、愛美からのメッセージが映っていた。


≪お姉ちゃん、早く来て≫ 


「もう待ってるんだ!」


 だが、少し違和感を感じたところで、急に愛美の緊張感が伝わって来た。


 同時にざわざわと胸騒ぎを覚える。


 俺は昔から、離れた場所でも妹の感情が分かる時があった。


 それに対しては、妹を溺愛している事の表れだと、都合よく勝手に解釈している。


 駅を出て、愛美の待つファストフード店へ向かうが、自然と速足になっている。


 アーケード街の並びにある、そのファストフード店へ勢いよく飛び込んだ。


 カウンター越しに店員さんが笑顔で対応して来たが、俺はオーダーよりも先に店内に居る筈の愛美を探す。


 するとすぐにガラス窓に近い席に、愛美ともう一人女の子が座っているのが見えると、安心感がドッと溢れた。


「あそこだ!」


 後ろまで来ていた悠菜に振り向いてその方向を指さすと、愛美も俺達に気付いた様子で、ガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、こっちこっちと手招きをしている。


「お兄ちゃん! こっち!」


 俺達が席まで来ると、もう一人の女の子も席を立って頭を下げた。


「こ、こんにちは」

「ああ、こんにちは。えっと、杉本さんだよね?」

「あ、はい」


 悠菜はジッと愛美の顔色をうかがっている。


 やはり俺と同様に、悠菜も何かを感じていたのだろうか。


「愛美、何かあったのか?」

「お兄ちゃん、携帯の電源切れてるでしょ! 怖かったんだから!」

「え? どうして⁉」


 そう言われて携帯を見るが、勿論電源は入っている筈だった。


「げっ! 切れてるじゃん!」

「だから、そう言ってるでしょ? まったくーっ!」


 やれやれと言う表情で、愛美はドリンクのストローをくわえる。


 教室を出た時には確かに電源は入っていたが、その後何かの不具合でシャットダウンしたのだろう。


 それで悠菜に連絡してたのだろうか。


 やはり愛美は俺にも連絡をしていたのだった。


「それよりさ、さっきまで変な人たちに声かけられて怖かったんだよ~?」

「え? どんな?」

「どんなって、五、六人の男の人達。『何だ、まだガキか』って言ってたけど、その内の二人がしつこくてさ~」

「え、マジかよ」


(その口調はチンピラとかの類だよな?)


 じわっと手のひらが汗ばむ。


 その瞬間、頭の中と言うか身体全身に電気が走った様な感覚があった。


「も、もういいよ愛美ちゃん」


 細々とした声で杉本が言うが、愛美の怒りは収まらない。


「でも、酷いじゃん! 半年調教したら使えるとかっ!」 

「ちょ、調教って……そいつら何歳位?」

「高校生くらいの人が二人と二十代位の人が二人、それと三十過ぎ位のおじさんも居た。その人が佳苗かなえの腕を掴んだんだよっ⁉」


 愛美は指で人数を数えながら話している。


「え? おじさんだと?」


(おじさんが女子中学生を調教とかヤバくね?)


 身近に被害者が出る所だったと思うと寒気がする。


 こうして愛美に何事も無かったのは幸いだが、他にも嫌な目にあっている人が居るかと思うと恐ろしい。


 ふと視線を感じて悠菜を見ると、相変わらずの無表情ではあるが、俺の心を読み解こうとしているかの様にジッと見ていた。


「で、そいつらは?」


 愛美に向き直って訊く。


「分かんないよ。ここへ入ったら流石について来なかった」


 ガラス窓から外を伺うが、それらしき奴らは見えない。


 だがそんな事があった今は、愛美の友達を独りで帰す訳にはいかない気がする。


「まあ、杉本さん、後で家まで送って行くからね」

「すみません。ありがとうございます」

「佳苗の家、うちの近くだから宜しくね、お兄ちゃん」


 佳苗は少し安心した表情になり、隣の愛美と目を合わせた。


「ああ、わかった。しかし、怖い目にあったな。もう大丈夫だから!」


 そう言った俺は悠菜と顔を見合わせると、彼女が小さく頷いた様に見えた。


 俺としてみれば、送って行く事になったから宜しくという、目線で送った合図のつもりではあったのだが、何を思ったのか悠菜はスッと立ち上がると、一人そのまま店の入口へ向かった。


「戻って来る迄ここで待ってて」

「え?」

「絶対にここから出ないで」


 俺の目を見て念を押すようにそう言うと、悠菜はそのまま店の入り口へ歩いて行った。


「って、何処行くんだ?」

「お姉ちゃん?」


 唖然としながら悠菜を目で追うが、彼女はこちらを振り返りもせずにそのまま店を出て行ってしまった。


 悠菜が俺から離れて行動するのは、自宅に帰っている時か学校での男女別の授業の時くらいだ。


 いや、勿論トイレや風呂などは言うまでもないだろう。


 だが、俺が単独で出掛けた事の記憶が無い。


 夜中にコンビニへ行こうと思った時にもだ。


 あの時は、偶然悠菜が家の前を歩いていて、そのまま一緒に行く事になった。


 思い起こすと、悠菜に監視されてるのではないかとも思えて来る。


 ストーカーにしてはめっちゃ接近してるよね?


 そんなあいつが行き成り出て行くだなんて……。


 急に不安になったのだが、愛美たちが目の前に居る以上、俺が動揺する訳にいかない。


 彼女たちは怖い思いをした後だ、更に不安になってしまうだろう。


「ま、すぐに戻って来るだろ。少し待ってようぜ」


 そう言ってメニューを見ながら自分自身の気持ちを落ち着かせる。


 そして、悠菜が独りで何処へ行ったのかをあれこれと考えていた。


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