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世界に二人だけなら。



 ふわり、とディオス様のお屋敷に、竜が降り立つ。当たり前のように、私を抱えて下ろすディオス様。

 子猫を助けようとして、木から降りられなくなったあの日から、高いところに登ると、すかさずその手は差し伸べられてきた。


 あの子猫は、私が木から降りられなくなったあの日以降も、しばらくの間、高いところに登っては、降りられなくなっていたけれど……。


 いつでも、簡単にディオス様が降ろしてあげていたから。

 ……あの子猫、あんなに懐いていたのに、ある日いなくなってしまった。


 名前が思い出せない。あの子猫。

 楽しい思い出。ディオス様の差し出してくれる、温かくて頼りになる手。


 なくなって、初めて、どれだけ与えられていたのか気がついた、愚かな私。

 ぎゅうっ、と抱きつく。


「ディオス様」

「リリーナ」

「あなたがいる場所に、私もいます。だから、いなくならないで下さいね」

「…………はい」


 大好きな、嘘つきディオス様。

 返事をくれても、その沈黙が、あなたは、また、戦いに行ってしまうと告げる。

 そして、たぶん、ベールンシア王国とも、戦うことになる。そのとき私は。


「……私も戦います」

「お願いですから、俺の後ろで守られていてくださいね?」


 こちらの返答は、淀みない。


 私が戦力にならないことは、理解している。

 それでも、私だって、自分の道は自分で進みたい。


「では、堕ちてきた私に、ディオス様は、何を求めるのですか?」

「えっ?」

「堕ちてきましたよ? あなたの、リリーナです」

「えっ?」


 急に、語彙が死んでしまったらしいディオス様。どちらかと言うと、これは、珍しくて可愛い。


「……俺の、リリーナ?」

「そ、ディオス様の、リリーナです」


 なんで疑問符が、ついているのだろう。

 ここまで、思いを確かめ合ったはずなのに。


 それとも、そう思っているのは、私だけで、この髪色と瞳を持って生まれた姫を、守りたいだけなのだろうか。

 それとも、悪役令嬢として生まれた上に、裏設定まであった幼馴染を不憫に思っただけなのだろうか。


「そんな顔、しないで下さい」

「どんな顔、ですか」

「…………俺の理性なんて、あっという間に、突き崩してしまう、顔です」


 それこそ、どんな顔なのかわからない。

 でも、ディオス様のその顔。少し赤く染まった耳元も、少し下がった眉も、笑いかけて泣きそうな、その顔も。好きで、もう一度目の前にあることが、しあわせで、どうしようもない。


「ディオス様。私、しあわせです」

「……俺のこと、甘やかさないで下さい。逃げられなく、なりますよ?」


 逃げたくなんてない。

 囚われても、いいです。

 その代わり、絶対帰ってきてくださいね?


「このまま、全て捨てて、逃げてしまいましょうか。俺は、リリーナだけいればいいです」


 それもいい。もう一度、お互いの唇が温もりを求めて、近づいていく。

 そっと掴まれた肩が、ジンッと痺れる。

 世界に二人だけ。ディオス様と私だけなら、問題は起こらないのだろうか。


 その瞬間、パンッ! と、手を叩く音がした。


「はい、そこまで」


 振り返ると、そこには、なぜか次兄、シェアザード兄様が立っていた。

 相変わらず、何を考えているか、心の中を探らせない、商人っぽい笑顔を浮かべて。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 堕ちてきて!あなたのものになった!リリーナ!攻めますね*\(^o^)/* 「えっ?」しか言えなくなったディオス様がかわいいです♪ 再会の時に窓を木っ端微塵にした強引さ(^_^;)が懐かしい…
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