助けるって約束したから。
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竜が降り立ったのは、そこだけが可愛らしい街並みにそぐわない、黒い見た目のお城だった。
「こんなに近いんですか……」
ルンベルグ辺境伯領から、魔王の国ガルシアまでは、むしろ王都に行くよりも近いことは知っていた。でも、まさか一日も立たずにたどり着けてしまえるなんて。
「――――竜に乗ってきたからですよ。それに、通常であればピリア山脈を命がけで越えて、さらに都に入る時には強力な結界があります。一週間でたどり着くのは、腕利きの魔法使いであっても困難でしょう」
「そうですか……」
ということは、私みたいな何の力も、特技も持たない人間は、一生たどり着くことができない場所ということだ。たしかに、ゲームの終盤でも、ピリア山脈で凶悪な魔獣と戦い、ようやくたどり着いた魔王国に入るために、いくつもの条件をクリアして結界を解く必要があった。
「それで、どうして私はここに連れてこられたのでしょうか」
冷たい言い方になってしまっただろうか。
だって、どう考えても、私の記憶の中のディオス様と、魔王の将という言葉がつながらない。
「助けるって、約束しましたよね?」
「え?」
ぽつりとつぶやいた言葉。直後に、ディオス様が自分の親指を唇に持って行った動作から、その言葉はおそらく本音で、しかも言うつもりのない言葉だったのだろうと推測する。
私たちは、幼馴染のようなものだ。ある日、父と母に連れられて我が家の一員となったディオス様は、いつだって、家族のようにそばにいた。もしかすると、家族よりもずっと近くに。
――――本人。
心のどこかで、目の前にいる人は、魔王の配下で、幻術を使って私をだましているのではないかと、思っていた。でも、間違いない。ここまでの再現性、辺境伯領、いや王国一の魔術の使い手である弟、ルシードですら不可能だ。
ルシードにいたずらで、何度も騙されたもの。
目の前にいるディオス様はが、本物であることくらいはわかる。
「ディオス様、どうして」
「俺は……。魔王の誘いを受け入れました。もう、王国に戻ることは出来ません」
「どうして? ベールンシア王国を裏切る理由が」
その瞬間の、ディオス様の表情を、おそらく私は一生忘れることが出来ない。
たぶん、今の言葉は、ディオス様の心を深くえぐった。
「どうして、話してくれなかったんです」
ほの暗い微笑み。美しい浅瀬の海の色は、相変わらず大好きなのに、体がこわばる。
どうして、魔王の配下になんか、なってしまったのですか?
それに、話すって、いったい何を?
「――――無理に連れてきた人間が、言うことでもないですよね。でも、リリーナを王国に返すことはもうできない。リリーナは、俺と一緒にガルシア国で生きていくのだから」
でも、ガルシア国は、聖女と第三王子の手で、滅んでしまうのに。
だって、魔王の治める国だから。
それなのに、その事実は、あまりに幸せそうに暮らす、魔王の都の住人たちの姿に、どんどん揺らいでいく。
じりじりと後ろに下がりたくなる。
でも、それをディオス様は許してくれない。
次の瞬間、抱きしめられていたから。
「ディ、ディオス様」
「もう、俺たちは、そんな風に呼びあう関係では、なくなってしまいました。恨んでもいいから、ここにいて下さい」
それは、明らかに懇願だった。
いつも、ほほ笑んで、真っすぐに前を向いていたディオス様が、私に縋るなんて。
どうして、ディオス様が王国を裏切ったのか、魔王の配下に降ってしまったのか。
わからない。わからないのに。
目の前に、確かにディオス様がいて、大好きな香りとともに抱きしめられている。
その事実は、あまりに甘くて、ディオス様のこと、無条件に許してしまいそうになる。
……でも、このまま絆されたら、明らかに悪役令嬢の闇堕ちだ。
本当は、抱きしめ返したいのに、それもできずに私はただ、幸せと葛藤の間で、立ち尽くしていた。
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