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口元の花びらのかけら



 着替えさせてもらったワンピースは、浅瀬の海の色のグラデーション。

 膝下丈で、軽く膨らんだ裾のシンプルなワンピース。最近、この国では、この色が流行っているらしい。


「早くっ、早く行きましょう? ディオス様」

「その前に、色だけは変えておきましょう」

「え?」


 ディオス様が不思議な七色の粉を私に振りかける。腰まで伸びた淡い紫色の髪は、一瞬にして亜麻色になった。手渡された眼鏡をかければ、葡萄色の瞳は、二人の兄様、そして弟とお揃いのダークブルーになった。


「わぁっ!」


 ディオス様に手を引かれて街に繰り出せば、そこはファンタジー世界だった。

 もちろん、ミミルーとの出会い、精霊たち、実在する魔法、ファンタジーだなぁ、と思っていた。


 でも、次元が違う。

 王都のメインストリートは、猫耳犬耳もふもふであふれかえっている。服装も、現代日本がミックスされているようなベールンシア王国に比べて、ファンタジー要素が強い。


 握りしめられた、ディオス様の手は温かい。

 私は、幸せをかみしめていた。


「あれは?」

「ああ、仙人桃の樹液を固めたものを煮て、回復薬の材料になる木の実や花を浮かべたものですね」

「仙人桃って、超高級品の……」


 どうして、そんなものが街中に普通に売っているのだろうか。


「――――ベールンシアでは、珍しくても、仙人桃ならそこらにたくさん生えていますから」

「あ……」


 仙人桃が高い理由は、国境を越えないとなぜか生えていないからだ。

 魔王領からの、密輸品、あるいは危険を冒して取りに行かない限り手に入らない。


 ――――私が熱を出すと。兄弟たちとディオス様が、大騒ぎして、なぜか煮詰めた樹液を飲ませてくれた。

 今に思えば、どうやって手に入れてきたのか、鳥肌が立つ。


「は、そういえば、リリーナが熱を出した時には、国境すれすれまで、四人で取りに行きました。ルシードが結界を少しだけ壊して、俺たちが手を伸ばして。懐かしいですね……」


 だから、聞きたくなった。

 ディオス様は、懐かしい思い出のように、簡単に笑いながら話すけれど。


 ――――そう、笑いながら、ディオス様は、仙人桃の樹液に色とりどりの木の実や、かわいらしいエディブルフラワーが浮かんだ飲み物を購入して、一口飲んだ。


「毒は入っていないようですね……。どうぞ」

「――――え? 毒?」


 こんな街中で、毒を入れてくる人間なんて、いないに違いない。

 これは、ただの間接キスというのではないだろうか。

 からかわれているのかと、一瞬思ったけれど、ディオス様は極真面目な顔をして、首をかしげる。


 ……望まれない王族として育ったディオス様は、子どもの頃から、そんな思いをしてきたのだろうか。あるいは、私たちから離れた、三年前から今まで。


 辺境伯領は、王都から遠く離れ、私は周囲に守られて育った。

 王都の学園は、厳重な警備体制だった。第三王子殿下と、学友でもあったから、私たちの学園の警備は、なおさら厳しかっただろう。


 平和な世界に生きていた私は、ディオス様のいる世界に気が付かないまま、ただ甘えていた。


「いただきます」


 毒見のつもりで、他意がないディオス様に対して、失礼だったと反省しつつ飲む。

 甘いシロップで味付けされていた琥珀色のトロトロしたそれは、ほんの少しほろ苦い。


「――――ふふ、間接キスだって、気が付いていましたか?」

「はぇ⁈」

「口に、花びらのかけらが、くっついていますよ」


 ディオス様が、私の唇から、白い花びらのかけらをつまみ取り、ぺろりと食べてしまったのを、スローモーション再生を見ているように見つめた。

 そのあと、頬に急激に熱が集まってきたのを感じて、私は両方の手のひらで、頬を隠した。


最後までご覧いただきありがとうございました。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ディオス様はなかなか策士ですね笑 口の端を歪めた表情はとってもビターでドキドキ(≧∀≦)でしたが、 花びらぺろりは甘〜い(//∇//) ありがとうございます♪
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