表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/47

おかえりなさい。



 膝枕をしながら、そっとディオス様の髪を梳く。サラサラとした淡い金色の髪の毛が、光を反射する。


 上半身を起こしたディオス様は、私の瞳を覗き込んだ。そういえば、ガルシア国王陛下は、私と同じ瞳の色をしていた。


 幸せそうに暮らす、ガルシア国の多様な種族の人々。ガルシア国王陛下も、魔王と呼ばれるような人には見えなかった。


 私の望んだ世界。それがこの国にはある。


「俺は、魔王の手先になった裏切り者です」


 それなのに、ディオス様は、もう一度私を抱きしめて、そんなことを言う。


「それなら私も、一緒に裏切ることにします」

「……リリーナ?」

「何か理由があることくらい、わかります。そんなにボロボロになって、何をしようとしているんですか?」

「……それは」


 そのあと訪れた、長い静寂は、きっと理由を話さないという意思表示なのだろう。

 それでも、間違いなくディオス様が、ベールンシア王国を離れた理由には、私が関係している。

 もし、もしも関係してなかったとしても、こんなに傷だらけになりながら、戦い続けているディオス様を一人にするなんてもうできない。だって、生きているって、傷ついているって知ってしまったから。


 私は、ディオス様の背中に手をまわして、抱きしめ返した。

 自分から、抱きしめてきたくせに、ディオス様は、ひどく動揺したように肩を揺らす。


「――――嫌です」

「リリーナ? いったい何が」

「こんなの……。ディオス様が、こんなに傷ついているのに、何もしてあげられない」

「え……?」

「ディオス様、こんなに傷だらけになったら、私も、痛くて苦しいです」


 肩をつかんで、引き離される。

 泣かないつもりだったのに、涙が出て止まらない。

 どうしてですか。どうして、そんな風に、傷つく道を選ぶんですか?


「う……うくっ」

「泣かないで欲しい……。俺は、平気だ」

「平気じゃないです。平気なはずないです」


 ディオス様は、優しい人だって知っている。

 誰かのために、自分が傷つくのなんて、平気な人だって。

 でも、傷がつけば痛い。誰にも理解されなければ、苦しい。


 ガランド兄様も、言っていた。誰かが止めないと、ディオス様はいつも誰かのために一番前で戦ってしまうって。それは、今も変わらない。気が付かないままに、ずっと一人で戦わせてしまった。


「死んでしまったと思っていたんです……」

「――――そのように、勘違いするように俺が仕向けたんですよ」

「ああ、でも、今はそんなことどうだっていいんです。だって……。ディオス様、知っていました?」

「何を……」


 涙がとめどなく零れ落ちる。ディオス様がいなくなった時、私の心は死んでしまったと思っていたのに。ディオス様が傷ついていることを知ってしまった瞬間から、また嘘みたいに心がひどく痛くて苦しくなるなんて。


「私が、ディオス様がいないと、ダメになってしまうなんて」


 南の海の色、これでもかというほど見開かれた瞳。

 私の中では、こんなにも当たり前のことが、まったく伝わっていなかったことに、もどかしさを感じる。

 守護騎士として、そばにいてくれるのが当たり前になっていた。

 ずっとそばにいてくれると、無条件に信じていた。


「――――それは、どうして」

「本当にわからないんですか?」

「俺には、そんな価値がない」

「どうしたら、伝わりますか? 私にとって、ディオス様は、心の一部なんだって」


 ディオス様の胸をそっと押しのけて、うつむく。

 こんなの、私の一方的な思いを、押し付けているだけだ。

 もしかしたら、拒絶されるかもしれない。でも、それでも伝えたい。


 どうして、伝えなかったのだろうと、悔やみ続けていた。

 三年間、何度も繰り返し、もう一度チャンスがあれば絶対伝えるのにと、後悔していた。


「私は、ディオス様のことが、誰よりも、す……」


 その瞬間、伝えかけた大事な言葉とともに、唇が奪われる。

 押しのけていた力が、抜けていく。ゆっくり離れていく、唇のぬくもりが、名残惜しくて。切なくて。


「――――愛しています。でも、俺はこれからも変われない」


 うん、たぶん三年前の私だったら、その言葉に絶望した。

 でも、今の私にとっては……。


「嬉しいです。私も愛しています」

「――――三年かけても、あなたを閉じ込めて守る以外の方法を、見つけることが出来なかった」

「それなら、ここに帰ってきてください」

「リリーナには、日差しの降り注ぐ明るい場所が、似合うのに。それでも……」


 十分だ。ディオス様が、何を抱えてしまったのかは分からない。でも、そうやって守ろうとしてくれていたことが分かって、悲しいのに嬉しい。


「お帰りなさい、ディオス様」

「――――ただいま、リリーナ」


 やっと、本当に私の元に帰ってきてくれたディオス様を、私は強く抱きしめる。

 きっと、初めて会った時みたいに泣いているだろうディオス様も、縋り付くみたいに私のことを抱きしめ返してきた。

最後までご覧いただきありがとうございます。

『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ