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どうして、三年前。



 無言のまま、帰路に就いた私たち。

 ガタゴトと揺れる馬車には、サスペンションがないから、座り心地がとても悪い。


「…………」

「…………」


 珍しいことに、頬杖をついたまま外を眺めるディオス様。

 そんな姿を見たのは、子どもの頃以来だ。

 いつも泥だらけになって、庭中を駆け回り、親たちに怒られていた私たちの関係は、いつの間に変わってしまったのだろうか。


 私が、ルンベルグ家の特訓についていけなくなって、図書室に篭りがちになった頃?

 それとも、ディオス様が、私の守護騎士になった時から?


「――――リリーナ」


 目を逸らしたまま、ディオス様が呟く。


「無理にこの地に連れてきたこと、怒ってますか?」

「え?」


 普段から感情を表すことが少ない表情が、私に向けられることはない。

 そんな状況じゃ、ディオス様の感情なんてわかるはずもない。


 そう思った瞬間、意を決したみたいに、ディオス様が振り返る。


「――――俺が、無理に連れてきたこと、赦せませんか?」


 その瞳は、不安に揺れているみたいに、いつもよりも幾分か深い海の色をしていた。


 そんな顔して、そんなことを聞いてくるなんて、まるで私に縋ってきているみたいに見えてしまいますよ? 誤解されてしまいます。


 それでも、その瞳は、真っすぐに私のことを見つめている。

 正直に答える必要があるのだろう。この問いには。


「驚かなかったと言えば、嘘になります」


 声が震える。私の声を聴いた、ディオス様の表情が曇っていく。

 それでも、全部伝えなければ、私も前に進めそうにない。


「――――どうして、三年前、私の前から消えてしまったんですか」

「リリーナ……」


 答えられないんですね。

 では、次の質問です。


「どうして、三年間連絡ひとつ、くれなかったのですか」


 ご飯だって食べられなくなって、泣いて、泣いて。

 その間に、次々と訪れる乙女ゲームのイベントを、必死で避けて避けて。

 昼間は、笑顔で過ごしても、夜になったらまた泣いて。


「――――戦い続けていました」


 胸元に輝く勲章。

 ベールンシア王国と、ガルシア国の勲章はデザインが違うのだとしても、高い武功をあげたものにしか、与えられない物ばかりなのだと、そこにはめ込まれた宝石やデザインの緻密さから見て取れる。

 理由はあるのだろう。意味もなく、地位や名誉みたいなもののために、仲間を裏切るような人じゃないことぐらい知っている。信じている。


「どうして、私のことを……」


 攫いに、ではなく、迎えに来たのだと、ディオス様は言っていた。


「――――迎えに来たのですか」

「――――助けると、約束したから」

「助けると、約束?」

「リリーナは、俺より三歳も下だから、覚えてないのも無理ない……。でも、俺にとっては大事な」


 記憶が巻き戻っていく。

 胸の奥の宝箱の中に、大事にしまい込んだ記憶の数々。

 その記憶のほとんどは、ディオス様に関することなのだと、振り返ってみて衝撃を受けた。


 記憶は巻き戻る。

 それは、ディオス様と初めて出会った、五歳の時だ。

 大人になって、考えてみれば、不可解なことが多い出会いだった。


 どうして、今まで不思議に思わなかったのだろう。

 それは、きっと十五歳のあの日、ディオス様に会えなくなってしまってから、私がその宝箱の蓋に、厳重にカギをかけてしまったからなのだろう。


 思い出は蘇る。

 甘くて苦くて、温かい思い出が。



最後までご覧いただきありがとうございました。

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