秘密ですよ?
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それほど、時間が経たないうちに、弟のルシードは、ディオス様を連れて帰ってきた。
ルシードの機嫌がとても悪いけれど……。
何かに怒っているというより、むしろ自分に苛立っているように見える。
「おかえりなさい」
おかえりって、声をかけただけなのに、ディオス様は、本当に幸せそうな笑顔を見せた。
「……ディオス様?」
「……ただいま。リリーナ」
ここに寄る前に、着替えたのだろうか。出かける前の、黒い正装姿は、通常の軍服に戻っている。
「……え?」
その時、ルシードが魔法を放った。
普段のディオス様なら、簡単に避けられるだろうその魔法。でも、私を横目にチラリと見て、避けたら私に当たると判断したらしい。
ディオス様は、ルシードに背中を向けて、私を抱きしめてきた。
「ルシード⁈ どうしてこんなことを」
「はぁ。姉さんなら、分かるだろう?」
倒れ込んできたディオス様は、眠っているだけだ。直前に放たれた魔法陣は、軽い睡眠魔法だったから。
それより、精霊が心配そうにディオス様の右肩に留まる。
「あ、ミミルー。悪いけど、俺にも部屋を用意してくれる? しばらく滞在する。ディオスの許可? 取ったに決まってるだろ? あとで聞いてみて、いいって言うから」
たぶん、許可は取っていない。
でも、おそらくディオス様は、ダメだとは言わない気がした。その証拠に、結界を素通りしてきたルシード。ダメなら、決して中に入れたり、しないだろう。
「……少しだけ、気の毒になった。姉さん、少し優しくしてやって」
「……ルシード?」
私の疑問に答えることなく、背中を向けたまま手を振って、ルシードは、部屋から出て行ってしまった。
二人きりの室内。ディオス様の右肩。
「鉄臭い……」
私は、意を決してディオス様の上着の留め具を外す。そこには、乱雑に処置された、大きな傷跡。それから、治りきっていない傷や、数年前の傷、とにかく、たくさんだ。たくさんの傷があった。
「……お願いしても、いい?」
ふるるっと羽を揺らして、精霊がディオス様に金の鱗粉みたいな魔力を振り落とす。
傷が小さくなる。それと同時に、精霊の光は、弱く、小さくなる。
「ありがとう。これでいいかな?」
ディオス様の剣を借りて、私は淡い紫色の髪の毛を一束切り落とす。精霊は、ご機嫌で髪の毛にくっつく。見る間に髪の毛は消えて、精霊は元よりも光り輝く。
魔法が使えない、私の唯一の回復手段。
私の髪の毛や、血、爪などの体の一部を精霊は好む。
酷い目にあったことはまだない。
でも、この事実は長兄のガーランド兄様に、決して他人に、そして兄弟たちやディオス様にすら、言ってはいけないと、厳命されている。
「……秘密ですよ。ディオス様」
気がついたのだろう、私に膝枕されたディオス様は、初めて会った時みたいな表情をしていた。
そこには、あの時みたいな大粒の涙は流れていなかったけれど、その瞳はまるで波打ち際のように、密やかに揺れていた。
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