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悪役令嬢、五歳。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 生まれ変わっていることに気が付いて、二年の歳月がたった。

 といっても、私の精神年齢は五歳のまま。

 何かの拍子に、少しずつ記憶は蘇り続けて、そして今日、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だということを認識した。


「――――そんな」


 衝撃のあまり、私はおぼつかない足取りで庭に出る。

 気持ちが昂る薔薇のトンネルは満開で、いつもだったら楽しい気分でそこを潜り抜けるだろうに。

 父も母も、今日に限って大事な用事があるらしい。長兄もいない。次兄と弟は、別の場所で遊んでいるようだ。


「――――は」


 特に私が気に入っている、私のためのスペース。

 白い花ばかりが咲き乱れる一角に、その男の子は立っていた。

 淡い金色の髪に、遠い南の海の色をした瞳。王子様がいるのかと思った。


 その少年が身に着けている服は、乙女ゲームの第三王子殿下が身に着けている正装に、とても似ていた。王族だけが身に着けることを許される、濃い紫のマントが肩に揺れている。


 ……満開の白い花を背景にした、幻想的で美しい装い。それなのに、その瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。

 

 ためらうこともなく、ハンカチを差し出していた。

 そのハンカチは、小さな私の瞳と同じ色のブドウが刺繍されているお気に入りだった。

 私が初めて成功した、イニシャルの刺繍が、やや不格好にその葡萄に添えられている。


 男の子は、ずいぶん長い間ためらって、差し出している私の腕が重だるくなってきたころに、ようやくハンカチを受け取った。


「――――ありがとう」


 泣いていたことに初めて気が付いたかのように、恥ずかしそうに男の子は、涙を拭いた。

 そうして、柔らかく微笑んだ瞳があまりにきれいだったから、私は目を逸らす。


「いいの。ところでここは、関係者以外立ち入り禁止なのだけれど」


 それは、照れ隠しだった。

 べつに、この子なら、私の秘密の場所にいてもいい、となぜか思った。


「そうですか。初めての場所で、迷ってしまったのです。お許しください。それにしても、難しい言葉を知っているのですね。レディ」

「え? あ、あの」


 大人びた物言いをする男の子に、私は動揺してしまう。

 近づいてきた男の子は、私の手の甲に額を近づけ、騎士のような礼をする。


「ディオス・ラベラハイトと申します」

「リリーナ・ルンベルグですわ」

「……あなたが、リリーナ様」


 すでに私のことを知っていたような物言いに、首をかしげる。

 今日、お客様が来るなんて、誰も言っていなかったのに。


「リリーナ・ルンベルグ様。ここで見たことは、どうか僕たちだけの秘密にしてください」


 ディオス様は、ほほ笑んだまま、私に告げた。

 たしかに、まだ7~8歳くらいの少年とは言っても、これだけの教育を受けている人間が、一人で泣いていたのを誰かに見られたなんて恥ずかしいことに違いない。

 私は、無言でブンブンと頷いた。


「可愛らしいお方で、安心しました」

「え?」


 その直後、強い風が吹いた。

 思い返してみれば、それはディオス様の魔法だったのかもしれない。


 目を開けた時には、ディオス様の姿はなく、私だけが庭園に取り残されていた。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 さっきの少年の姿は、時々いたずらをする精霊たちの見せた幻だったのでは、ないだろうか。

 そんなことを思いながら、屋敷の中に入る。

 妙にざわついた屋敷内。そこには、表情を険しくした父と母、そしてガランド兄様の姿があった。


 三人とも、正装に身を包んでいる。

 父は、第三騎士団の団長を表す白い騎士服を身に着けていた。

 その胸には、戦歴を称えるたくさんの勲章が輝いている。


 すべての勲章を付けているなんて、謁見していた相手は王族だ。

 乙女ゲームの知識だけれど、普段は陛下から直接受け取った勲章を身に着けることはない。

 謁見相手が王族の時にだけ、身に着けるものだ。


「――――お帰りなさい、お父様、お母様」

「リリーナ、ああ帰った。いい子にしていたか? 木登りをして落ちたりしていないか?」


 苦笑交じりのお父様。そんな半年も前のことを持ち出すなんて。

 あれは、木に登った子猫を助けようとしたんです!

 結局子猫は自力で降りて、私だけが木の上に取り残されてしまったけれど。


「ちゃんと大人しくしておりましたわ?」

「ふ、そうか。それは安心だ」


 本当は、ケーキを再現しようとして、厨房を煙まみれにしてしまったり、イバラをくぐり抜けてドレスの裾がびりびりに破れてしまったり、小さな失敗はたくさん起こしていますけれど。秘密です。


「リリーナ、着替えをしたら、応接間に来なさい」

「え? 応接間ですか」

「……ああ。お前たちに紹介したい人がいるんだ」


 正式なお客様に、まだ子どもである私たちが呼び出されるなんて珍しい。

 それでも、私は侍女たちとともに身支度を済ませて、応接間に向かった。



最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

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