閑話 作戦会議、辺境伯家の三兄弟 2
「兄さんたち、そんな顔して。そうだね。ディオスと俺が似たようなものっていうのは自覚している。だから、ね? 僕に任せてくれないかな。王立学園で、休学の手続きもしてきたから」
ルシードは、いつも兄二人の指示に従う。
物分かりのいい弟だ、リリーナのことが関わらなければ。
「お、おい。王立学園は貴族の義務だ。何を勝手に……」
「学園設立法第52条。王立学園は貴族の義務であるが、貴族子弟である学生の力を借りる必要がある事案が発生した場合には、休学の許可が得られる場合がある」
「――――その条文、実際に許可されたことなかったんじゃ」
「ああ、ごめんね? 第三王子殿下と、魔石の利権について、少し取引しちゃった。それについては、シェアザード兄さん、あとよろしく」
いつもニコニコ笑っているように見えて、糸目で瞳の奥が見えないことで、どこか本人の感情が読み取れない次兄シェアザードが、すっとその瞳を開く。眼鏡の奥の瞳の色は、長兄と同じダークブルーだ。
「ごめんね? でも、シェア兄さんだって、リリーナ姉さんを取り戻したいでしょう?」
「よりによって、あの食えない第三王子に」
「第三王子殿下。聖女様を恋人にしているくせに、周囲が姉さんとの婚約を押し進めているのを止めることも出来ないなんて。まあでも、敵の敵は、味方ってね?」
王族とルンベルグ家の関係は、薄氷の上に立つような、微妙なバランスだ。
王族よりも長い歴史を持つ、ルンベルグ家。
おそらく、王都に本拠を置く第一騎士団と、第二騎士団、ルンベルグ辺境伯領に本拠を置く第三騎士団。真っ向からぶつかって、勝つのは第三騎士団だろう。
もちろん、ルンベルグ家は、王家に忠誠を誓っている。今のところは。
「――――亜人を完全に差別するあの国に、姉さんを差し出すなんて出来るはずもない」
「それは、第一級極秘事項だ。ルシード」
「平気だよ、シェア兄さん。ここには僕らしかいないし、遮音結界は完璧だ」
高度な術式も、ルンベルグ家の始祖の血を濃く継いでいる、ルシードにかかれば簡単なことのようだ。おそらく、このレベルの術式を編めるのは、王都にも数人しかいないだろう。
「じゃ、行ってくるから」
二人の兄が止める間もなく、ルシードの姿はかき消える。
転移魔法の使い手、本人は一番得意なのは幻術だと言ってはいるが、全ての魔術は彼のものだ。
「――――魔王の国に行ったのか?」
「とりあえず、休学理由は第三王子殿下の命令により、ルシードが魔石の調達のために駆り出されたあたりでいいでしょうね?」
「ああ、書類が作成出来たら、執務室に持ってきてもらえるか?」
「ええ。俺たちも行きたいところですが、さすがにルンベルグ家の子弟が全員魔王の国に行ってしまったら、王家からの離反まったなしですから」
「――――リリーナとルシードの件、隠し通せるか?」
「俺を誰だと思っているんです。どんな手を使っても」
ガランドは、再びため息をついた。
ルンベルグ家の力関係は複雑だ。
それでも、誰一人として辺境伯という地位に興味がないゆえに、後継者争いは起こらなかった。
結果、辺境伯を襲名することになった、
剣の腕は超一流だが、魔法が使えない長兄ガランド。
魔力と剣をバランスよく使える、一流の魔法剣士であると同時に、商才にあふれる次兄シェアザード。
そして、始祖の血を継いで、誰よりも魔法を巧みに操る末の弟ルシード。
「そして、リリーナ」
魔王であれば、リリーナの価値をすでに知っているに違いない。
最近は途絶えていた、魔王領とルンベルグ領の交流が、数百年ぶりに再開するのかもしれない。
それは、王族に従っていたルンベルグ家の方向転換を意味している。
「ただの魔王であってくれれば、良かったものを」
本当に、ただ魔王であるなら、戦えば良い。
だが、現実は多くの糸が絡まりあっている。
長兄は執務室でため息をつく。
ルンベルグ家の人間は、やはり特別だ。
四人の中でリリーナだけは、落ちこぼれだという周囲の評価を覆さないのは、そのほうが都合がいいからだ。
大事な妹の身を案じるとともに、ルンベルグ家の未来についても検討する必要が出てきた。
家族への親愛の感情を、一時振り切って、長兄は執務を再開した。
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