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白く輝く稜線と、唯の二人。



 空の上には、私たち二人だけだ。あと、竜。

 だから、ここにはしがらみがない。

 ディオス様が、笑った。かつて、幼い日に二人で笑った時のように。


 遠くに、ピリア山脈の白く輝く稜線が見える。あの山の向こうには、ベールンシア王国、そしてルンベルグ辺境伯領。


「ディオス様……。二人きりですね?」


 竜の上で、ディオス様に、寄りかかる。


「……私のこと、連れ出した理由。そろそろ教えてくれませんか?」


 この会話を聞いている人は、誰一人いない。

 だから、今だけは、私たちは守護騎士と令嬢でもなく、王族の隠された王子と悪役令嬢でもなく、魔王軍の将軍とさらわれた令嬢でもない。


 設定濃いな……。


「今は、ただのディオス様が大好きな一人の女の子ですよ、私は」


 だから、今だけは、私たちに絡みつく、こんがらがってしまったしがらみの糸を断ち切って。


「……三年前、ジークハルト陛下と単騎で打ち合いました。その時、聞いてしまったのです」


 ぐっ……と、私を後ろから抱きしめた力が強まる。頭に柔らかい感触が当たる。


「……リリーナの色は、三百年前の争いの元になった、ガルシア国に生まれた一人の姫の色だと」


 ……まだ、読みきれていない、ディオス様から受け取った、ガルシア国の歴史の話のようだ。

 この、淡い髪色と、葡萄色の瞳。

 やはり、裏設定があるようだ。


「……そのことと、ディオス様が、ガルシア国の将軍になったことと、私を連れ出したことには、関係が?」

「ええ、リリーナの話では、ルンベルグは、悪役令嬢の断罪と共に、ベールンシア王国によって陥落すると」

「……ええ」


 だから私は、必死になって悪役令嬢になることを避けようとしていた。でも、ガルシア国でも、ベールンシア王国でも、最高峰の戦力、そして頭脳、資産を持つルンベルグ辺境伯領が、そんな簡単に陥落するはずない。


「……悪役令嬢は、ルンベルグを陥落させるための、手の一つでしかなかった?」

「どちらかというと、リリーナの力と色が、鍵を握っている……と、ジークハルト陛下は、あの日俺に」


 こめかみに、かかった髪の毛をディオス様がそっと掬い上げた。


「精霊は、その髪を欲しがる。いや、リリーナの全てを欲する。リリーナは、魔力がないのではなく、その体全体から、魔力を出すことができないだけだと、陛下から聞きました」


 精霊が、私の全てを欲する?


 いつも、私の周りに現れる金色に光る小さな精霊たち。そして、不思議な奇跡と引き換えに、渡せば消える私の髪の毛。


 全てを欲する? それは、つまり。

 もう一度、強く抱きしめられる。

 ディオス様が、私の耳元にその唇を寄せる。


「たとえ、何が相手であっても、リリーナは渡せない。それが、俺があなたを連れ出した理由ですよ」

「……巻き込まれます」


 全てが分かったわけではないけれど、乙女ゲームの裏側は、二つの国と悪役令嬢、そして精霊の物語だったのかもしれない。


「……悪役令嬢という、言葉を聞いた日から、リリーナを救いたいと、思っていました。……いや」

「ディオス様?」

「あなたを救うのは、俺であって欲しいと、願い続けていました」

「私は……」

「何にだってなる。なんだってします。だから、俺を選んで。俺の元に、堕ちてきて下さい」


 耳元でささやかれた言葉。


 あなたを巻き込みたくはない、という言葉を言うことはできず、微かに首元で揺れる、その吐息で、私の体は、痺れたように動けなくなっていた。

最後までご覧いただきありがとうございます。


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