少年の面影は消えて、目の前にいるのは。
「豪華なドレス……」
ゴテゴテとした飾りがないドレスは、逆に素材の良さを引き立てている。こんな布、辺境伯家でも、手に入れるのが難しいだろう。
「姫様の美しさを引き立てる、一番シンプルで綺麗なドレスを持ってきました!」
ミミルーは、自慢げだ。白い耳がピクピクと揺れている。可愛らしい。
「ありがとう、ミミルー。でも、この色」
「よくお似合いです!」
たしかに、淡い紫の髪と葡萄色の瞳をした私には、水色がよく似合う。でも、この色。この南の海みたいな淡いブルーとほんの少しのグリーン。
「えっと、ほかの色は」
「淡ーい金色と、この色ばかりです!」
「えっ?」
どう考えても、ディオス様の色だ。
婚約者でもないのに、ただの、元守護騎士と、令嬢の関係のはずなのに、周囲の誤解が恐ろしくないのだろうか?
それとも、誰かのために用意したのだろうか。
「私……」
「旦那様のお色ですね! 愛されていますねっ」
「え、誤解だわ。ミミルー」
「え? だって、ずっと、旦那様は待っておられたんですよ。そして、準備していたんです」
たしかに、三年前から私がここに来るのは、決まっていたようだ。
でも、ずっと死んでしまったと思って、涙が枯れるほどだったのに、生きていることを教えてくれたって……。理由があるなら、誰にも話したりしなかったのに。
それでも、昨夜、差し伸べられた手を振り払うことも出来なかったのが、私の答えなのだろう。
「リリーナ」
その声に、肩がびくりと揺れる。
この三年間、こうやってもう一度呼んで貰えることを、どれだけ私が願い続けていたかなんて、あなたは知らない。
嬉しくて、悲しくて、やっぱり嬉しくて、危うく、泣いてしまいそう。
振り返った先にいるディオス様は、黒い軍服、飾り紐やマント、つけられた勲章から、それが正装なのだと明らかにわかる装いだった。
胸元に輝く沢山の勲章が、重そうだ。あまりに多い。それは、きっと、ディオス様の三年間の武功の証。
――――それは、いくらディオス様が、王国最高峰の騎士だったとしても、明らかに、命を懸けて、休む間も無く戦い続けなければ、決して得ることができないだろう武功。
守護騎士をしながら、第三騎士団で戦っていた時の勲章の数と比べようもないほど多い。
どうしてそんなに、無茶をしたんですか。
だって、少なくとも、王国軍と戦う魔王軍の中に、ディオス様の姿はなかった。
……一体何と戦っていたんですか。
ここに来てようやく、裏切りとか、寝返りとか、それだけではなく、もっとディオス様が抱える事情は、複雑なのではないかと、思い至る。
そもそも、戦場ですら正々堂々としていたディオス様。まあ、ディオス様との、一騎討ちを受け入れる魔王の顔も見てみたいけれど……。
「リリーナ、美しい」
思考の海から、感極まったような、その言葉に引き上げられる。
あまりに嬉しそうな顔を、ディオス様が私に向けたから。
「こんなに贅沢なドレス……。私が着てしまってよかったのですか?」
「この家にあるものは、全てリリーナのために用意したものですよ?」
「え?」
ディオス様と再会してから、「え?」と疑問符が浮かぶ場面が妙に多い気がする。
攫われるように連れて来られた場所で、大歓迎を受ければ、混乱するのも仕方がないと思う。
「さあ、行きましょう」
白い手袋をつけた手が、差し出される。三年会わない間に、少年の面影は、完全に消えてしまって、今は大人になったディオス様が、そこにいる。
私に向けた笑顔が、あまりに大人びていて、心臓が止まってしまうかと思った。
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