弟の勇姿と、過保護な闇。
無風のはずなのに、なびくマントは、ルシードの魔力が、魔法陣の構築なしにも溢れ出るほど強力であることの証だ。
「……すごい」
ルシードが、戦う姿を久しぶりに見る。
兄弟たちと、ディオス様は、よく模擬戦をしていて、それを観戦していたけれど。
……ディオス様が、いなくなってからは、それもなくなってしまった。
兄弟たちは、訓練と称して模擬戦をしていたみたいだけれど、王立学園の休暇に、ルンベルグ辺境伯領に戻っても、ディオス様を思い出すのが辛くて、部屋に閉じこもってばかりいた。
ルシードは、4属性に加えて、光と闇の魔法も使いこなす。
でも、いくら才能があっても、あの若さで、各属性の魔法陣を全て覚えて使いこなすなんて、なかなかできるものじゃない。
バチンッと小さな雷鳴が、足元に小さな光を散らばす。ルシードが、剣を抜いた。
「……そうか、本気をまだ出してないのね」
体力に対して、魔力の回復には時間がかかる。
一対多数の短期戦に比べ、こういった、連戦を魔術師は苦手とする。魔力切れを起こしてしまうから。
つまりルシードは、得意の広範囲魔法を使わず、魔剣士としての闘い方で、ここまで上り詰めたのだ。
「シェアザード兄様と、同じくらい強くなっている」
足元に弾ける魔法に、手助けされて、風のようにアベル様に狙いを定めたルシード。
けれど、対するアベル様は、戦いの最中だというのに、殺気すらなく、ゆらゆら漂うクラゲのような雰囲気だ。
ゆらりと振るわれた剣は、ルシードの首をまっすぐに捕らえる。
魔力障壁に弾かれて、その剣は止まる。
「やば。全く見えなかった」
「うわ、本気で斬りつけたのに。すごいですねっ!」
楽しそうだけれど、本気で首を斬りつけたら、防がないと死んでしまう。
「……はあ。絶対に、序列3位にあがって、ディオスと戦うつもりだったのに、雲行きが怪しくなってきた」
「俺のことは、眼中にない感じですか?」
「いいや。強いな、アベルは」
ルシードは、そう言って、もう一度足元に雷鳴を轟かせ、今度は大きく距離を取る。
「気配が掴めないなら」
練武場の観覧席手前まで、巨大な魔法陣で地面が埋め尽くされる。
「あはははっ。観覧席手前に、姉さんを守るための強固な結界。俺の全力でも、破れる気がしない。だから、今の俺の本気を出すよ。ディオス!」
結界が作られているらしい。
あ、あの……。ルシードの本気って、ルンベルグ家でも、屋敷が倒壊するからと、兄様たちに禁止されていますよね?
――――アベル様、逃げてぇ!
それなのに、急に気配を消すのをやめたらしいアベル様は、練武場の真ん中で逃げる様子もなく立っている。
さっきまで見えなかった、少し垂れ目の大きな瞳。微笑んだ表情が、どこか巨大な魔法陣と吹き荒れる嵐とチグハグで、誰もが声を出すこともできず、固唾を飲んで見守る。
ドンッという、鈍い地響きともに、巨大な嵐が、闘技場を吹き荒れる。全てを吹き飛ばしてしまう、魔力の嵐。
「ひゃっ!」
あまりの魔力の強さに、髪の毛がバサバサと乱れ、メガネも外れて飛んでいく。
結界を越えて、こんなに威力があるなんて……。
よろめきそうになった体を、誰かが支えてくれる。その瞬間、私たちの周囲だけ、完全に風どころか音もなくなった。
優しい香り、そんな人、一人しか知らない。
「申し訳ありません。完全に防ぐつもりだったのに。次は、この魂を糧に結界を練りますので、どうかお許しを」
「えっ、やめて下さいねっ? 冗談ですよね? ダメですよ!」
ディオス様は、微笑んで首を傾げた。
これくらいの風で、そんな魔法を使われては、心配のあまり私の命の方が削れてしまいそうだ。
いつから、こんなふうになってしまったのだろう、ディオス様は。
いや、三年以上前には、すでにこんなところがあった。間違いない。
「……そんな魔法、ディオス様が使おうとしたら、私だって奥の手を使いますからね!」
「………………わかりました。リリーナの、危機にだけ使います」
渋々と言った様子のディオス様。
了承を得られたのか、不安が増したのか。
命の危機になど、陥らないようにしよう、と私は決意を固めるのだった。
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