歴史の裏側と塞がれた視界
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「それじゃ、行ってくる。姉さん、ちゃんと大人しくしていてよ?」
「行ってらっしゃい」
翌朝、弟は、ディオス様とお揃いの、ガルシア国の黒い軍服に身を包んでいた。
冗談なのかと思ったのに、ルシードは妙に気合を入れてガルシア国、魔術師団へ出かけて行った。
ベールンシア国の魔術師団にも所属しているルシード。
すでに、国家間の大問題に発展しつつある。
それとともに、まだ二十代前半でありながら、眉間の下あたりを揉んでいる、苦労人の長兄、ガランド兄様の姿が浮かぶ。今回だって、私とディオス様、そしてルシードのために、矢面に立っているに違いない。
そして次兄のシェアザード兄様は……。
想像の中の彼は、交渉の席で負けることはないだろう。このお方こそ魔王だったのかな? という感じの、腹黒い微笑みが目に浮かぶ。
兄様たちのことや、ルンベルグ辺境伯領、そして聖女と第三王子。
ディオス様のことについて……。世の中は、心配ごとで溢れかえっている。
でも、そのほとんどの心配ごとは、気にしたところで、この部屋から出ることが出来ない私には、どうすることも出来ない。
「――――読もう」
部屋の端の、定位置にもぐりこむ。
ソファーは、足を延ばして座ることはできるけれど、寝転ぶほどのサイズはない。
その窮屈さが、何とも落ち着く。
本を読み始めると、ミミルーが紅茶と焼き菓子を用意してくれた。一つつまむ。
予想と違い、ほんの少しピリリとスパイスが効いている焼き菓子に、思考がクリアになる。
それと同時に、感想を待っているピクピクと動く猫耳に癒される。
「美味しいわ」
「良かったです!」
ピョンピョンと跳ねるように去っていく侍女の背中を見て、教育の二文字が浮かばなくもなかったけれど……。やるときはやる子だ、大丈夫だろう。
再び、手元の本に視線を落とす。それは、私の目から隠されていた、ガルシア国の歴史書だった。
三百年前、何が起こったのか。ディオス様が、戦い続けているのが魔獣なのであれば、魔王が魔獣を従えて、当時のベールンシアに攻め込んだというのは、少なくとも事実ではないだろう。
「――――三百年前」
私は、夢中になって読み始める。
歴史書というよりは、物語として語られる内容は、興味深く、まるで乙女ゲームの裏設定みたいだった。
『ガルシア陛下、すでに魔獣はあふれ出し、南下を始めました。私は、彼の地で魔獣と戦います』
それは、のちの英雄王、初代ベールンシア王の言葉だった。
ガルシア国の将軍は、南下し当時のベールンシアを平定していく。当時は、ガルシア国の領土だった、辺境ルンベルグの領主、そして聖女とともに。
魔獣は、彼らの活躍により、その勢いを弱めた。
そして、ベールンシアは、ガルシア国から独立し、新たな国となる。
初代ベールンシア王は、ガルシア国を裏切ったのだ。
魔獣があふれる国、ガルシア。
新たな王を立てた、ベールンシア。
その間に挟まれる、ルンベルグ。
「リリーナ」
どうして、ルンベルグの領主は、ベールンシア側についたのだろう。その答えは。
「リリーナ」
「きゃう⁈」
急に横に現れるのは、やめて欲しい。
ジト目で見る私。なぜか、ため息をついたディオス様。
「……驚かせましたか。何度も呼んだのですが」
本に夢中になっていた、私がいけなかったのかもしれない。
それにしても、ルンベルグ領の長女と聖女の関係は、まるで……。
そこまでで、思考を切り替えることにした。
「…………ディオス様、今日はお休みですか? こんな時間に、いるなんて、珍しいですね」
魔獣は、湧き続けている。
ディオス様に休みらしい休みはない。
「ええ……。ガルシア国軍が、ブラックだと誤解されるから、休みを取れ、と命令されました」
命令されないと、休みを取らないとは。
魔獣を倒しているか、魔王軍の将軍として、部隊の訓練をしたり、遠征に参加したり、体がいくつあっても足りないだろう。
でも、たぶん、その全てをこなすのが、当たり前だと思っているに違いない。
ディオス様のことが、ますます心配になる。
「それに、ルシードにも、今日こそは、リリーナを外に連れ出すように詰め寄られました。それに魔獣は、一人で倒すものじゃないらしいです」
弟のいうことは正しい。魔獣は普通、一人で倒すものではなく、みんなで倒すものなのだ。
「俺と出かけていただけますか?」
これは、デートのお誘いだろうか。
そう、私たちは、好きだと伝えあったのだ。
胸キュンの展開があってもいいと思う。
「喜んで!」
ぎゅっと抱きついてみたところ、ディオス様の耳が赤くなった。じっと見ていたら、唇の端を歪めたディオス様が、強く抱きしめてきて、私の視界は塞がれた。
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