真っ直ぐに見つめて。
華奢で高いヒールに、重いドレスは、歩くのには向かない。でも、ディオス様が、用意してくれた靴は、ヒールが低くて安定しているし、ドレスも羽根のように軽い。
「このドレスと靴は」
「……リリーナは、とてもお転婆でしたからね」
そんな顔、ずるい。
懐かしげに細められた目が、私の瞳を真っ直ぐに覗き込む。そんなに見つめながら、笑いかけられたら、何一つ文句を言えなくなってしまう。
『どうして目を合わせてくれないんですか』
『守護騎士としての、誓いを守るためです』
守護騎士をしていた時のディオス様は、私の目をまっすぐ見ることがなかった。微笑みかけてくれても。たしかに、主人の目をじっと見るなんて、不躾なのかもしれないけれど。
「どうして今は、まっすぐ見つめてくるんですか」
ポツリと漏れ出たのは、私の本音だ。
どうして、今になって。
「……リリーナ。ずっと、こうして、あなたを見つめたかったからですよ」
ほんのひと時、私たちは見つめ合った。
私の葡萄色の悪役令嬢らしい、少しばかり毒々しい色の瞳。
一方、ディオス様の瞳は、どこまでも澄んでいて、熱帯魚が泳いでいそうだ。
「私も、こうして見て欲しかった」
「リリーナ様、光栄です」
「もう、様はつけないのでは、なかったのですか?」
「……それでは、俺のことも、昔のように呼んでください。リリー……」
昔? 昔というと、どこまで昔だろうか。三歳年上のディオス様が、八歳、私が五歳の時に初めて会った。
その時は、ディオス様が、私の守護騎士様になってくれるなんて思っても見なかったから、私たちは仲の良い家族だと思っていた。
弟のルシードは、特にディオス様に懐いていて、良く剣の稽古の相手をして欲しいと、追いかけ回しては、せがんでいた。
あれ…………。どうして、ディオス様は、私の屋敷で育ったのだろう。まるで、家族のように。他に戻る場所なんて、ないみたいに。
「ディオ…………。ディオス様は、どうしてあの日から、ルンベルグ家で暮らすようになったの?」
「リリーナ、それは……。あとでお話しします」
そのまま、手を引かれる。
明らかに、はぐらかされた。
でも、ディオス様は、辺境伯家では、兄たちや弟とも対等な関係だった。
どうして気がつかなかったのだろう。ある程度の身分がなければ、辺境伯の子どもたちと、対等に育てられるなんて、あり得ない。
「表に馬車が、まっていますから」
「……は、はい」
私たちが降り立った、エントランスは、白と淡い水色でまとめられている。エントランスの階段をエスコートされながら降りてくる。
この世界の階段は、ドレスと高い靴のせいで、苦手だったけれど、安定した靴と、軽いドレスのせいか、苦痛を感じない。
改めて内装に目を向ける。
王国のお城は、金や赤が使われて、豪華な印象が先立つのに、この家はただ一言、可愛らしい。
そもそも、辺境伯邸は、城であると同時に、要塞だ。置いてある調度品は、たしかに王国でも、最高級だったけれど、無骨でおしゃれとは程遠かった。
密かに憧れていた、こんな家に。
そして、隣に立つディオス様が、エスコートしながら、私に微笑みかける。
どうしよう、幸せすぎて、何もかも忘れてしまいそうだ。
けれど、三十分後には、幸せすぎた時間なんて忘れ去り、私は呆然と硬直することになるのだけれど。
そんなことも知らずに、ディオス様のエスコートで、私は用意されていた馬車に乗り込んだ。
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