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初代魔王の妃と同じ色をした少女



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 ディオス様は、望まれない王子として生を受けたという。

 ガイアス国から、表向きは嫁いできたラベラハイト公爵家の三女レティア様。実際のところは、レティア様は、ガイアス国とベールンシア王国の一時的な休戦のために、送り込まれた人質だった。


 だが、その存在は、ごく一部の人間にしか知らされていない。

 この国で、朽ちていくだけの存在、それがディオス様の母、レティア様の運命だった。


「――――どうして」

「母と陛下は、一目で恋に落ちたと言います。そして、誰にも望まれない、俺が生まれた」


 今なら、ガルシア国が、本当は魔王の国なんかじゃないことを私は理解している。

 国内の安定のため、敵国を作る。魔王の国だという認識のほうが、ベールンシア王国にとって都合がよかったのだろう。


「母は、俺を守るために、三百年前までは、ガルシア王家の忠臣だった貴族に、庇護を求めました」


 聞かなくてもわかる。それが、ルンベルグ辺境伯である父様とその夫人である母様だったのだろう。


「それでも、母が生きている間は、人質として俺も生かされていた。母が儚くなったあの日、ルンベルグ辺境伯夫妻が、俺を連れ出してくれなければ、とっくに命はなかったでしょう」

「お父様と、お母様が……。ベールンシア国王陛下は、守ってくれなかったのですか?」

「――――母を愛していた陛下は、俺のことを愛したわけではないので」


 あの日、私のお気に入りの庭園で、一人涙をこぼしていた幼いディオス様。

 たった一人の味方を失って、どれほど心細かっただろう。

 直後、父と母から私たちに紹介されたディオス様は、感情を隠していたけれど。


「だから、俺のせいなんですよ。ルンベルグの先代辺境伯夫妻が亡くなったのは」

「――――かつての忠臣って、どういうことなんですか」


 父様と母様は、ディオス様のせいで死んだわけではない。

 王国に、殺されたのだ。

 人は生まれを選ぶことはできない。だから、幼かったディオス様に非があるはずもない。


「長い歴史においてルンベルグ辺境伯領は、ガルシア国の一部でした。初代ベールンシア国王とともに、当時の辺境伯が魔獣と戦い、ベールンシア王国が建国した三百年前までは」


 三百年前といえば、魔王のせいで、魔獣がベールンシアに流れ込んできた時期だ。英雄である初代国王が、その混乱の中、ベールンシア王国を建国したという。

 少なくとも、ベールンシア王国側の歴史書には、そう記されている。


「ルンベルグ辺境伯家はベールンシア王国、というより英雄王の子孫である国王個人に忠誠を誓ってきた。――――最近になって、初代魔王の妃と同じ色を持つ、一人の少女が生まれるまで、状況は変わらなかった」


 初代魔王の妃と同じ色の少女……。

 ガルシア国王の、葡萄色の瞳と同じ色の、私の瞳。そして、ほかの人たちには見受けられない、薄紫のスミレ色をした私の髪……。


 どうして、悪役令嬢は断罪されるのか。

 辺境伯家はどうして没落してしまうのか。

 それは、乙女ゲームには語られなかった、魔王と悪役令嬢側からの視点の真実なのだろう。


「――――これ以上は、その本を読んでいただいたほうがいいでしょう。俺が、予想していたのより、ひと月以上は早く、その棚の本を読み切ってしまいましたね」


 私は、床に落としてしまっていた本を拾った。

 ルンベルグ辺境伯の大きな図書室。父様や母様、そしてガランド兄様たちが、私の目に触れないようにしていた情報がこの本の中にあるのだろう。


「守られて、いたんですね」


 父様と母様、兄様たち、そしてディオス様に守られていたという事実が、おぼろげな輪郭をはっきりとさせていく。たぶん、私と同じ髪を持つ弟のルシードもそうだ。

 それでも、今のルシードは自分の身は自分で守るだろう。力を持っていない、私と違って。


「――――そう、これからも守られていてください」

「状況によるわ」

「リリーナらしいですね……。では、俺は全力で、あなたをここに、捕らえておくことにします」


 ほほ笑んだディオス様の決意は固いようだ。

 たぶん、魔力を待たず、体力も人並み以下の私は、この鳥かごから逃げ出すことはできない。

 それでも、もしそのかごの扉が開いたとき、私は何を選ぶのだろう。


 世界で一番大好きなディオス様を、選びたい。

 心からそう思う。けれど、ディオス様は私のためなら、どんな犠牲でも払ってしまいそうだ。


「――――守って下さってありがとうございます。好きです」

「そんなに、美しい言葉で表せる状況では、ないと思いますよ?」

「それでも、好きです」


 状況により、私の選択は変わってしまうのかもしれない。

 でも、この気持ちだけは、変わることがない。それだけは、はっきりしていた。

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