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歴史の裏側と塞がれた視界



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「それじゃ、行ってくる。姉さん、ちゃんと大人しくしていてよ?」

「行ってらっしゃい」


 翌朝、弟は、ディオス様とお揃いの、ガルシア国の黒い軍服に身を包んでいた。


 冗談なのかと思ったのに、ルシードは妙に気合を入れてガルシア国、魔術師団へ出かけて行った。

 ベールンシア国の魔術師団にも所属しているルシード。


 すでに、国家間の大問題に発展しつつある。


 それとともに、まだ二十代前半でありながら、眉間の下あたりを揉んでいる、苦労人の長兄、ガランド兄様の姿が浮かぶ。今回だって、私とディオス様、そしてルシードのために、矢面に立っているに違いない。

 そして次兄のシェアザード兄様は……。

 想像の中の彼は、交渉の席で負けることはないだろう。このお方こそ魔王だったのかな? という感じの、腹黒い微笑みが目に浮かぶ。


 兄様たちのことや、ルンベルグ辺境伯領、そして聖女と第三王子。

 ディオス様のことについて……。世の中は、心配ごとで溢れかえっている。

 でも、そのほとんどの心配ごとは、気にしたところで、この部屋から出ることが出来ない私には、どうすることも出来ない。


「――――読もう」


 部屋の端の、定位置にもぐりこむ。

 ソファーは、足を延ばして座ることはできるけれど、寝転ぶほどのサイズはない。

 その窮屈さが、何とも落ち着く。


 本を読み始めると、ミミルーが紅茶と焼き菓子を用意してくれた。一つつまむ。

 予想と違い、ほんの少しピリリとスパイスが効いている焼き菓子に、思考がクリアになる。

 それと同時に、感想を待っているピクピクと動く猫耳に癒される。


「美味しいわ」

「良かったです!」


 ピョンピョンと跳ねるように去っていく侍女の背中を見て、教育の二文字が浮かばなくもなかったけれど……。やるときはやる子だ、大丈夫だろう。


 再び、手元の本に視線を落とす。それは、私の目から隠されていた、ガルシア国の歴史書だった。


 三百年前、何が起こったのか。ディオス様が、戦い続けているのが魔獣なのであれば、魔王が魔獣を従えて、当時のベールンシアに攻め込んだというのは、少なくとも事実ではないだろう。


「――――三百年前」


 私は、夢中になって読み始める。

 歴史書というよりは、物語として語られる内容は、興味深く、まるで乙女ゲームの裏設定みたいだった。


『ガルシア陛下、すでに魔獣はあふれ出し、南下を始めました。私は、彼の地で魔獣と戦います』


 それは、のちの英雄王、初代ベールンシア王の言葉だった。

 ガルシア国の将軍は、南下し当時のベールンシアを平定していく。当時は、ガルシア国の領土だった、辺境ルンベルグの領主、そして聖女とともに。


 魔獣は、彼らの活躍により、その勢いを弱めた。

 そして、ベールンシアは、ガルシア国から独立し、新たな国となる。

 初代ベールンシア王は、ガルシア国を裏切ったのだ。


 魔獣があふれる国、ガルシア。

 新たな王を立てた、ベールンシア。

 その間に挟まれる、ルンベルグ。


「リリーナ」


 どうして、ルンベルグの領主は、ベールンシア側についたのだろう。その答えは。


「リリーナ」

「きゃう⁈」


 急に横に現れるのは、やめて欲しい。

 ジト目で見る私。なぜか、ため息をついたディオス様。


「……驚かせましたか。何度も呼んだのですが」


 本に夢中になっていた、私がいけなかったのかもしれない。

 それにしても、ルンベルグ領の長女と聖女の関係は、まるで……。


 そこまでで、思考を切り替えることにした。


「…………ディオス様、今日はお休みですか? こんな時間に、いるなんて、珍しいですね」


 魔獣は、湧き続けている。

 ディオス様に休みらしい休みはない。


「ええ……。ガルシア国軍が、ブラックだと誤解されるから、休みを取れ、と命令されました」


 命令されないと、休みを取らないとは。

 魔獣を倒しているか、魔王軍の将軍として、部隊の訓練をしたり、遠征に参加したり、体がいくつあっても足りないだろう。


 でも、たぶん、その全てをこなすのが、当たり前だと思っているに違いない。

 ディオス様のことが、ますます心配になる。


「それに、ルシードにも、今日こそは、リリーナを外に連れ出すように詰め寄られました。それに魔獣は、一人で倒すものじゃないらしいです」


 弟のいうことは正しい。魔獣は普通、一人で倒すものではなく、みんなで倒すものなのだ。


「俺と出かけていただけますか?」


 これは、デートのお誘いだろうか。

 そう、私たちは、好きだと伝えあったのだ。

 胸キュンの展開があってもいいと思う。


「喜んで!」


 ぎゅっと抱きついてみたところ、ディオス様の耳が赤くなった。じっと見ていたら、唇の端を歪めたディオス様が、強く抱きしめてきて、私の視界は塞がれた。




最後までご覧いただきありがとうございます。


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